第10話 村にある違和感
「ここっスよ!」
一夜明けて。
シェリアたちは村の中心に建っている家の前に訪れていた。
「……まさか、商人が家を構えているなんてね」
「私も今朝村長の家に突撃するまで分からなかったっスよ。看板がないのは盗賊対策っスかね?」
「そうでしょうね。分かるようにしてたら狙ってくださいと言っているようなものだもの」
看板も無く、他の家と同じくところどころ傷み、泥に汚れている家。
その様相は他と比べて少しばかり大きい程度で、傍から見れば他の家との区別がつかなかった。
「ほらほら、二人とも眠そうにしていないで! 行くっすよ!」
「ふぁーい……」
「……分かった」
元気の良い声に反応したのは、セシルとアイン。
前者は小さな口と大きく開けて、後者は眠たそうに眉を寄せて。共通しているのは二人とも若干足取りが重く、フラフラとしているところだろうか。
「男のくせに情けないっスねぇ!」
「……あんな状態で寝られるわけないだろう」
大きな声が頭に響くのか、アインはただでさえ細められている目をさらに細める。
さすがにあんな事を言われてしまっては意識せざるをえなかったのだろう。彼の目の下には薄っすらとクマが浮かんでいた。
「……でも、本当に言われないと分からないわね」
じゃれ合っている二人から目を逸らし、辺りを確認しつつポツリ。
アリサから聞く話では商人の家も兼ねているそうだ。横の小さな畑にある足跡を見るに商人は男性——それも一人暮らしだろう。
「時間も勿体ないから入りましょう。基本的に話は私と彼女がするから、頭の回っていない二人は後ろにいて」
「了解っス!」
「……分かった」
「……ぁむ」
最後の返事になっていない返事には目をつむり、視線を扉へ。
シェリアは扉を掴むと、そのまま前に押し込んだ。
家の中は意外と明るかった。
シェリアたちが使わせてもらっている小屋とは違い、随所でロウソクに火が灯されているからだろう。
商品であろう作物が暖色の光に照らされ、影となっている店の奥。見えづらいが薄っすらと人の形をした影があった。
「失礼するわ」
「いらっしゃい」
不愛想な声音。
シェリアはその拒絶ともいえる言葉を受け流し、店の奥へ歩を進める。
すると、影で見えづらくなっていた人影が少しずつ鮮明に映るように変わっていく。
「村長から話は聞いてはいるが……旅人が何のようだ? ここにゃあお前たちに売れるような物はねぇぞ」
不愛想な声と同じく、不愛想な男だった。
乱雑な髪は黒と白が入り混じり、早朝に畑仕事をしたからか、わずかに泥に汚れた指先は苛立たし気に男の前にあるテーブルを叩いている。
服装もボロボロで、村長から商人の家だと聞かされていなければ、ただの浮浪者だと判断してしまったかもしれない。
「売って欲しいんじゃないっスよ! ちょっと買い取って欲しいものがあるんス!」
「あ?」
「これよ」
男の前に立ち、首飾りを外す。
そうしてテーブルの上に首飾りを置けば、男の鋭い眼差しが細められた。
「ずいぶん上等なもんだな……」
男は首飾りと手に取ると、じっくりと眺める。
集中し始めた男が何も発さなくなるのを待ってから、シェリアは周囲へと目を向けた。
男の座るテーブルの反対側。
最低限の掃除だけがされていた棚の上には、いくばかの食料が並べられている。
その内容を見るに、おそらくこれは、昨日エルが盗賊から盗んできたものだろう。
「……意外と儲かってるんですね」
「あ?」
「食事……困ってないでしょう?」
「なんだと……?」
首飾りの向こう側。男の眼差しが不機嫌に細められた。
「この村の人の中では血色が良いので」
影になっていて見えづらいが、首飾りを持つ手の荒れ具合や血色、爪の状態などでおおよその健康状態は察することが出来る。
この村で地位のある村長を見た後なら、なおさらだ。
「この棚に置かれたものは昨日、私たちが助けた少年が盗んできたものでしょう? 大人ではなく子供……それも、親のいない子供から盗んだ——」
「なっ……」
「えっ……」
遮るように声を漏らしたのはアインとセシルだ。両者とも眠気が吹き飛んだように目を見開いている。
「貴方は驚かないのね」
「まあ、ある程度察しはついたっスから」
驚いていた二人を一瞥した後、唯一驚いた素振りを見せていなかったアリサへ目を向ければ、彼女は微かな苦笑を返した。
どうやら護衛の方は驚かせられなかったらしい。
シェリアは話を続けるべく、視線を彼女から男へ。
「盗品……さらに親の後ろだてがない子供が売りに来たものを高く買うはずがないわ。だからそう言ったのよ」
「ふん……ずいぶんと失礼な奴だ」
男は鼻を鳴らし、首飾りを放る。
宙を舞うそれをシェリアが掴むと、彼は口を開いた。
「まず、こんな上等なもんは買い取れねぇ……でだ、お前たちは俺の事をちゃんと聞いてねぇのか? ああ? この村の奴らは大事な客だぞ? いくら子供でも買い叩いたりはしねぇ」
「儲かっているの否定しないのね」
「んなわけねぇだろ……ここは村の中心だから盗賊に襲われにくいんだよ。だから自分の食い物ぐらいはどうにかなってるだけだ。それでも襲われねぇわけじゃねぇ……どうにか生活してんだよ」
吐き捨てるように一度視線を逸らした後、男は再びシェリアを見やる。
「買い取れねぇって言ったんだ。もう客じゃねぇ……さっさと帰れ!」
「分かったわ……失礼したわね」
「もう来んじゃねぇぞ!」
男の怒声を背後に、シェリアは扉へと向かった。
「いいんスか?」
「ええ」
短い問いに小さく頷く。
聞きたいことは聞くことが出来た……もう用はない。
シェリアは扉を開くと、そのまま店を後にした。
「ずいぶんな言い方だったんじゃないか?」
「まあ、そうかもしれないわね」
店を後にしてしばらく。
わずかに非難する眼差しを向けるアインに対し、シェリアは素直に頷いた。
「なんであんなことを言ったんだ?」
「今は言えないわ」
シェリアを見つめる眼差しは何時になく真剣だ。
アインの人間性を考えるに、突然無礼な質問をしたシェリアの真意を探っているといったところだろう。
だが、シェリアは今それを告げるつもりはない。
「そうか……でも、理由があっての事なんだな?」
「ええ」
「分かった」
釈然とはしていない様子ではあるが、シェリアの事を信じてのことだろう。アインが頷く。
「ひとまずは戻りましょう。話はそれからだわ」
不満げな聖女を抑える赤髪の騎士を一目見て。
シェリアは借りている小屋へ向けて歩を進めた。
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