第17話 おかしい




「おかしいわね……」


 村を発ち、盗賊たちのねぐらを目指して。

 聞かされていた通り半日ほどの時間を要して、シェリアたちは目的に到着した。


「そうっスね」


「ああ」


「何がですか?」


 頷く二人とは別に、セシルだけが不思議そうに首をかしげる。


「明らかに警戒してるのよ」


 商人の男を捉えて約二日。そう、二日しか経っていないのだ。

 たしかに魔術的に遠くと通信する道具は開発されているが、それはかなりの高級品であり、このような場所で入手できるものではない。

 そもそも、盗賊たちに男が捕らえられたという情報が伝わるわけがないから、今の状態は異常ともいえる。


「なにかあったか? ……魔物とか?」


「いや、周囲にそれらしい気配はないっスね」


 アインの発言をアリサが即座に否定する。

 彼女が告げたのであれば、それは間違いないのだろう。


「そうね……少しだけ様子を見ましょうか。見張りが見える限り二——」


「四人っスね」


「……四人いるらしいわ。彼らに見つからないようにしながら、なにがあったかを探ってみましょう」


「わかった」

「わかりました」


 頷く二人から目を離し、息をひそめて洞窟を見つめる。


 ……今はとにかく情報が欲しい。


 戦える二人や治癒の魔術が使えるセシルとは違い、シェリアには戦闘に役立つ術がない。

 だからこそ、シェリアは少しの情報も見逃さないとわずかに目を細めた。






「動きがないっスねぇ……」


 そう、退屈そうにぼやいたのは赤髪の騎士だった。

 すでに半刻ほどの時間を情報収集に使っているが、洞窟への人の動きはおろか、見張りすらもほとんどの動きを見せていない。


「そろそろ動かないっスか? これ以上待っても仕方がないと思うんスけど」


「…………」


 アリサの提案に、シェリアは思考を巡らせる。


 魔物ではない。それは、アリサが断言したことだ。

 シェリアでは図ることも出来ない実力を持つ彼女の言葉であれば、ほぼほぼ信用できるだろう。


 ならば、なにが理由であるのか?


 盗賊たちが警戒を露わにする理由。


 村人ではない。彼らでは盗賊たちの脅威になりえない。

 かといって、村の現状を見るに討伐隊が組まれているということも無いだろう。

 この地域の『盗賊』という問題は根深い。それを長期間放置しているこの国がいまさら行動に移すとは考えられないからだ。


 盗賊たちが唯一知る脅威。

 その候補を一つ一つ潰していく。


 魔物ではなくて獣? ……いや、違う。

 村人ではなくて流れの冒険者? ……これも可能性は低い。


 潰して、潰していって、最後に残った一つの答え。

 その答えに辿り着いたシェリアは、ゆっくりとその答えへと視線を動かした。


「ねえアリサ?」


「なんスか?」


「私たちがこの場所へ向かう途中、人の気配を感じなかったかしら?」


 そう、彼女だけが唯一盗賊たちを倒している。

 そして、エルを助けた時に倒した盗賊。その情報を商人の男が流していたら? 今回の情報も誰かによって流されていたら?


 考えうるのは想定している中の最悪だ。

 答えを待っていると、アリサは「ああ」と何事も無いように言ってのけた。


「離れていっている集団がいたっスね。人数は十くらいっスか」


「……っ!? すぐに洞窟に向かいましょう!」


「え、ああ……」

「あっ、はい……」

「了解っス~」


 即座に判断を下し、すぐに行動に移す。

 アインとセシルは突然の判断に狼狽えているようだが、待ってはいられない。


 少し出遅れた二人を置いて、物陰から飛び出していく。

 すると、見張りの盗賊たちも気が付いたのだろう。すぐに怒声が上がった。


「来やがったぞ!!!」

「敵襲! 敵襲——!!!」


 洞窟を塞ぐように並ぶ四人の盗賊。

 彼らは各々の武器を構えると、シェリアたちを睨みつけた。


「はっ! やっぱり来やがったか!」


「そんなことよりも、貴方たちの仲間はどこに行ったのかしら?」


「あん?」


 勢いを殺すようなシェリアの問いに、盗賊の表情が怪訝に染まる。

 だが、すぐに口元に弧を描くと、他の盗賊たちと顔を見合わせてから口を開いた。


「まあ、冥土めいどの土産に教えてやるよ。あの腰抜けどもは逃げやがった……なんでこんな小娘どもを怖がってるのか分からねぇがな!」


「「「「がはははっ!!!」」」」


 笑い合う盗賊たち。

 しかし、彼らに付き合う余裕はない。


「そう、彼らはどこへ向かったのかしら?」


「あ゛? 知らねぇな……それに、これ以上教えてやるつもりもねぇよ!」


 じりじりと。

 盗賊たちはシェリアたちを取り囲むように距離を詰める。


 いちおうは警戒しているのだろう。ゆっくりと、でも確実に距離を詰める盗賊たち。

 それに対してアインが剣を抜こうと手を動かすが、彼の手に剣が触れる直前、アリサから声が上がった。


「二人は戻るっスよ」


「……やっぱり貴方、狙ってたわね」


 帰ってきたのは無言の笑み。

 その笑みは獰猛にギラついていて、この状況を楽しんでいるように見えた。


「ほら、早く行くっスよ。この程度私一人で大丈夫っスから……それに、悠長に話してる場合でもないっスよね?」


 アリサの弁は正しい。

 もしも逃げた盗賊たちが村へ向かっていた場合、十人程だったとしても村人たちには対応しきれない。

 そうすれば、待っている未来は蹂躙だ。


 シェリアはあえて告げられなかった情報を思い歯噛みするも、すぐに思考を切り替える。


「……あとで話は聞かせてもらうわよ。アイン、行きましょう」


「あ……ああ!」


 アインへ視線を送れば、彼は少し動揺しつつも力のこもった返答を返す。


「じゃあ、ここは任せるわ」


「まかされたっス~」


 ひらひらと手を振ってみせる聖国の騎士。

 その姿から視線を外して、シェリアたちは逆方向へと走り出した。

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