第5話 「神様の失恋」
「題 東川高校の神様について」
田中由衣
1
私立東川高校には神様がいる。
神様は学生に扮して、彼等の青春を決定する。
ある者には薔薇色の青春を与え、またある者には乗り越えるべき試練を与える。それらは彼等にとって必要なことであり、神様なりの優しさなのだ。
ある日、神様は恋をした。
それは彼女にとって初めての感情だった。そのため、彼女はひどく動揺した。彼女にとって恋とは与える物であり享受する事象ではなかったのだ。
以降、彼女は学生の運命が書かれた手記を何度もみた。手記には学生達の最良と思われるシナリオが書かれており、それを彼女が決定を下すのだ。勿論、そこには意中の少年の名前も書かれている。しかし、その横にあるのは神様とは別の少女の名前だった。
少年と少女を観察する。
少年と少女は完璧な男女であり、手記通りに運命を進めるのが正しいことは明白だった。
―――しかし、、、
人のために尽くしてきた彼女だ。たった一度だけ、わがままを言ってもいのかもしれない。そもそも、手記に書かれた運命を決定する立場である彼女は手記に名前が書かれることがない。もし、自分が神様などではなかったら少年の横には自分の名前が書かれていたかもしれない。恋愛が自由なものではないことはよく知っている。運命に許可を出してきた張本人だからこそ、どうしようもないこともあるのだと。
いよいよ、運命の日がきた。
少年と少女は手記通りの出来事を踏み、この日を迎えたのだ。
〈少女は少年の袖を掴む。今にも泣きそうな顔だ。少年は次に少女が何言うのか知っていた。予定調和のような群像劇。恋は成就される。神様は見守ることにしていた。少女が愛を告げ、少年がそれを受け取る。何度も何度も確認した段取り。わかっている。わかってはいるが。
少女の震える唇が開く。内気な子だった。これは試練の一つで、少女はそれを乗り越えたのだ。〉
—だめだ。やっぱり、だめだ。
少女の口から言葉が漏れる前に時間は止まる。神様は手記に"繰り返し"と遂行されかけていた項目の前に書き加える。そして、時間が戻る。
2
―――恋の邪魔者がいる。
寺山修は手記を拾い、そう確信した。
手記はポケットサイズの小さいもので、黒を基調としたたいして珍しいデザインではなかった。めくり皺があり、そのページが開く。そこには、寺山の名前と佐野照子の名前が書かれていた。始めは立ちの悪い悪戯だと思ったが、そこに書かれている項目はどれも、悪戯にしては出来過ぎていた。それに、手記には自分達以外にも、おそらく全校生徒の名前とそれぞれの項目がビッシリと書かれていた。不思議なのは自分と照子の項目に別の字で"繰り返し"と書かれていることだ。
寺山は自身の青春のためにも恋の邪魔者を見つけ、あるべき形に戻さなければならないと決意した。
「……というわけで、僕は持ち主を探してる。手伝ってくれるか?」
寺島は樋口音葉に手記のことを話す。
彼女は寺島との付き合いが長く、彼が嘘や下らない冗談を言わないことをよく知っていた。
「手伝いはするけど、せめてその話の信憑性がほしい」
「もちろん」
寺島は樋口を屋上に連れ、影に隠れる。
空は青く、大きな入道雲をその胸に浮かべていた。
「これから、佐々木と田辺がくる。3組の奴だ。知ってるだろ?」
「うん。それがその手記に書いてるのね?」
「ああ」
しばらくして、佐々木が屋上に来る。それから田辺。
「話って……」
佐々木が口を開く。
「あの……」
寺島は樋口の肩を叩く。
「確認は取れた帰ろう」
「最後まで観なくていいの?」
「興味ないよ」
佐々木と田辺にばれないようにこっそりと屋上を抜ける。
「君は手記の持ち主を見つけてどうするの?糾弾でもするの」
「それもいいかもしれないが、僕は……」
「おとちゃん、寺島くん、相変わらず仲いいね」
後ろから照子の二人をからかう声が聞えた。
照子はインスタントカメラを両手で持っていた。
「話聞いてか?」
手記のことは照子には黙っていた。
「ううん。内緒話? きになるな~」
「照子がかわいいって話」
今度は樋口が照子をからかう。
「もう」
「ところで、なんでカメラを持ってるんだ?」
「新聞部の伝統で今年の東川高校を撮るの」
