第13話 襲撃
それは、誰もが寝静まった深夜に起こった。
「来たっスね」
その声にシェリアは無理やり意識を覚醒させる。
同時に、アインも「どうしたんだ?」と身を起させた。
「襲撃っス」
「なに……? 盗賊か?」
「っス」
短い返答に眉を寄せるアイン。
それもそうだろう。彼女の弁が本当であるのならば、彼女は閉められた小屋の中から盗賊の気配を感知したということなのだから。
「数はどのくらいかしら?」
「うーん、すでに村に入り込んでいるのが三人……おそらくこれは様子見っスね。そして、外に五人っス」
「そう」
小屋の壁に近づき、隙間風の通る穴から覗きこむ。
明かりの無いはずの村に灯されている三つの赤い光——おそらくは松明だろう。アリサの言っていることが本当だと納得する。
「少しだけ様子を見るわ」
「なっ!? 村人はどうするんだ? 見捨てるわけにはいかないだろう」
「分かってるわ……被害は出せない。信用を得るためにもそれは下策だわ。だから、ギリギリまで待って捕らえる……アリサ、貴方の出番よ」
「任せてくださいっス」
シェリアが目を向ければ、赤い髪を揺らしてアリサが頷く。
だが、それに納得できない者もいた。アインだ。
「シェリア、俺も戦える」
その眼差しは何かを訴えるような意思を感じさせた。
けれど、その目を見てなお、シェリアは首を横に振る。
「貴方は彼女のサポートをお願い。その方が上手くいく可能性が高いわ」
「……わ、かった」
「任せてくださいっス。盗賊ごときに被害は全く出さないんで」
悔し気に引き絞られる口元を無視して、シェリアは外の状況に気を配った。
ゆっくりと動いているその光は散開するように離れていき、やがて止まる。
それから、どのくらいの時間が経っただろう。
いまだ眠っているセシルの呼吸音だけが耳に届き、時折彼女の「よくできました」という寝言が鳴り響く。
荒れ事に慣れていないシェリアは、やけにうるさい心臓の鼓動に眉を寄せてながらも息を殺して様子をうかがった。
そして——
「動くっス」
短く紡がれたその言葉から数秒の時を要し。
シェリアは動き出す光を認識した。
「行って」
「了解っスよ」
扉が開け放たれる。
夜風が吹き込み赤い髪を揺らす中、いつの間にか剣を抜いていたアリサは獰猛な笑みを浮かべていた。
直後、彼女の姿がかき消え、呻くような悲鳴がシェリアの耳に届く。
一度、二度、三度……その間、わずか数秒。
どうやら、彼女の言ったとおり盗賊程度なのだろう。
しかし、シェリアが今考えていたのは別のことだ。
(早すぎる……魔術を使った痕跡はなかった。でも、人間の出せる速さじゃない)
前回、五人の盗賊と戦った時とはまた違う。
あの時は明らかな技術だった。しかし、今回は異常の一言に尽きる。
魔力で肉体は強化できるが、限度はある。
シェリアのように特殊な魔術がなければできない芸当のように見えるのだ。
(やっぱり底が見えないわね……彼女も、彼女も……)
聖国の聖女の護衛というだけはあるということだ。
特別な人には特別な人が付く——ある種は必然ともいえる。
(残りは五人……もう少し情報を得ることが出来ればいいけど……)
盗賊が持っていたであろう松明は、地に落ちて消えてしまった。
今は深夜。視覚情報には頼れない。
シェリアは僅かな情報も逃さないよう、耳に意識を集中させた。
* * *
アイン=ソフ=オルランドの自負は、挫折という苦難に苛まれていた。
あの日、従者に言い放った誓い。
彼女の隣に立つと。
彼女を守り切ると。
その全て蹂躙する力が、強さが、いま眼前で猛威を振るっている。
挫折は幾度も味わってきた。
司書の力を見せつけられた時も。
従者の力を見せつけられた時も。
しかし、今の挫折は少し違う。
護衛という対象を守るという立場はアインと似ており、その差が残酷なほどに突き付けられるのだ。
アインが彼女と相対すれば、瞬く間に組み伏せられるだろう。いや、切り伏せられる……だろうか。
なんにせよ、もし彼女のような強者が立ちふさがった時には、アインには何もできずに命を落とすという事実があるだけだ。
(悔しいな……)
ガリっと歯が音を鳴らす。
アインがサポートを託されたのも、そういうことだ。
アインでは被害が出るかもしれないから。それは村かもしれないし、アイン自身かもしれない。
だからこそ、彼女はアインを前には出さなかったのだろうし、いざというときの保険という立場にとどめたのだ。
アインは別に彼女の采配が間違っているとは思っていない。
これは後悔だ。
彼女を守ると誓いながらも、その誓いを守れる力がないという後悔。
幼い時から身につけてきた力が、全く意味をなしていないという後悔。
そして、自分の心が折れかけようとしている自覚があるという後悔だ。
(……いまはこの光景を目に焼き付けよう)
折れても構わない。自尊心など砕けても構わない。
心惹かれた彼女を守れるようになるために、今は傷つくときだと信じて。
アインは、蹂躙という戦いにすらなっていない光景を見守った。
* * *
「こんなもんっスね!」
鞘に納められた剣を肩に担いで、アリサがにこやかに笑う。
蹂躙は、驚くほど短い時間で終了した。
最初の三人を昏倒させた彼女は、すぐさま村の外にいる盗賊たちを標的に移した。
小屋の中にいる状態でも盗賊の人数を把握していた彼女にとって、森に隠れている盗賊を補足することは難しくないらしい。瞬く間に残りの盗賊たちを昏倒させ、シェリアたちがいた小屋の前に積み上げたというわけだ。
「とんでもないな……」
「ええ……」
盗賊の山を見上げ、茫然と呟くアインに同意する。
あっという間に行われた蹂躙もそうだが、村全域にわたって動き回ったはずの彼女が息一つ乱していないというのが恐ろしい。
「で? どうするっスか、こいつら」
「そうね、このまま放っておいても大丈夫そうではあるけれど……」
思いのほか叩きのめしていたらしく、盗賊たちは片足、もしくは両の足の骨が折れており、他にも打撲や浅い切り傷、擦り傷など多岐にわたる傷を負っていた。
これで死に関わる傷は皆無というのだから、彼女と盗賊の実力の差が如実に表れている。
「いちおう縛っておきましょう」
「小屋に縄があったな。取ってくるよ」
「よろしくっスー!」
小屋に入っていくアインを見送り、視線を再び盗賊の方へ。
「これで——」
「元を叩ける……っスか?」
「気付いていたの?」
予想外の言葉にシェリアは僅かに目を丸くした。
ある程度は察しているだろうと予想はしていたが、ここまで気付いているとは思わなかったのだ。
どうやら、この騎士は想定以上に気が付くらしい。
「まあ、この村の状況の原因が外部の盗賊だけじゃないってことくらいはねぇ……で? 元って誰なんスか? 隣の未亡人? それとも村長? はたまた子供たちって線も——」
指を折り村の人間を数えていくアリサ。
そんな彼女の姿にクスリと笑みをこぼして、シェリアは言い放った。
「それは明日のお楽しみね」
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