第19話 走る




 走る……走る……走る……。


 これ以上の被害を生まないために。

 これ以上の重みを抱えないために。


 息はとうに荒くなっている。

 でも、止まるわけにはいかなかった。


「はぁ……はぁ……はぁ……!」


「——リア」


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……!」


「シェリア!!!」


「っ……!?」


 突然掴まれた手。

 その、わずかに走った痛みにシェリアは我に返った。


「少し休んだ方がいい。もう、だいぶ走っている……君にはキツイだろう?」


「……大丈夫よ」


 心配そうに顔を覗き込むアインに少しだけ目を逸らす。

 だが、そこまで長くはないとはいえ、二人で旅をしていた彼には効果がなかったらしい。彼の握った手に力が込められ、半ば無理やりに座らされてしまった。


「君が何に焦っているのかは私には分からない。でも、それは焦っていたままでは解決できないはずだ」


「でも——」


「君の仕事は焦ることじゃない。考え、答えを導くことだ。私は君を守る……そう誓った。だから荒事は私の役目だよ」


「…………」


「まあ、洞窟に残った彼女と比べられると立つ瀬がないが……」


 座り込んだシェリアと視線の高さを合わせながらも、その視線を合わせずに苦笑を浮かべるアイン。

 彼は彼女との実力の差を感じ、そう言っているのだろう。


「……それは、関係ないわ」


 アインの技術は彼自身が積み上げてきたものであり、研磨し続けてきたものだ。

 その技量は武術に対して知識しかないシェリアではあるが、並の人間では敵わないと分かるレベルで、彼が比較対象としている彼女が異常なのである。

 対して、盗賊たちはしょせん烏合の衆でしかなく、彼に勝っているといえるのは実戦経験のみ。

 彼相手では、盗賊が数人束になっても彼が勝つだろう。


 だが、違う……違うのだ。

 シェリアがここまで焦ってしまっている理由は、それではないのだから。


「貴方の実力は関係ないの……これは私の問題……」


 少しずつ。

 少しだけ落ち着いてきた息の代わりに、吐き出す言葉が増えていく。


「私のせいで……あの村に犠牲者が出るかもしれないの……」


「そんなこと——」


「あるわよ……私はここまでいくつも間違えてきた……その結果が今の状況なのよ……」


 例えば、盗賊の討伐に全員で出てしまったこと。

 捕らえるだけならば、アリサだけで良かったのだ。

 全員で受けた依頼なのだからと、わざわざ全員でいく必要などなかった。


 例えば、商人の男。彼の裏の顔を暴いてしまったこと。

 今の現状の作り出してしまった切っ掛けであり、エルを傷つけてしまった原因でもある。

 旅の準備を整えるためアリサたちの戦力を利用し、村の信用を勝ち得ようとした。その結果がこれである。


 例えば、この村に滞在する選択をしてしまったこと。

 たしかに、その村に滞在しなければもっと苦労する旅になっていただろう。

 王国から離れれば離れるほど……そして、この国の王都から離れるほどこの国の治安は悪くなる。

 危険は増えるが、アリサたちの力があればリスクは最低限に抑えることが出来た。


 後悔を上げればキリがない。

 自身の心を重くするそれに、シェリアは無意識に唇を噛んでいた。

 すると、ふっと肩に触れる重みを感じる。

 顔を上げればアインが逸らしていた眼差し戻し、シェリアの目を真っ直ぐに捉えていた。


「ぁ——」


「それは違う。いや、違わないかもしれないが……少なくとも、君が重みを感じる必要は無いと思う」


「……でも」


「私はなんだ? 仲間だろう? なら、その重さを一緒に背負わせてくれ。君の責任なのならば、それはわたしの責任でもあるんだ。頼りないかもしれないが、そうさせてくれ」


 ゆっくりと、本当にゆっくりと紡がれた言葉。

 一字一句に込められた想いに、シェリアは一瞬呼吸を忘れた。


「…………そう、ね」


 ……どうして、そう言えるの?


 そんなこと、言えるはずがなかった。

 彼はずっと示してきたのだ。シェリアへの想いを……折られかけても、その気持ちを奮い立たせて。

 だからこそ、否定なんてできるはずがない。


「そうよ、ね……」


 いつの間にか、一人で考えていた。

 自分が主体となる……それまではよい。けれど、独り善がりとなってしまっていた。

 すぐ隣にいたのだ。自分を支えようと努力している人間が。


「シェリア?」


「もう息は整ったわ……」


 立ち上がったシェリアにアインが声をかけるが、シェリアは首を横に振ってそれを否定する。


 意思は定まった。

 覚悟は決まった。


 ならば——


「後悔は後でもできるわ……だから、行きましょう」


 視線の先、朝に発った村を見据えて。


「おそらく、盗賊たちは村を襲う気よ。逃げた盗賊にとって脅威のいない村は狙い時だわ……急ぎましょう」


「ああ!」


 疲労はある。

 けれど、もう止まるつもりはない。


 シェリアはアインと頷き合うと、村への道筋を急いだ。

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