第22話 第四短剣(ケセド・プージオ)
「あ゛あぁぁぁあ゛ぁぁっ——!!!」
魔術によって生まれた爆炎。
その炎に包まれた男がのたうち回る。
……助かった。
刃に切り裂かれて死んでいたはずだ。
なのに、自分は生きている。
紙一重……その結果を反芻し、すぐに起き上がることが出来ない。
そんなシェリアが我に返ったのは、自身の命を助けた声が届いてからだった。
「…………ねぇ、ちゃん……無事、か?」
「……っ!? 貴方——っ!?」
二度の驚愕。
一度目は、自分よりも歳が下の少年に助けられたことについて。
二度目は、その少年が瀕死の重傷を負っていたからだ。
シェリアは急いでエルの元へ駆けつけると、その状態を見る。
「……っ」
彼には左腕が無かった。
おそらくシェリアを庇った時に切られたのだろう。絶えず出血し、どんどん血の気を失わせている。
他に怪我は見られないが、これでは助からない。
「よかった、なぁ……」
「しゃべらないで!」
肩から先を無くしてなお薄く笑っている少年に、シェリアは余裕なく叫んでしまう。
すぐに肩を押さえ、出血を抑えようとするも、血の勢いは抑えられるが止まらない。
「なにか……何かないの……?」
「シェリア!」
手だけでは抑えきれない——そう判断し、周囲を見渡す最中、相棒である少年の声にシェリアは僅かに安堵する。
しかし、すぐにその表情を引き締めて叫んだ。
「エルが重傷を負ったわ。綺麗な布をありったけ探してきて!」
「……っ!? 分かった!」
血に濡れた彼はシェリアの言葉に足を止めるも、その足をすぐに別の方向へと向ける。
そうして走り去っていく音を聞きながら、シェリアはこの状況を好転させようと思考を回転させた。
しかし、打つ手がない。
現存する魔術の中に失った四肢を再生させる魔術は無い。だが、傷を塞ぎ、出血を止めることは出来る。
だがそれも、シェリアが
知識として、出血を止める術は知っている。
血が流れる管を塞ぎ、出血さえ止めることが出来れば、今ならば彼を救うことは出来るだろう。
しかし、技術が無い。道具が無い。なにより……経験がない。
「なんか……もう、痛くなくなって……きたなぁ……」
定まらない視線。
痛覚の欠如。
止まらない出血。
その全てが、少年の未来を決定づけている。
無くしたものが、捨てたものが、少年の未来を救う鍵であり、そしてそれはもう手元に無い。
「ごめんなさい……」
気付けば、シェリアの口からは謝罪の言葉が紡がれていた。
「なん、で……あや……」
「私では貴方を救えない……私では貴方を助けられない……! 私のミスのせいで貴方は命を落とすの……」
歯噛みした唇から流れる血が、おぼろげな目を揺らすエルの頬に落ちる。
だが彼はそれにすら気付かず、ふっと笑って見せた。
そしてそれが、少年の最後の反応でもある。
「貴方……起きなさい! 寝ちゃダメよ!」
肩を抑えたまま揺らすも、少年は反応を返さない。
自分を助けた命がこぼれ落ちていく。
後悔が溢れ、シェリアの瞳に雫が溢れた。
「起きなさい! ねえ、起きなさい!」
何度も、何度も。
喉の痛みなど気にせず、シェリアは必死に叫び続けた。
その声が届いたのだろう。
「大丈夫ですか……!?」
耳に届いたその声にシェリアは顔を上げる。
アインではない。だが、シェリアはその声の主に懇願する。
聖国の聖女——セシル=サークタリエン。
彼女だけが、彼を治療することが出来る可能性を持った希望なのだから。
「エルが腕を切られたわ! 私じゃどうしようもない!」
「……わかりました」
セシルはシェリアの声に眉を寄せると、お普段は優し気な表情を引き締めてシェリアの隣に腰を下ろす。
そして、土に汚れ、ところどころ破れた衣服など気にもしないで、彼女は少年の容態を確認していった。
「……気を失っていますが、まだ生きています……ギリギリですが」
「じゃあ——」
「ええ、まだ助けられます」
セシルはフッとシェリアへ微笑みかけた。
「危険な状態です。さっそく治療を——」
そう言って、少女は腰を上げて
続いて彼女は少年に背を向けた。
「なにを——?」
「ちょっと待ってください」
シェリアを制し、セシルが拾い上げたのは切り落とされたはずのエルの左腕だ。
彼女は自身の懐にあった水筒を取り出し、その傷口の汚れを落とすと、左腕をエルの肩に繋げるように並べる。
「何のつもり……!?」
治療魔術では落とした四肢は治らない。それは、魔術における常識だ。
意図不明の行動に眉を寄せ、睨みつける。
しかし、彼女は「大丈夫」とだけ告げ、再びシェリアの隣に腰を下ろした。
「ここからは他言無用でお願いします……
驚愕するシェリアの前で。
紡がれ、顕現したのは一本の短剣。
半透明に輝くそれを握り締め、聖国の聖女はあろうことか少年の胸に突き刺した。
「な——っ!?」
「…………」
度重なる驚愕に目を剥くシェリアに対し、セシルの様子は冷静だ。
そして、奇跡が起きる。
「腕が……」
切り落とされ、分離された腕が繋がり始めたのだ。
ゆっくりと、けど確実に、切断面と切断面が繋がっていく。
繋がり、傷が消え、癒えていって。
「すぅ……すぅ……」
わずか数秒後。
息を吐き出した彼女の前には、エルが整った息を繰り返していた。
「これで大丈夫です!」
「……貴方が聖女と呼ばれる
これは特別だ。
脱力し、シェリアは服が汚れるのも構わず地面に座り込む。
同時に、遠くから聞き覚えのある声がシェリアの耳を叩いた。
「大丈夫っスか~!」
「シェリア、待たせた!」
聖国の聖女……その正体は自分と似た力を持った少女だった。
それなら、あれほどの実力者が護衛に着くのは当然だ。
……今日は疲れたわ。
考えなくてはいけないことがたくさんある。
けれど、今はもう何も考えたくはなくて。
「……もう、終わったわ」
シェリアは空を見上げる。
炎に照らされて赤くなっていた空は、いつの間にか本来の夜を取り戻していた。
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