第6話 測りきれない強さ
少し遅れて。
アリサが盗賊たちと戯れている場にたどり着いたシェリアたちは、並んでその景色を眺めることとなっていた。
「遅いっスよー」
「なめるなぁっ!!!」
声を大きくして剣を振るも——当たらない。
一人でも、二人でも……三人でも、四人でも。戯れているように身を翻し、踊るように歩を刻む赤髪の騎士には変わらないようだった。
「まるで子供と大人ね……」
そう言って、シェリアはすぐに自身の口から洩れた言葉が間違っていたと改める。
子供と大人どころではない……これは、それ以上の何かだと。
「アリサは聖国の騎士の中でも実力だけなら上位ですから」
「へぇ……」
誇らしげに大きく胸を張るセシル。
シェリアはそんな彼女の顔から少し下へ視線を動かし、わずかに目を逸らした。
聖国でも上位……その言葉をそのまま飲みこむのであれば、聖国にはあれほどの実力者を複数人抱えているということである。
シェリアの見立てでは、彼女の強さは王国の筆頭魔術師のそれよりも上だ。
近接戦闘を得意とする騎士と、遠距離または殲滅戦を得意とする彼では一概に言い切ることは出来ないが、おそらくまともに戦えば最後に立っているのは騎士の方だろう。
大陸一の歴史を持つ聖国ならば、相応の実力者は抱えているだろうとは想定していた。だが、現実はそれ以上だ。
歴代の司書は良い判断をした——そうシェリアは過去の偉人たちに心の中で礼を述べる。でなければ、あの力が自分に向かっていたのかもしれないのだから。
「終わったようだな……」
険しい表情で戦いを眺めていたアインの声で我に返る。
見れば、五人の盗賊が山積みに積み重ねられており、アリサが寝顔でこちらへ手を振っていた。
「ええ、じゃあ少年を——」
「怪我はしてないですか!?」
言い終える前に、セシルが少年の元へ駆け寄っていってしまう。
そんな彼女の後姿に肩をすくませると、シェリアはアインと共に後に続いた。
「おっ、おい!?」
「怪我は……無いようですね。良かったです」
「聖女さま~こっちの心配はないんですかぁ?」
「心配するも何も……かすりもしてなかったじゃないですか。それよりも怪我人です!」
どうやら少年に怪我はないらしい。
セシルは困惑する少年の怪我をひとしきり探し終え、腰を上げると、今度は積み重ねらえた盗賊の方へ。
「皆さんは少し待っていて下さい。彼らの治療をしますので」
「……助けるのか?」
「当たり前です!」
力強い返事を返され、アインはポカンと口を開けていた。
そしてそれは、顔には出さなかったがシェリアも同様だ。
……どうして少年を襲っていた彼らの治療をするのか?
疑問ではあるが、アリサが仕方ないと苦笑しているのを見るによくあることなのだろう。
シェリアはそう判断し、セシルの奇行に唖然としている少年へと歩み寄る。
「君……名前は?」
「…………」
警戒心を丸出しにした少年は、手に持った食料を庇うようにしてシェリアを睨みつける。
目を細めれば少しだけ肩を震わせはするものの、少年の態度は変わらない。
「シェリア……それではダメだ」
肩に触れた感触に顔を振り返させる。
すると、アインが首を横に振っていて。
「こういう時は目線を合わせなければ……すまないね、彼女はあまり話すのが得意ではないんだ」
ゆっくりと。
腰を下ろし、少年と目線を合わせて続ける。
「私たちは最近この辺りに来たばかりなんだ。君も見ていたから分かると思うが、あの赤い髪のお姉さんは私たちの仲間で、君を助けようとした……だから少しでいい、話してくれないか?」
「…………」
少年は押し黙ったまま口を開かない。
……時間の無駄。
そう判断し、シェリアが一歩進んだところで、少年は警戒心を残しながらも「……エル」と呟いた。
「そうか! 私たちは旅をしていてね、少し休めるところを探しているんだ。君が生活しているところがあるだろう? 君が心配なのもあるし、案内してくれないか?」
