エピローグ1 『二人から四人、四人から五人へ』




「そういえば、二人はいつまで付いてくるつもりなんだ?」


 それは、不意に出た疑問だった。


 たまたま湖で出くわし、共に行動することとなった聖国の二人組——セシルとアリサ。

 当然、彼女たちにも目的があり、いずれかは道を違えることとなるはずだったのだが——


「んー? 当分は一緒に旅をするつもりっスよ? というか、お二人は聖国を目指しているんスよね? なら、そこまでは一緒っス」


「ですね。せっかくの縁ですし、ご一緒させていただけると嬉しいです」


「でも、二人は巡礼中なのでしょう? 私たちは聖国に真っ直ぐ向かうつもりなのだけれど」


 聖女の代表的な仕事として、各地の巡礼がある。

 類まれな治癒の魔法を独占しないという聖国——ひいては教会の政策であり、教会の重要性を広く知らしめるための示威行為だ。


「あれ? 私たち言ってたっスか?」


「聖国の聖女が各地を回ってる理由がそれしかないからよ。おおかた、その途中で私のところに寄ったのでしょう?」


「そうですね。その節は本当にお世話に……」


「なにも出来ていないのだから、お礼も何もないわ。気にしないで」


 足を止め、頭を下げようとするセシルを抑える。

 そんな時だった。


「ちょっと待て……誰かついて来ている」


 背後を睨みつけるアイン。

 そんな彼に、アリサは信じられないというように口を開く。


「ほんとっスかぁ?」


「……絶対に気が付いていただろう」


「いえいえ、本当に気付かなかったんスよぉ~」


「嘘つけ!?」


 わざとらしい言葉にアインが声を荒げる。

 続いて彼はと剣を抜くと、進行方向とは逆。付いて来ている誰かがいるであろう方向に剣を向けた。


「誰だ出てこい! さもなくば——」


 睨みつけられたのは、太い木の幹だ。

 その剣呑な雰囲気に、その木の裏から「うっ……」と気まずそうな声が漏れて。


「……お、俺だよ、俺!」


 木の影から一人の少年が顔を出した。


「貴方は——」


「エルくん!?」


 いち早く動いたのはセシルだった。

 シェリアの言葉を遮って走り出した彼女はエルに抱き着く。


「どうしたんですか?」


「んんー、んんー!?」


「幸せそうっスねぇ……」


 正面から抱き着かれ、その豊満な一部分に顔を埋めたエルは答えることが出来ないでいる。

 そんな光景を見せつけられ、アリサは呆れたように肩をすくめ、アインはサッと目を逸らした。


「で? 貴方はそんなことをしに来たのかしら……?」


「怖っ……」


 赤い髪の少女が何か言っているが無視である。

 シェリアの言葉がちゃんと届いているのだろう。エルは少しもがいた後、抱き着かれた顔をどうにか逃げ出すことに成功した。


「ぷはぁ! 違うよ!」


「じゃあ、何?」


「うっ……それは……」


 シェリアの眼差しを受けて狼狽えるエル。

 どんどん極寒に変わっていくシェリアの視線を受け、わずかに震えだした彼をセシルがそっと後ろから抱きしめた。


「ちょっとシェリアさん! エルくんが怖がってるじゃないですか! ……それで? どうしたんですか?」


 顔面ではなく後頭部が埋められ、エルは動揺した様子を見せる。

 しかし、すぐにそれを払拭すると、シェリアを見て口を開いた。


「お、俺も旅に連れてってくれ!」


「ダメよ」


「俺は帰らねぇぞ! 姉ちゃんたちが連れて行ってくれるまで帰らねぇ!」


「……連れてったら帰れないっスけどね」


 ぼそりと呟くアリサ。


「とにかく! 俺は帰らねぇ! ……あの村に俺の居場所は無くなった。なら俺はあんたたちに付いていきたい!」


 真っ直ぐに目を見つめ、自身の希望を告げるエル。

 だが、その希望に添えることは出来ない。

 なぜなら、彼はまだ子供であり、シェリア自身、彼を守る余裕などないのだから。


「それでもダ——」


「いいんじゃないっスか?」


 シェリアを遮ったのは、意外にもアリサだった。

 全員が驚いたように目を見開き、視線が彼女へと集中する。


「なんでそんな驚くんスか……」


「だって貴方、一番彼が一緒にいることを嫌がっていたじゃない? どういう心境の変化かしら?」


 そう、一番彼が一緒にいることに反対していたのは彼女自身だったのだ。

 そんなシェリアの問いに対し、彼女は「チッチッ」と指を左右に振って。


「状況は変わるんスよ。というか、今更じゃないっスか? 彼を一人で村まで返すんスか? それとも村まで送るっスか?」


「…………」


「ということで歓迎するっスよ。大丈夫! お姉さんが守ってやるっスから!」


「……っ!? ありがとう!」


 ぎゅっとセシルに抱きしめられ、ビクリと肩を震わせるエルはその表情を笑顔に変える。

 ありがとう——その言葉の意図が抱きしめられたことなのか、それとも旅に連れて行ってもらえることなのかは分からないが、肯定されてしまった以上は否定しづらいわけで。


「シェリア……いいのか?」


「もう、仕方ないわよ」


 耳元で響くアインの問いに、シェリアは大きなため息を吐き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る