第8話 今後の方針
「失礼するっスよ!」
「……っ、誰だ!?」
「誰って……旅のものっス!」
村長の家にたどり着くなり扉を開け放ったアリサ。
そのズカズカと家へ入っていく様相はまるで盗賊のそれであり、家の住人はまさに盗賊に入られたかのように警戒した声音を響かせた。
「アリサ!? 人様の家に勝手に入るなんて!」
「あー、はいはい。すいませんっスぅ……」
「申し訳ない……私たちは旅のものです。盗賊に追われていた少年を助け、送り届けたのでご挨拶をと」
セシルにアリサ、最後にアインと。後に続いて家に入った各々が行動を起こす。
最後に入ったシェリアが見た時には、村長であろう男性は呆気に取られたように口を開閉させていた。
「………………なんだね君たちは?」
「旅のものっス!」
「ああもう! 君のせいで話が進まないだろう! ……騒がしくしてしまい申し訳ありません」
「えー……」
「いいからアリサは黙ってて……!」
「んー、んー……」
口を物理的に塞がれ、ようやく家の中が僅かに静かになる。
「改めて……騒がしくしてしまい申し訳ない。私たちは旅をしていまして……道中、エルという少年が盗賊に追われているのを見かけましたので保護し、送り届けたのでご挨拶をしに来ました」
「…………」
じっとアインを睨みつける男性。
緊張が室内を満たす中、どれだけの時間が経っただろう。男性はふぅと息を吐き出すと、重々しく口を開いた。
「そうですか、あの小僧が……いや、ありがとうございます、と言うべきですな」
「いえ、盗賊に追われている子供を見たのですから当然のことです。それでですが、これも立ち寄った縁。少々食料などを買わせていただくことができたらと」
「…………」
再び男性の口が閉じられる。
そして、わずかに思案する様子を見せてから。
「申し訳ないが、それは難しい」
「何故、と聞いても?」
「貴方たちもここに来るまでに見たでしょう。この村に他者へ食料を回す余裕はないのです。……ですが、貴方たちに恩があるのもまた事実」
男性は一度区切り、視線を外へと動かしてから続けた。
「食料は難しいですが、空いている小屋はあります。もうすぐ日も傾いてきますので、今日はそこに泊まっていくといいでしょう。僅かですが、食べ物も出させていただきます」
「……シェリア」
アインが視線をよこす。
村長の言った通り、もうしばらくしたら日が傾いてくる。
これまで野営をしながら進んできたシェリアたちではあるが、野営と屋根がある小屋では後者の方が良いだろう。
「どう思う?」
「まあ、泊まった方が安全じゃないっスか? 私だけならどっちでもいいっスけど……」
いつの間にか解放されていた赤髪の少女に意見を求めれば、彼女は言葉を濁すようにして眼差しをセシルへ動かす。
それは、聖女という地位を隠したいという意思の表れと同時に、護衛としての判断も合わさっているのだろう。
「いいわ」
シェリアが頷けば、じっと見ていたアインも頷いた。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
村長に案内され、小屋にたどり着いたシェリアたち。
四人という人数を考えると少し手狭ではあるその小屋は、使っていないとはいえ管理はしていたのだろう。すぐに住める程度には掃除されていた。
「さてと、じゃあここからは相談っスね!」
腰を下ろした後、笑顔で告げるアリサの顔にシェリア含め全員の視線が集まる。
「相談……というと?」
「そりゃあ、この村にどのくらい滞在するかっスよ!」
「まあ、そうよね」
アインは分かっていないようだったが、シェリアはアリサと同意見だった。
盗賊がうろつくこの国で、村は自身の身を守るという意味で大きな価値がある。
身を休めるという意味でも、人が多いという意味でも、だ。
特にシェリアたちは旅に出るに十分な準備をしてはいないし、ここまで来るのにも狩りや果物で食い繋いできた。
「村長は食料の融通は出来ないと言っていたけれど、この村で完全な自給自足が出来ているとは思えないわ。作物があるとしても、この村には足らないものが多すぎる」
「まあ、そうっスよねぇ……月に一度か、二度か……分からないっスけど、商人が行き来してるって考えるのが妥当っスね」
「「「…………」」」
「な、なんスか……?」
集まる視線に、赤い髪を振り回しながらたじろぐ少女。
その数秒後、少し言いにくそうにセシルが口を開いて。
「えっと、アリサ——」
「貴方もそういうこと考えられるのね」
「どういうことっスか!?」
アリサが続くシェリアの言葉に声を荒げた。
「まあ、それは置いておくとして……シェリアが言うとおり商人が来るなら、それまで滞在するのか?」
「私が言ったんスぅ!」
「いや、必ずしもそうとは限らないわ。あまりにも時間がかかるのであれば、はやく先へ進むのも選択肢に入れないといけない」
「無視するなっスよう!」
「…………」
声の方向へ目を向ければ、不貞腐れた様子のアリサが「よしよし」とセシルに撫でられていた。
シェリアはすぐに意識をアインへと戻し、続ける。
「とにかく今は情報が足りないわ。それに、彼女たちの今後の動きにもよるし——」
チラリと目線を金髪の少女の方へ。
赤い髪を撫でていた彼女はシェリアの視線に気が付くと、ニッコリと優し気な笑みを浮かべた。
「せっかくですから、しばらくはご一緒しますよ」
「……だそうよ。まずは情報収集……商人が来るのであれば滞在。来ないのであれば出ましょう」
「分かった。できることであれば来て欲しいのだが……」
「ええ、そうね。そうすればこれも換金できるかもしれないし……」
首から首飾りを外し、少しだけ掲げる。すると、小屋の隙間から差し込んでいる光を反射して銀と赤を輝かせた。
これは、王国では貴族位を持っていたシェリアが、家の繁栄を誇示するために首から下げていたものだ。だが、王国から出奔し、旅に出てしまえば路銀に変える以外に使い道がない。
「これを売ることが出来れば当分のお金には困らないわ」
「そうか!」
シェリアの言葉に、アインの顔色が喜色に染まった。
牢獄から脱獄し、そのまま王国を出た彼の身なりは旅をするには心もとない。だからこそ、今後の旅が少しでも楽になることを期待したのだろう。
しかし、その期待を破るかのように慎ましい声が。
「あの……」
「なにかしら?」
会話を遮ったのはセシルだ。
シェリアが目を向ければ、彼女は何か言いにくそうに視線を彷徨わせている。
そんな彼女に変わるように、頭を撫でられ、目を細めていた護衛がポツリ。
「そんな上等な首飾りだと、この辺りじゃ買い取って貰えないと思うっス」
「「あ……」」
たしかに、これだけ寂れている村で商いをしている商人ならば、それ相応の商品しか持ち合わせていないだろう。
そしてそれは、付近で盗賊がはびこっているのならなおさらだ。
完全に失念していたシェリアは、アインと目を合わせると二人で肩を落とした。
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