第15話 大本を叩く ②
「言い逃れだと……? 言ってくれるじゃねぇか……」
はっきりと告げらえた勝利宣言にも近い言葉に、男の眼差しが苛立ったように細められる。
同様に、村人たちにも変化が訪れていた。
それは、期待。
もちろん、いままで信用していた男への暴言に苛立つ村人が大半だ。
だが、わずかではあるが、確実にシェリアの言葉に耳を傾け、この後に紡がれる言葉を待っている者が現れ始めていた。
「貴方は、私たちが貴方の店を尋ねた時の事を覚えているかしら?」
「あん? 当たり前だろ……あんな無礼な態度をとってきたんだ。忘れるわけがねぇ」
「なら良かったわ。その言葉忘れないでね」
シェリアはフッと表情を緩める。
すると、苛立ったままの男の眉がピクリと動いた。
そのまま声を荒げるかと思いきや、すぐに頭を振ると大きく息を吐き出す。
「ふぅ……その手には乗らねぇよ。おおかた俺を怒らせて口車に乗せてやろうって魂胆だろ? 悪かったな、乗ってやれなくて」
ニヤリと笑みを見せる男。
しかし、関係ない。
シェリアには、男が言っていたような魂胆などないのだから。
「気にしなくていいわ。それじゃあ聞くけれど、あの時貴方の店には何が置かれていたのかしら?」
「あん? そりゃあ、ブドの実にカロイモ、干し肉に——」
男は一つ一つ思い出しながら商品の名を告げていく。
一本、二本と指を立て、数えていく男の姿。
その姿にシェリアは口元の形に弧を描いて。
「それはおかしいわね」
シェリアの言葉による攻撃が始まった。
「あ゛……?」
「貴方の店で扱っていた商品だけれど、もっと気温の涼しいところで
「そりゃあ、北部から仕入れたに決まってんだろ」
「どうやって?」
「どうやってって……直接仕入れに行ってだ! それ以外ねぇだろ!」
声を荒げる男。
シェリアは彼の大声を聞きながら、さらに笑みを深めた。
「またおかしいところが出てきたわね」
「……なんだと?」
「貴方は盗賊が蔓延るこの地で、どうやって護衛も無しに仕入れに行けたのかしら?」
この村に彼を護衛できるほどの人間はいない。
それは、アリサの協力のもとに確認が済んでいる。
「ああ、エルが盗んできたものだからという言い訳は無しよ。彼が奪い返したものと言っていた以上、それに村人たちに違和感が芽生えなかった以上は、貴方の店で売られていたものは貴方が手に入れてきたもの以外は無いわ」
「…………」
苦々しい表情で男が黙り込んだ。
それを見た村人たちがまた騒ぎ出し、疑いの目の半分ほどがシェリアから男へと移る。
状況はあきらかにシェリアの方が正しいと告げていた。
だが男は諦められないようで、額に汗を滲ませながらも口を開く。
「…………護衛ならいる」
「今この場にいないのは村長の息子だけなのに?」
「そ、外にいるんだ」
「ああ、もしかして盗賊たちを護衛だと言い切るつもり? まあ、盗賊と言わなければ信じてもらえる可能性もあったかもしれないけど……」
そう言って、シェリアは村の外を一瞥すると、眼差しをすぐに男へと戻して。
「この村の周辺一帯は狩りをするついでに確認済みよ。この近辺に人が生活している痕跡は無かったわ」
「そんなの! お前たちが嘘をついている可能性だってあるだろうが!」
「貴方は知らないかもしれないけれど、私たちは狩った得物の半分を譲るのを条件に、村の人たちについて来てもらっていたの。道案内としてね。だから、嘘かどうかは周りの人に聞いてみたらどうかしら」
弾かれたように周囲へと目を向ける男。
だが、もう遅い。
すでに、村人たちの眼差しの大半が男への疑いへと変わっているのだから。
「まだ続けるのかしら?」
「…………」
男は何も言わない。
数秒の間待ってみるものの、何も発さない男にシェリアは小さく息を吐き出す。
そして、ダメ押しとばかりに言葉を紡いだ。
「……おそらく、貴方は盗賊が盗んでいったものを他の村へ売り、その利益の一部を盗賊へと還元していた。つまりは自作自演ね。盗賊たちに襲わせて恩を売る……よくもまぁ——」
「嘘だ!」
被せるような叫びに、シェリアは声の方向へと目を向ける。
それは、エルからだった。
彼は、真っ直ぐな目に縋るような光を携えて。
「村の皆を助けたいって言ってたじゃんか! 俺も一人だったから、お前は息子みたいって言ってくれたじゃんかよ! それも嘘だったのかよ!?」
「…………」
男は黙ったまま、エルを見つめる。
そんな中、一人の男が二人の間に躍り出た——村長だ。
「もう止めましょう」
村長はそう告げると、一度だけ男へと目を向け、ゆっくりと息を吐き出す。
「旅の方々……今回はこの村の騒動に巻き込んでしまい申し訳ない。無礼を重ねるようで申し訳ないですが、男を連れていくのを手伝っていただけないでしょうか?」
「いいっスよ~」
シェリアが答える前。
深く頭を下げる村長とは対照的にアリサが軽い返事を返すと、彼女は男の方へ歩み寄り、流れるような動きで両腕を拘束した。
「抵抗するならいいっスよ? 出来ればっスけど」
男の腕を拘束したまま、半ば無理やりに歩かせるアリサ。
その後ろから村長が先導をするように前に出て、三人は村の中心へと歩いていく。
「……良かったのか?」
「ええ……」
背後から響いたアインの声。
シェリアは頷くと、視線を立ち尽くすエルへと向ける。
「おっちゃん……」
名残惜しむように呟くエル。
シェリアは振り返るとアインにだけ届くように口を開いた。
「彼の両親は商人だったそうよ。で、あの男は二人が亡くなった後にこの村にやってきた……何かあると思うでしょう?」
「だけど証拠がないだろう?」
「ええ……答えはあの男にしか分からない。でも、それでいいのよ。結局のところ私の目的は彼の敵討ちではないわ。私の目的はあくまでもこの村で少しでも旅の準備を整えることよ」
「シェリア……」
言い終えると、シェリアはアインから目を逸らして小屋へと歩き始める。
そう、決して敵討ちのためにしたことではない。
けれど、彼のためになるかもしれないと思わなかったわけでもなかった。
おそらく、指示役を失った盗賊たちは制御を失うだろう。
脳を失った生物が命を落とすように、頭脳を失った集団はその力の大半を扱えなくなる。
あとは、赤髪の騎士の力を借りて、統制を失った盗賊たちを捉えるだけ。
そうなれば、村は助かって信用を得ることが出来る。
全てがシェリアの思い描いたように進んでいるのだ。
なのに、なぜだろう?
連行される男を見つめていたエルの姿。
それを見てしまってからというものの、シェリアの気分は晴れないのは。
シェリアは、その答えを見つけられなかった。
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