第21.5話 間違っていても、それは確かに〇だった




 それは、シェリアと名乗っていた少女が盗賊討伐に発った日の夕刻に起こった。


「盗賊だ——!!!」


 村中に響いた緊急を知らせる音と、男の叫び声。

 なんども聞いていたはずなのに、あり得ないと心が認めてくれないまま、少年——エルは驚愕のままに立ち尽くした。


「……なんで?」


 ……盗賊は、あの姉ちゃんたちが倒しに行ったんじゃ?

 ……それとも、負けたのか?


 赤い髪の少女……アリサの実力を直接見たエルには信じられなかった。

 他の人の実力は見ていないが、エルの見立てでは非戦闘員は二人で、唯一の男である少年は戦えるように思える。

 それでも四人で向かったのだから、彼は実力者で盗賊なんて簡単に倒してしまうと考えていたのだ。


 声がした方向を見れば、こちらへ向かって走ってきている男の姿が。

 逃げろ——と、叫びながら駆けているのは村長の息子だ。彼は大柄な体躯に似つかわしい大きな声で叫びながら、自身の家でもある村長の家へと入っていった。


「なんであいつが……?」


 普段から怠け者で有名な男だ。

 なのに、村の外から走ってくるなんて何かがおかしい。

 しかし、そんなエルの疑惑はすぐに考える余裕を失ってしまう。


「——火がっ!?」


 村の外側にある家が燃え始めたのだ。

 また、少し離れたところから鉄のぶつかり合う音と、逃げ惑う人の悲鳴がエルの耳に届いた。


「くそっ!」


 悪態をつきながらも、エルは行動に移せない。

 それは、人生経験の少なさからであり、恐怖からでもある。


 そんな時だ。


「……っ!?」


 パリンという何かが割れる音と、ガタンという大きな物音。

 男が入っていった家の中から響いてきた音に、エルはわずかに肩を震わせた。


「なんなんだよ……!」


 もう、日常なんて無くなっていた。

 そのパニックからか、エルは駆け出し、村長の家の扉を開けてしまう。

 そこには——


「おっちゃんっ!?」


「エル、か……」


 まず目に入ったのは三人の男だった。

 村長に、その息子に、そしていつも世話になっていた商人のおっちゃん。


 しかし、その光景は日常とはかけ離れていた。


 村長は腹のあたりを赤く染め、床に座り込んでいた。

 村長の息子はエルのことなんて気にもせず、血走った目をおっちゃんへと向けていた。

 そしておっちゃんは、背中から剣を生やし、苦悶に満ちた表情でエルを見ていた。


「ぁ……」


「にげ、ろ……」


「おめぇがいけねぇんだぞ……おめぇが……」


 ごふっと口から血を吐き出して、それでもなお逃げろと告げるおっちゃん。

 しかし、エルの足は動けない。いや、動かない。


 目の前の非日常が、惨劇が、エルに逃げるという思考を持たせてはくれなかった。

 すると、ようやく気が付いたかのように男の眼差しがエルへと向けられる。


「ちっ、いたのか……」


「あ……あ……」


 声が出ない。

 足が動かない。


 おっちゃんに突き刺さった剣を引き抜き、こちらへと歩き出す男。

 剣先からは血が滴り、血走った眼は真っ直ぐにエルを捉えている。


「にげろエル!!!」


 痛みを堪えた叫び。

 その叫びがおっちゃんのものだと気づいた時、男は彼に背後から押さえつけられていた。

 同時に、今まで動かなかった足が一歩後退る。


「……っ!?」


 踵を返す。

 エルは涙を浮かべ、その場から逃げ出した。






「はっ……はっ……はっ……」


 どのくらい走っただろう。

 ただ一目散に逃げだし、それでいて村の外へ逃げる勇気は無くて。


「はっ……はっ……っ——」


 エルは俯き走る足を止める。


 村を覆いつくす悲鳴はすでに聞こえない。聞こえるのはただただ家が燃える音だけだ。

 そのせいで、エルの心は冷静さを取り戻してしまう。


「なんで……?」


 脳裏から離れない光景。

 それは、エルに逃げろと告げたおっちゃんの表情だ。


 裏切り者のはずなのに。

 罪人のはずなのに。


 その目はエルの身を案じていて、心から助けようと必死だった。


 分からなくて。

 理解できなくて分からなくて

 理解したくなくて分からなくて

 受け入れたくなくて分からなくて


 なのに、ストンと胸に落ちる想いがある。


「ふざけんなって……」


 呟きは、燃える炎の響きに溶けた——次の瞬間。


「……?」


 激しい物音に、エルは落としていた視線を上げる。

 周囲を見ても特に変わった様子はない。いや、エルにはその物音がどこで起きたのか分かっていた。

 なぜなら、エルはそこから逃げてきたのだから。


「っ——!!!」

 

 弾かれたように、エルは逃げてきた道を引き返す。

 この感情が何なのかは分からない。分かりたくもない。

 なんで走っているかなんて、理由を付けなくなかった。


 それでも、だからこそ。


 走る先、凶刃に命を奪われそうになっている少女を見て。


「うおおおおぉぉっ!!!」


 少年は、命を救う選択を取ることが出来た。

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