照子はカメラを掲げる。
「それで、このカメラが東川高校を撮り続けてる伝説のカメラ。」
「人に向けちゃダメなんだって。変な伝統でしょ」
「はさみかよ」
「おっ!」
カメラから写真が現像される。
写真には寺島と樋口の後ろ姿が映っていた。
「題、帰宅部の暗躍」
「おい。早速ルール破ってるじゃないか」
「大丈夫だよ……たぶん」
3
手記の持ち主はなかなか見つからない。
樋口とあれこれ作戦を練り、持ち主は照子に関係ある人物ではないかと結論し、照子の近辺を洗うことにした。
まずはクラス。彼女は基本的に明るく、誰にでも優しかった。それに容姿も整っている。そのため、彼女に思いを寄せている男子は少なくない。それらしい人物は3人。
次に新聞部。クラス同様に皆、彼女に好意的だった。部長という立場もあり、好意的というだけではなく尊敬の念も見受けた。それらしい人物は2人。
「なあ、我々は何をやってるんだろうか?」
「胸を張っていいと思うよ。私達は立派な照子のストーカーだよ」
「自覚はある」
「とりあえず、クラスの方はどうだった?」
「三人ともただの変態だった」
「ヘンタイにしか好かれないのかな?」
「含みのある言い方だな」
樋口は笑う。
「新聞部の方もあんまり変わらないね」
「つまり」
「万策尽きたってこと」
「まだ期間はある」
「ねえ、一緒にかえろう」
下駄箱で照子が寺島に声をかける。
彼らは並木通りを歩く。
夕方が木の影を伸ばしている。
今はまだ部活動の時間で、学生達は学校の中だ。
「なあ、予定調和ってどう思う?」
「なにそれ?」
「東川高校の神様についてだよ」
「ああ、七不思議の」
「学生の運命を神様が決定してるっていう」
「ありがたいと思うけど」
「どうして?」
照子は少し考える。
「最良の運命を選んでくれるんでしょ」
照子は言う。
「神様が選んでくれるんなら、自分で選ぶより信頼できるじゃない」
「そいうもんかな」
「ロマンチストにでもなったの」
照子はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「僕はもとからロマンチストだよ」
―――明日、照子は事故に遭う。
そしてそれを僕が助け、彼女は僕に恋をする。
4
昼休みの開き教室。
手記によるとこの日ここで告白はない。
「なあ、やっぱり事故は起こるんだよな」
寺島は何年も使われていない黒板を眺めている。カラフルなチョーク跡がうっすらと残っていた。
「起こるんじゃない。そして君が助ける」
「助けないと?」
「わからない。でも君が助ければ助かることは確定してる」
「そうだよな」
「よかったじゃん。かわいい彼女ができるじゃん」
「どうせ戻るんだろ」
「大丈夫だよ」
「適当いうなよ」
寺島は空気の塊を呑む。
「一つ方法がある」
無理矢理立ち上がり、椅子が床に擦れる。
「?」
「時間は戻るんだろ」
寺島は窓に上体を乗り出す。
「ちょっと……!」
樋口が止めるころには彼の姿は教室にはなかった。
ここは3階だ。助かる訳はない。
5
屋上を抜けたて直ぐの廊下。
使用しなくなった机や椅子が隅に積まれている。壁にはずいぶん昔のアイドルが未成年飲酒を注意するポスターが貼られている。少し薄いカビの香りがする。
-戻った。
「……内緒話? きになるな~。」
照子か?
「なんでもないよ」
樋口の声。
「寺島くんどうしたの?」
そうだ。僕は死んだのだ。
「いいや、ちょっとした立ちくらみだよ」
手記の最後のページを確認すると《《「内緒話?きになる」→「照子がかわいいって話」》と書かれている。
やはり彼女が神様だったのだ。
6
放課後の教室。
教室には二人の男女がいた。
「君が神様だったんだね」
寺島は目の前の少女に言う。
「そう、私が神様だよ」
樋口は答える。
「でも、どうしてわかったの?」
「時間が戻っても手記に書かれている文字は消えない」
「ああそっか」
樋口は肩をすくめる。
「最初からばれてたのね」
「私の負け。ご褒美に願いを叶えて上げる」
神様だからね。と続ける。
「ーーーーーーーーーーー」
end
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