第2話

 数秒後、ヴェルに突然とてつもない脱力感が襲ってきた。しかしそれでも岩は罅を押し広げられていて、割れ目のあたりから岩が光り輝いているようにも見えた。そして、岩の反対側を覗き込もうとしたところでアナウンスが流れた。


〔進化条件を満たしました。〈種族:コボルト〉に進化しますか?ここから離れない限り保留に出来ます〕


—どうしてこうなったんだ、ドワーフを目指していたはずなのに。でもせっかく頑張ったし進化するか。でもその前に岩の向こう側を見てみたいな。進化したら動きにくくなるかもしれないし。


 岩の向こう側を覗き込もうと屈みこんだところで突然目の前が真っ白になって何も見えなくなり、視界が戻った時にはまた同じように覗き込もうとする直前の位置に戻っていた。そして、何度覗き込もうとしても屈みこんだところで同じように戻ってしまう。どんな近づき方をしても変わらなかった。


—なんなんだよこれ。諦めろってことなのか?


 そのまま30分動き方を変えて試行錯誤しているともう一度アナウンスが流れた。


〔条件を満たしました。スキル:冒涜の卵を手に入れました。公開しますか?〕


—さすがにこの名前は発見しにくい条件になっていそうだな。


「公開しない」


 そしてこのアナウンスが流れると同時にどうやっても覗き込めなかった割れ目はそれがあった岩もろとも無くなっていて反対側にも何も残っていなかった。


—神殿とかがあるのか分からないけれどあった場合このスキル名は神敵だと見做されそうだし、どうせ仮称神殿兵に追いかけられるならコボルトに進化しよう。そしてコボルトでこのゲームを頑張ってみよう。でもこの岩の消え方、ゲームの進行上覗き込もうとされるのはまずい状態になったからスキルを与えた代わりに消したみたいな感じだったな。


「コボルトに進化する」


 そして光がヴェルの体を包み込み、その光が無くなった時にはヴェルは毛皮と爪を得て、耳が伸び、顔の形や体格も変化した、2足歩行の狼のような姿のコボルトになっていた。


〔条件を満たしました。スキル:暗視を手に入れました。公開しますか?〕

〔条件を満たしました。スキル:錬金術を手に入れました。公開しますか?〕


「両方とも公開しない。あれ、これどうやって外に出れば良いんだろう」


 リスポーン地点がどうなっているか分からない現状はこの姿でリスポーンするのをできるだけ避けた方が良いだろう。


 少し悩んだ末、力も入らないししょうがないのでとりあえずコボルトになるまでに得たスキルを見ることにした。

______

スキル:穴掘り

穴を掘る時、その効率が上がる。


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スキル:反復強化

同じ対象の同じ位置を攻撃した時威力が上がる。


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スキル:怪力

任意発動。発動時5秒間STR筋力が5倍になるがその後1日STRが3分の1になる。

クールタイム:1日

______

スキル:冒涜の卵

特定NPCからの好感度が下がる。


______

スキル:暗視

完全な暗闇でない限り物が見えるようになる。


______

スキル:錬金術

任意発動。発動時右手に持っていた格の低い物体を金に変える。

クールタイム:1週間

______


—この脱力感は怪力の副作用かな。常人の5倍の力であの岩の罅を押し広げる事が出来るとは思えないから、同時に穴掘りの効果も出ていたのかもしれないな。そして冒涜の卵はなんで明らかに劇物なのにそんなに効果が弱そうなんだ。卵だからだろうか。進化したときに手に入れたスキルはコボルトなら持っているみたいな感じか。錬金術はポーションとかホムンクルスとかを作るんじゃなくてそのままのスキルなのには驚いたな。


