第20話 現実を悟る




「……やっぱり」


 森を進み、あと少しで村に辿り着くというところで。

 本来とは違う景色に、シェリアが苦々しく呟いた。


 本来なら傾いた日差しが木々に遮られ、村は薄暗くなっているはずだ。

 松明の炎ではまだ照らされていない時間。しかし、視界が捉えている方向は煌々と赤い光を灯している。


「シェリア!」


「ええ、貴方は先に」


 シェリアの言葉に、アインは揃えていた足を加速させる。


 一歩、また一歩と離れていくアインとシェリアとの距離。

 心配とじゃないとは決して言えない。魔法は使えても、シェリアはまともな武力を持ってはいないのだから。

 それでも、アインは振り返らず走り続ける。


 それが、彼女の期待に応える唯一の手段だと信じて——




 アインが村に辿り着くと、すでに惨状が広がっていた。

 盗賊たちと争う村人たちや、倒れこみ、動きを見せない人影。

 いくつかの家には火が放たれ、高い火柱が上がっている。


「クソッ!!!」


 悪態をつきながらも、心はやけに冷静だった。

 まずは近くで争っていた者たちの元へ駆け、盗賊を背中から切り伏せる。


「ぐあぁっ!」


 飛び散る鮮血。

 同時に倒れこみ、痛みに呻く盗賊を見下ろした。


「あ、ありが——」


「早く逃げろ!!!」


「ひぃっ!」


 ほとんど無意識に発してしまった大声に、助けたはずの村人が逃げていく。

 その後ろ姿を見送りながら、アインは剣を持たぬ手で自身の顔を覆った。


 ……情けない。


 助けたはずの人を恐れさせてしまった。


 ……それだけじゃない。


 眼下に倒れ伏せっているのは、自身と同じ人間だ。

 自分と同じように息をして、自分と同じように生きていたはずの人間だ。


 その背を切り裂いた。

 刃は肉を深く切り裂き、しかしその命を刈り取ってはいない。

 事実、倒れた盗賊はかろうじて息があり、口元から赤い泡を吐き出している。


 息が荒くなり、呼吸がままならない。

 手が震え、握っている剣がカタカタと音を奏でている。


「……これが、彼女が私を見下していた理由か」


 笑みを形作る余裕すらなかった。

 

 覚悟したはずで。

 決意したはずで。


 しかし、その想いは切り裂く直前で揺らぎ、揺らいだままに切り裂いた。

 その結果が、苦しめるまま命を奪うという所業だ。


「これでは三流と言われても仕方が無いな……」


 彼女アリサの言うとおり、甘かったのだ。

 従者アントンの言うとおり、この世界は残虐だった。


 命を奪い、奪われるのが当たり前の世界。

 その一端を垣間見て、片足を踏み込んで、こうして自分は怯えてしまっている。


 しかし、残酷な世界は待ってくれはしない。


「ぎゃぁぁぁぁっ!!!」


「っ!?」


 少し離れた場所で上がった悲鳴。

 その方向へ目を向ければ、先程助けた村人が盗賊に襲われていた。


 舞う血潮。

 倒れる人。


 その景色が、映像が、やけに遅くアインの目に映ってしまう。

 そして、それが限界だった。


「ああああああぁぁぁっ!!!」


 自身の喉から洩れていた雄叫び。

 それを自覚した時には、アインは地を駆けていた。




 *   *   *




「はぁ……はぁ……はぁ……」


 アインが村へ到着した時よりもしばらくの時間を置いて、シェリアは村へと足を踏み入れる。

 周囲に人はいない。

 いや、正確には生きている人はいなかった。


「うっ……」


 初めて見る死に、胸の奥からこみ上げる何か。

 堪えようとしても堪えきれずに、地面に手をつけて吐き出してしまう。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 吐瀉物の苦みと酸味に顔をしかめ、動く気概が奪われていく。

 それでも、足を止めているわけにもいかないと奮起し、シェリアはどうにか立ち上がった——そんな時だ。


「あれは……?」


 燃える家と無傷の家が立ち並ぶその向こう。

 村長の家から飛び出し、走り去っていく影が見えたのは。


 本来、まともに戦う手段がないシェリアが行くには危険が多すぎる。

 だが、人が逃げたということは、危険もあるが助けを待つ人もいるはずなのだ。


「行くしか……無いわね……」


 熱の籠った空気と血の匂い。

 その気持ち悪さに顔をしかめながらも、シェリアはふらつく足で歩いていった。




 シェリアが家の前にたどり着いた時、その家からは何の音も聞こえなかった。

 それは、周囲から聞こえている家が燃えるパチパチという音のせいなのか。それとも、ただ単純にこの中に誰もいないせいなのか。それはシェリアには分からない。

 けれど、自身が起こした結果を見なければという使命感にも似た感情が、シェリアに扉を開くという行動を起こさせた。


 キィ……というわずかに軋む音。

 その音に心臓の音を大きくさせて、シェリアは僅かに開いた扉の隙間から家の中を覗きこむ。

 だが、中にいた人物にその音は聞こえていたらしい。


「誰だっ!」


「っ……!?」


 肩を跳ね上げさせ、同時に二つの選択に迫られる。


 ……逃げるか、逃げないか。


 わずかな逡巡の末、シェリアは扉をゆっくりと開ける。

 いつでも逃げられるように扉を開いたままにして、中へ。


 家の中には、三人の人がいた。

 いや、正確には二人といえるのかもしれない。


 一人は腹部から血を流し、倒れ伏せっている男——商人の男だ。

 おそらくもう息は無い。流れ出ている血の量が彼の命が尽きていることを物語っている。


 二人目は村長だった。

 彼も同様に腹部から血を流して座り込んでいたが、急所は避けているようだ。

 しかし、痛みから表情を歪め、立ち上がることは出来そうにない。


 そして、三人目——


「貴方だったのね……」


 その顔を見た瞬間、一つの疑問が解ける。


 誰が、シェリアたちが盗賊たちの討伐に向かった情報を、盗賊たちへと知らせたのか?


 シェリアは目の前に立つ男のことは知らない。

 しばらくの間この村に滞在していたが、一度も会ったことがないからだ。

 けれど、よく似た顔とはよく顔を合わせている。


 そう、商人の男を捉えるために村人たちを集めた際、唯一集まらなかった人物。

 そして、この家にいる人物とよく似た顔つきをした人物。


 村長の息子。


 血の付いた大振りの剣を握った男が、シェリアを睨みつけていた。

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