「……わかった」
表情を明るくするアインと逆に、少年は悩む素振りを見せてから小さく頷く。
だが、ここで声を上げた者が一人。
「えー! 連れて行くんスかぁ……?」
「……盗賊に襲われそうになっていたんだ。当たり前だろう」
心底嫌そうなアリサ。
それが気に入らなかったのだろう。アインは立ち上がると僅かに低くなった声を彼女に向ける。
「でも、エルでしたっけ? 彼の持っている物も盗品っスよ?」
「……っ!?」
少年がビクリと肩を震わせる。
そんな彼を一瞥したアリサは、呆れたような眼差しを隠そうとしないままアインへ。
「分かるっスよね? 状況から考えるにアレは盗賊たちのものっス。結果だけを見れば彼だって盗賊と同類っスよ」
「…………それでも、彼は子供だ。まだ守られる側の存在だ。自分の意思で身を堕とした盗賊とは違う」
「はぁぁぁぁぁ……」
深いため息。
それは、呆れたようで、それでいて、心底失望したようなため息だった。
その瞬間、シェリアの身に何か得体のしれない重さが加わる。
そしてそれはアインもだろう。彼も何かに堪えるように眉を歪めていた。
「甘いっスね……だから三流なんスよ」
「なんだと……?」
「子供を守る? 正義感に
「なにが言いたい……?」
「力の伴わない理想はただの妄想でしか無いってことっスよ。世界はそんなに優しくできていないし、そんな戯言を言う資格は——」
「アリサ!」
張り詰める空気を切り裂くように、澄んだ声が上がった。
「聖女様、そんな大声出さなくても聞こえるっスよ?」
「そんなこと分かっています!」
声を荒げるセシル。
彼女は先程までの優し気な雰囲気を一変させ、鋭い眼差しでアリサを睨みつけた。
「私の恩人になんてこと言うんですか!? 謝ってください!」
「はいはい、分かりましたよ……すいませんでした……」
「あ、ああ……」
やる気の無い謝罪に、アインは困惑しながらも頷く。
「本当にすいませんでした……」
「そ、それはいいが……怪我人はいいのか?」
「はい! もう全員治療を終えました」
怒りを霧散させ、笑顔になったセシル。
その言葉に、いままでずっと沈黙を保っていたシェリアは目を見開いた。
(早すぎる……)
誰かを治療する魔法というのは万能ではない。
それどころか、制限の多いものなのだ。
まず、治療という他者に直接作用させる魔法というのは生来の才能に関わってくるところが大きく、治療魔法の研究は他の魔法よりもかなり遅れている。
そのため、治療魔法は効率が悪く、消耗も大きい……というレベルではない。
アリサが積み重ねた盗賊。彼らの怪我はシェリアの見立てでは骨が折れていた。
文字通り痛めつけたわけだが、このレベルの治療をするためには大量の魔力が必要であり、比例して規模も大きくなる。
おそらくは、第四位階レベル以上。
治療魔法のそれになれば、消耗する魔力は他の第五位階……いや、それを凌駕するだろう。
シェリアの魔力量では発動すら出来ない魔法を聖女であるセシルは発動し、それでいて笑顔を浮かべるほどの余裕がある。
(いや、違うわね……)
シェリアは心の中で今までの考えを否定した。
第四位階以上の魔法を発動したには規模が小さすぎるのだ。
シェリアは魔術師ではない。そのため、魔力や魔術の余波を感知する能力は高くない。
だが、近くで——それも目の鼻の先でそれほどの規模の魔法を使えば、嫌でもその余波を感じ取ってしまうだろう。
(彼女もそうだけど。聖女……何かあるわね……)
聖国ということを鑑みても異常すぎる。
少し離れて腰に手を当てている赤髪の騎士、その次に聖国の聖女を見据えて。
シェリアは、聖国から来た少女たちへの警戒心を引き上げた。
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