第6話

 イベントの発表から3日経った。あの日からヴェルは毎日オーガを探し、見つけたら撃破してを繰り返していたが、オーガにあまり遭遇しないためにレベルはまだ15だった。しかし、朗報があった。偶然にも森の外に出ることができたのである。現状出られたらいいなという程度で考えていたのでとても運がよかったと言える。


—敵が強くなるか弱くなるか分からないからまずは様子見からだな。予想外に強くて負けたりしたら目も当てられない。


 幸い逃げ足はとても速いので勝ち目が無ければ逃げれば良い。ヴェルはそんな考えで森の外、凹凸に富み、岩石で覆われた台地へと踏み出した。


 周りを見渡すと遠くには山が聳え立ち、そしてゲーム内では久しぶりの空と太陽が見えたが、あたり一面岩で凹凸はあっても色彩はほとんど無かった。歩いていくと何やら赤い敵が多く感じられた。遠目から見えたゴブリンは肌が赤黒くなっており、日焼けしすぎたかのような印象を与える。また、それ以外にも火の中にいるかのように見える蜥蜴、サラマンダーもいた。


—火のイメージを前面に押し出しているな。何か特別な何かがあるのかもしれない。


 とりあえず知っている魔物と戦おうと思ったヴェルは、視界に入った3匹のゴブリンに向かっていった。


 しかし、ヴェルがゴブリンのもとにたどり着く前に、道中に隠れていた5匹の魔物が現れた。見た目は狼だが若干体毛が赤い。ヴェルの神話の知識にはこんな幻獣はいないのでおそらくレッドウルフか何かだろう。と、ここで仮称レッドウルフが1匹だけ前に出てきて他は少し下がった。


—決闘みたいな感じか?コボルトがこのゲームだと二足歩行の狼だからだろうか。


 仮称レッドウルフは口元に赤い光をちらつかせると口から火を吐いてきた。それはまるでスプレーで水を噴霧するかのように見え、10メートル程はあったと思われるヴェルに向かってまっすぐと、若干広がりながら飛んできた。ヴェルは多少火にあぶられながらも横向きに跳躍することで回避し、そのまま反撃しようとしたがまた口元に赤い光が見えたので横に走るしかなかった。


—遠距離攻撃が無い事が不利すぎる!何ならこの決闘の後に攻撃されるかもしれない事を考えると怪力も使えないしこれは厳しいな。いや、錬金術ならいけるか?1発勝負だが。


 ヴェルはここまでゲームをする中で錬金術を右手で何にも触れずに発動させるとこぶし大の金ができる事を知っていた。なので、その金塊を投擲する事にしたのだ。


「『錬金術』んで、ほいっと」


 ヴェルの投げた金塊は見事に仮称レッドウルフの顔に直撃し、仮称レッドウルフは怯んだので、ヴェルは『突撃』を使用して接近し、首元に爪を添えた。すると仮称レッドウルフは抵抗をやめ、他も仰向けになって腹を見せてきた。


〔条件を満たしました。スキル:統率を手に入れました。公開しますか?〕

〔ファイアウルフ5体を配下にしました。あなたの配下が死亡した時そのキャラクターは1時間経過したのちあなたの近くにリスポーンします〕


「テイムみたいな物か?で、俺が群れのリーダーってとこか。まあスキルの公開はしないな」


 リスポーンしてくれるのは囮にして逃げるという手段も考慮できるという事なので非常にありがたい。おそらくそんな事を繰り返していては信頼度のようなマスクデータが下がっていくので極力やらないが。


______

スキル:統率

服従を申し出た同系統の種族を自らの配下とする。


______



 配下がイベントで加勢できるのか分からないができるのならそれは数的有利が取れる事になる。これは期待できる。


 その後、ヴェルはファイアウルフ達を連れてさらに探索を行う事にした。先程のゴブリンは経験値も低いと予想されるため、もう戦う理由が失われてしまったので、行く先をゴブリン以外の魔物のいる場所とした。


 1時間程歩いただろうか、ヴェルは岩の隙間に窪みがあり、その中に入れる事を発見した。安全確認のため、1匹のファイアウルフに入らせると、彼は数分で帰ってきた。いや、逃げてきた。その体にはよく見ると入る前には無かった傷がついていた。後ろから追いかけてくる者はいないがこれは警戒が必要そうである。しかし、敵の強さも分からないまま逃げてしまってはいつまで経ってもその何かに挑めない。何より事を考えると善戦できると考えられるだろう。


—ん?日が差さないのに妙に明るいな。いや、これは暗視の効果か。さて、敵は—あいつか。


 そこにいたのは黒い体毛と3つの頭を持った犬、ケルベロスであった。ケルベロスは侵入者であるヴェル達の姿を認めると、3つの口全てが赤く輝き、ファイアウルフが放ったものと同じであると思われるスキルで火を放った。ヴェルだけがそれに反応して下がり、ファイアウルフ達には直撃したが耐性があったのだろう、受けた攻撃の見た目よりダメージを受けていない様子だった。


—意思伝達ができないのは厳しいな。俺が今の攻撃を直撃させられていたら死んでると思うんだが。それなら今回は諦めるか。撤退も許してくれるっぽいし。神話と同じように何かを守っているのだろう。


 というわけでこの日は撤退した。



 ***



 ファイアウルフ達を配下にしてから4日経った。つまり今日がイベントの日である。


 ここまででレアスキルを含めてスキルが数多く公開されたようで、掲示板でどのスキルが強いかなどの談義が行われたり、さも自分が強いかのように振る舞い、他の人に自分のスキル構築を真似させようとする人が現れたりしている。また、現実の能力を活かした戦術をとっている人もわずかにいるようで警戒しなければならないだろう。


 ヴェルの方は、ファイアウルフ達との連携も良くなってきたが、ただお互いを意識して動けているだけであって、どんな攻撃に強く、どんな攻撃に弱いのかがよく分かっていないし、全く相手を見ずに相手に会った行動をする事もできない。それはつまり練度不足であるという事に他ならず、今ケルベロスと再戦しても勝てない。なのでイベント前にケルベロスと再戦する事は諦めた。


 しかし、ヴェルもファイアウルフ達も全く強くなっていないわけではなく、この台地には森よりも多くの魔物がいるおかげで戦う機会が多かった。しかし、レベルはあまり上がらず、16にしかならなかった。おそらくファイアウルフという配下ができたためにレベルが上がりにくくなったのだと思われる。


 イベントは、開始時刻になったらあらかじめ参加するという意思を表明していたプレイヤーが控室に、そうでないプレイヤーは客席に転移させられるようで、全てのプレイヤーはイベント終了まで元の場所に戻れないそうだ。その代わり、NPCの思考や行動も停止するそうで、ゲーム進行に問題は無いらしい。


 また、イベントは最初に予選で参加者が16人に減るまで同時進行で対戦し、その後本戦を1試合ずつ進めていくという形式になるようだ。事前の情報から変更があり、本戦出場者にはスキルポイントが1ポイントだけ配られるようになったが、ほとんどあって無いような物だろう。また、不参加者は本戦開始前に誰が優勝するかの賭けができ、不参加者でも楽しめるようにできているのだという。


 そして、対戦前に相手の能力を知る事を防ぐためイベントが全体で1日で終わるよう今回は普段使われていない体感時間の延長技術が使われるそうだ。


 そんなこんなでヴェル達の最終調整も終わり、イベント開始時刻がやってきた。

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