第9話 それよりも!




「それよりも! っス」


 肩を落として落ち込むシェリアとアイン。

 二人の視線が床に釘付けになっている最中、唐突に上げられたのは赤い髪の騎士の声だった。


「……なによ?」

「……なんだ?」


「ひぇっ……」


「ちょっと!? 聖女様を怖がらせるんじゃないっスよ!」


 どうやら怖がらせてしまったらしい。

 シェリアは顔を上げ、姿勢を正すと「コホン」と咳払いをして気分を切り替える。


「で? なにかしら?」


「本当に分かってないんスか?」


 疑うような眼差し。

 しかし、シェリアには思う浮かぶことがなく、隣にいるアインも気が付いている様子は無かった。聖女様については涙目でシェリアを見つめている有様だ。


 そんなことをしている間にも、赤髪の騎士の目は疑いから呆れに変わってきている。

 考えていても意味はない——そう結論付け、シェリアは早々に諦めることにした。


「降参よ。教えてくれるかしら」


「……え。本当に気付いてないんスか? 嘘っスよね? というか、聖女様も気付いてない感じで?」


「……?」


 ポカンと不思議そうに首をかしげるセシル。

 その姿に、アリサの眼差しは呆れから驚きへ変化し、やがてその眼差しはアインへ向けられる。


「マジっスかぁ……」


「……なんでこっちを見るんだ?」


「そりゃあ、あんたが一番気を遣わないといけないからっスよ」


 はぁ……と、盛大にため息。


「しょうがない。ならこの場で言わせてもらうっス」


 一呼吸置いた後、アリサは立ち上がる。

 そして、ビシリとアインを指さして。


「この狭い部屋で、男女固まって寝るつもりっスか?」


「「「あ……」」」


 至極真っ当な指摘に、アリサを除く三人の声が重なる。


 二人で王国を出てからこれまで、シェリアはアインと二人で行動してきた。

 だから失念していたのだ。


 ——普通、年頃の男女が同じ部屋で寝ることは無いということに。


 特に、令嬢が男性と個室に入ることはあらぬ疑いを生む行為だ。

 シェリア自身、行動するときはいつもアントンがいた上、行動範囲が第二書架コクマ・ライブラによる固有空間か『司書』としての仕事をするための一室に限定されていた。

 だからこそ、それが異常だということに気が付かなかったのだ。


「で、でも、アインさんは誠実な方ですし……」


「チッチッチッ、甘いっスよ聖女様。男はみんなケダモノ……飢えるオオカミなんス。据え膳上等! 隙あらば襲い掛かってあんなことやこんなことに」


「そ、そんな……」


 男はオオカミという言葉がやけに耳に残る。

 そういえば、彼は言っていたではないか……惹かれた、と。

 そんな相手とまだ短いながらも一緒に旅をして、共に食事をとり、睡眠をとっていた。


(もしかして私、結構危なかったのかしら?)


 アインがシェリアの護衛としての役割を担っていたため、いままでずっと一緒に行動してきた。

 睡眠は交互にとっていたといっても、無防備な姿を男性の前に晒し。

 監視を頼んで少し離れてもらっていたとはいえ、水浴びがしたいときは一糸まとわぬ姿を晒していた。


「いや、そんなことするわけないだろう!」


「どうっスかねぇ……年頃なんスから気になる女の子の一人や二人、いるんじゃないんスかぁ? そんなひとのあられもない姿を見て我慢できるんスかねぇ……?」


「そ、それは……」


「ほら! 悩んだっスよ聖女様! この男悩んだっス!」


「信じてたのに……」


 セシルの顔が絶望に染まる。

 すると、それを追い打ちするかのようにアリサが続けた。


「ハーレムに酒池肉林! これは男の夢っスよ! 悩んだってことは心当たりがあるって証拠っス! 弁明があるなら弁明するっスよ!」


「あ、あれは……あれは仕方がなく……悲鳴が聞こえたから……」


「あっ……」


「おやおやぁ? 聖女様は彼の言葉に心当たりがあるご様子っスねぇ……教えてもらっていいっスか?」


「お、おい!? し、シェリアからも言ってくれ……あれは仕方がなかったって」


 動揺した様子でアインが助けを求めてきた。

 おそらく彼の言っているのは今日の水浴びの事をだろう。それはシェリアにも容易に想像がつく。

 けれど、そのことについてシェリアは許していないわけで。


「あれは仕方がなかったとは言えないわ。だから貴方が……いえ、アインさんが悪いわ」


「勘弁してくれ……」


 ニヤニヤと耳打ちされているアリサの前で、アインは床に崩れ落ちた。


 ……結局彼は、小屋の入り口でこじんまりと眠ることとなった。

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