第7話 村へ
「エルくんは連れていきます!」
「えー、嫌っスよぉ……」
少年を抱き寄せるセシルと、嫌そうに駄々をこねるアリサ。
かれこれ数分ほどこうしていただろうか。
エルと連れていくと主張したセシルにアリサが反対。しかし、アインは連れていくのに賛成であるため、二対一という構図ができた。
だが、肝心のエルを助けたのはアリサであり、護衛役でもある彼女はこれ以上の危険は看過できないと意見を曲げず、この状況というわけだ。
「アリサは彼が可哀想じゃないんですか?」
「可哀想というよりは……今は幸せなんじゃないっスかね?」
「……っ!?」
アリサに半眼で見つめられ、ぎゅっとセシルに抱き寄せられたエルが肩を震わせた。
同時に、アインがスッと視線を逸らし、シェリアの機嫌は一段階悪くなる。
どこがとは言わないが、セシルはある部位はシェリアと一線を画す。そして、彼女は少年をこれでもかというほど抱きしめていた。
つまり、埋もれているのだ……エルの頭が。
彼もそれを分かっているのだろう。体を硬直させ、頬を赤らめている。アリサに言われて肩を震わせたのもそういうことだ。
「と、に、か、く! 彼は連れていきますからね! これは聖女としての命令です!」
「それは反則っスよぉ……ほら、貴方からも言ってください」
助けを求めるような眼差しを向けられ、シェリアは面倒になって息を吐く。
どちらも意見を曲げず、折れようとはしない。
さらには気分の悪くなる景色を見せられているのだ……面倒にもなる。
シェリアは並んでいるアインとセシル、続いてアリサ。最後にいまだに頬を赤らめている少年を一瞥して。
「連れていきましょう……これ以上話していても時間の無駄だわ」
「そうですよね!」
「そうか!」
「うげー」
すぐに先を見据えたシェリアの視界の外で、喜色を浮かべた声とうんざりした声が同時に響いた。
「……ここが俺の住んでる村だよ」
「ああ、ありがとう」
少年と共に歩くことしばらく。
シェリアたちは、エルと名乗った少年が住む村まで辿り着いた。
「まあ、予想通りっていえば予想通りっスけど……寂れてるっスねぇ」
日を遮るように手を目の上にやって、アリサがポツリ。
一目で見渡せる程度に整地された土地には十数件ほどの家がまばらに建っており、そのほとんどがぼろぼろで、いかにこの村が貧困に喘いでいるのかがうかがえる。
王都の外にほとんど出たことが無かったシェリアであったが、その様子は異常であると一目で判断できた。
気候が安定しているこの地がなぜこれほどまで寂れているのか?
その原因の根本はまだ分からないが、表面的な問題は分かる。
「田畑が荒れている……?」
家と家の隙間——それを埋めるように耕された土には緑の植物が見える。
しかし、そこには肝心の実が生っていなかった。
それどころか、耕された土もところどころ踏み荒らされており、村人の修繕の跡がうかがえるのだ。
「これは、穏やかじゃないっスねぇ……」
「そうね……」
シェリアは村を見渡しながら告げられたアリサの言葉に頷く。
「まずは村長さんのところへ挨拶に行きましょうか」
「ああ、でも、その前に——」
シェリアとアリサの呟きが聞こえていなかったようで、にこやかな笑みをみせるセシル。
そんな彼女にアインは頷くと、その眼差しをすぐ傍らに立つ少年へと向けた。
「彼を……エルを送り届けなければ」
「そうで——」
「「「にいちゃぁぁぁん!!!」」」
ふと、遠くから数人の声が響き渡る。
声の高さから察するに子供の声だ。シェリアがその声の主を探そうと視線を動かせば、それはすぐに見つかった。
「「「大丈夫だったー!?」」」
「お前たち!」
村の奥から走ってきたのは三人の子供だ。
歳は見た目から察するにエルよりも少し下くらいだろう。彼らは一目散にエルの元へ走っていくと、エルもまた彼らの元へ駆けていく。
「心配したんだよ!」
「にいちゃん一人でいっちゃうから」
「怪我はしてない?」
「大丈夫だよ。盗賊なんて俺の足に追いつけないさ!」
「「「すげぇ!」」」
目を輝かさせる子供たち。
そんな子供たちにカッコ悪いところを見せないためか、エルもシェリアたちには見せなかった自信満々な表情を見せていた。
「ほら、盗賊たちから取り返してきた。あとでおじさんに渡してくるよ」
「ちょっと待ちなさい」
子供たちと去っていこうとするエルをシェリアは止めた。
「な、なんだよ……?」
「貴方、取り返したって言っていたわね、それはどういうことかしら?」
「……え? ああ、姉ちゃんたちは余所者だから分かんないか……」
シェリアの眼差しにエルは一瞬気圧されるも、子供たちを見て強気な態度に戻し、シェリアの問いに対して頷いた。
「他の村もそうだけど、盗賊が作物を奪っていってるんだ。俺はそれを取り返しに行ってたんだよ」
「そう……」
これで合点がいった。
あの畑は盗賊たちに踏み荒らされた結果ということだろう。
(だけど、これだけ襲撃されていて子供が生きているっていうのは……?)
家の損傷具合、畑の荒れ具合を見ればこの村を襲撃した盗賊の数は予想できる。
そして、この村の惨状を見る限り村人たちは盗賊に対抗できるだけの武力がないことも。
「なあ」
「……なに?」
思考に耽る最中、エルからの声にシェリアは我に返る。
彼は一度子供たちに視線を向けると、おずおずとその視線をシェリアへと戻した。
「こいつらを待たせてるから、俺はもう行っていいか……?」
「ええ」
「今後は気を付けるんだぞ!」
「分かった」
アインの言葉にエルは頷くと、子供たちを連れて村の奥へ歩いていく。
その後ろ姿を見届けると、さっそくとばかりにアリサが口を開いた。
「よーし! お荷物もいなくなったことですし、さっそく村長さんのところへ行くっすよ!」
「アリサ……」
心底嬉しそうな声色を隠そうともしないアリサ。
そんな彼女に、主人であるセシルは頭を抱えていた。
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