第4話
無敵のボブヘアー。
それが彼女、田中由衣の二つ名だ。
あるいはそれを勲章と呼んでもいいのかもしれない。
高校入学から一週間、学校中の女子がボブヘアーになった。
右を見ればボブヘアー、左を見ればボブヘアー、前も後ろもいうまでもない。まるで感染症のように少女達は一つの髪型になり、ボブヘアーは彼女達から個性を奪っていった。そして、そんな珍事から1週間後。彼女達はボブヘアーを脱却し、各々の髪型に収まっていったのだ。
その立役者こそ田中由衣その人であり、終結させた張本人でもある。
彼女がボブヘアーにしたから、彼女達は彼女に憧れボブヘアーにする。そして彼女達は悟る。田中由衣にはなれないのだと。アイデンティティーの確立といってもいいのかもしれない。憧れ、そして絶望し、それでようやく自分を知ることができる。14,5の春にそれを知ることが出来たとは彼女達は運がいい。
それらの事件は由衣が意図的に起こしたものではないらしい。
彼女曰く、ボブヘアーが流行っていたからボブヘアーにした、だそうだ。
学校中の女子がボブヘアーになったのも、テレビか何かの影響で、自分が関係しているとは夢にも思っていなかったし、むしろ、自分は流行に乗った一人とさえ思っていたらしい。自分には先見の明があると誇っていた。そのため、真実をしった時、彼女はひどく赤面していた。
そんな生ける伝説は教室の隅で体躯座りをして両手で顔を隠している。
「ボブ。元気だせよ」
「ボブはやめて。男じゃん」
由衣は両手の隙間からこちらを睨む。
「おれもクルミにいじめられたばかりなんだ。許してくれよ」
「……由衣でいいじゃん」
「それは男の子的にアウト」
「なにそれ」
由衣はようやく笑う。
机を2つほど拝借し、正面でくっつける。
「クルミちゃんは?」
落ち込んでるととことん周りが見えない奴だ。
「あいつは走らせてる。部長命令だ」
「ああ、会議嫌いだもんね」
前回の会議ではウトウト。それから由衣に抱っこされるという有様だった。
「それでは、第1回山羊クルミ退部会議を行う」
「第2回映画制作設定会議でしょ」
「まず、今回の撮影での改善点を上げよう」
「うう」
撮影の話になった途端由衣の顔が赤くなる。
「演技と映像は良かった。問題は音声が入ってなかったことだ」
「マイクってこと?」
「親友か?」
「怒るよ」
「すまない。マイクは予算の都合でない」
我々はあれこれ案を出し、一つずつ消していく。
「iphoeの機能は使えないかな?」
「確かに。それだったら環境音と台詞を両立できるかもしれない」
「編集で組み合わせられるの?」
「がんばる」
「がんばれ」
「本題に入るのだが、設定のシナリオは作ってきてくれたか?」
「うん……」
由衣は鞄からノートを取り出す。
指に力が入っている。
「拝見させていただきます」
「……はい」
指から力が抜ける。創作とは恥ずかしいことなのだ。だから恥じなくてもいい。
由衣に頼んでいたのは映画のシナリオだ。
映画のシナリオのことはよく分からないので、私立東川高校の噂「東川高校の神様」についての小説を書いてきてくれと頼んだのだ。小説であれば、キャラクターの心情や物語のコンセプトがわかりやすい。一方で、映像において不要な情報が多くなるが、それは撮影の上で排除してけばいい。由衣の仕事は物語を書くことで、映像のことは一切考えず自由に書いて欲しい。と、頼んだ。
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