 何も簡単な地上に出る方法が思いつかないのでヴェルは諦めてとりあえず怪力の副作用であるSTR低下が切れるまでログアウトすることにした。



 ***



 次の日ログインしたヴェルは爪を使って上向きに穴を掘る事にした。掘っている時に爪のあたりが少し痛かったので休み休みでしか掘れず、しかも真上に掘って地上方向に上ることはできないので降りてくる時と比べて効率がとても悪くなっていた。斜め上方向に掘り続けているとやがて洞窟-あるいは地下空間-へと繋がり、そこにはたくさんの金属塊があり、奥の方に曲がり角、それを曲がった先には明かりが見えた。


—どうせ善悪システムのようなものがこのゲームにあっても最低値だろうからこれ以上下がらないと思うし、金属塊を盗めるだけ盗んでから奥の方へ行ってみるか。


 盗みを実行したところ1つ目と2つ目の金属塊は何事も無くインベントリに入れる事が出来たが、3つ目を入れようとしたところで明らかに〈種族:人間〉よりも背の低い、全身に布を纏った何かが地下空間の奥から現れ、ナイフを使って攻撃してきた。


「なっ何者だ!」


 それを咄嗟に下がって避けたヴェルは自らが侵入者であることを棚に上げて相手の正体を聞いた。


「それはこちらのセリフだ!邪魔をするしか能のない悪しき魔物が!」


—悪しき魔物というのは分かるが邪魔をするしか能のないというのは人聞きが悪いな。確かにコボルトはログアウト中に調べたところによると採掘を邪魔する悪しき妖精だったが。ん?ということは、もしかして—


「お前はドワーフか?」

「なんだ、分かっているんじゃないか。では、我らドワーフの敵対種族コボルトよ、死ね」


 そう言ってドワーフは突撃してきたが、一度は諦めていたドワーフに会ってしかもそれと敵対してしまったことに呆然とするヴェルは攻撃を避けられず、1撃肩に受けてしまった。しかしそれでもそこで気を取り直し、入ってきた穴に戻って地上に続く道を掘り始めた。



 ***



—HPももうほとんど残っていないし精神的な意味でもダメージ的な意味でも厳しい戦いだったな。コボルトになってAGI素早さが上がっていなければ負けていただろう。


 前方に穴を掘り、ドワーフに追いかけられないように後方を埋めながらヴェルは考える。


—コボルトに進化しない事を選んでいたらさっきドワーフに進化できていただろうか。いや、穴を掘れなくてさっきの空間に入れなかったから本末転倒になってしまうか。それにしても一体何のための空間だったんだろうか。採掘して製錬した金属をおいて置く出荷前の保管所だろうか。まあ、奴らが金属のナイフを持っているならば、ここで地上にいた自称職人達の武器を使ってもどうせ壊れるだけだったし、買わなくて本当に良かったな。


 ヴェルは万が一を考えて体感で3時間程斜め上に掘り続けた。するとまた地下空間があったが今回は明らかに自然にできた小さな空間だったので少しそこで休みつつ、手に入れた金属を見ることにした。


—さて、どんなものかな。どう考えても敵の武器が今のレベルに合っていないし加工できたら絶対強いと思うんだが。


 いざ触ってみるとその金属は爪でひっかくだけで傷がつき、さらには傷の部分から黒ずんできた。


「え、ちょっと待って。加工方法間違えたら壊れるとかそれはちょっと酷くないか?」


 ヴェルは気が動転したが変化は止まらずしばらくすると金属全体が黒くなって変化が止まった。それをヴェルが恐る恐る触るとまたアナウンスが流れた。


〔条件を満たしました。スキル:冒涜の幼体を手に入れました。このスキルは公開できません〕


—つまりこの金属はこのスキルを取得するためにあるのか?そんなのはちょっとおかしい気がしなくもないが。それと、このゲームは開始数日で公開するというゲームのシステムを崩してしまって良かったのだろうか。まあこのスキルは冒涜の卵が前提になっていそうだしこれで良いのか。

______

スキル:冒涜の幼体

■■を■■る■の■をわずかに■■、■■する。

使用制限:能力値が足りていないため使えません。

______

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