第5話 騎士の実力 




「はぁっ! はぁっ! はぁっ……!」


 息が切れて苦しい。

 しかし、ここで止まれば殺されてしまう。


 足を止めることは出来ず、けれど足は休息を求めて痙攣を始めようとする。

 だが、少年は止まらない。いや、止まれない。


 手に抱えた食料は、盗賊の拠点の一つから盗み出したものだ。

 小さな拠点だったから盗賊の数も少なく、警戒も薄かった。

 だからこそ少年が忍び込むことが出来たわけだが、去る際に音を立ててしまい、気付かれてしまうという失態を犯してしまった。


「待ちやがれぇっ!!!」

「ぶっ殺してやる!」


 走りながら背後に視線を送れば、五人の盗賊の姿。

 そのいずれも分厚い剣やナイフのような凶器を手に持ち、振り回しながら少年を追いかけている。


「はぁっ! はぁっ! はぁっ……!」


 苦しい……でも、止まるわけにはいかない。

 村には腹をすかせた弟分たちが待っているのだ。奪われた分には遠く及ばないが、少しでも足しになればいい。


 重い装備をしている盗賊の速度はあまり早くない。そのため少年でも逃げることが出来ている。

 しかし、体が出来上がっていない少年の体はすでに悲鳴を上げていた。


 ……このままでは追いつかれる。


 いまにも力が抜けてしまいそうな両足が。

 空気を求めて絶えず震えている胸が。


 どれだけ必死になろうとも、覆すことが出来ない現実が少年に覆いかぶさろうとしている。

 そんな時だった。


「大丈夫っスか?」


 突如背後から聞こえてきた空気のような声。

 その軽さに、もう自分が助かったのだと安心感を覚えたのは——




 *   *   *




「だ、誰だ!?」


「誰って……偶然近くを歩いていた騎士っスよ」


 警戒心をむき出しに叫ぶ盗賊たちに対し、アリサは微かに苦笑した。

 背後の少年は多少の警戒心が残っているようだが、それよりも助かったという気持ちの方が大きいようにみえる。

 視線を向けずとも感じる気配に、これで聖女様に怒られないで済むとアリサはフッと胸を撫で下ろす。すると、五人の盗賊がアリサを囲うようにジリジリと距離を取りだしていた。


「姉ちゃんよ……悪いことは言わねぇから退いちゃくれねぇか? 俺たちは後ろのガキに用があるんだ」

「いや、このガキいいもん付けてんじゃねぇか。剣は売っちまえばいいし、肉付きは少ねぇが少しは楽しめるだろ」

「そんなことしてお頭にどやされねぇか?」

「バレなきゃいいんだよ」

「そうか……なら楽しませてもらおうか」


「好き勝手言ってくれるっスね……」


 別に気にしているわけではないが、アリサだって女である。餓えているのは分かっているが、汚らしい男たちの下品な視線にさらされて気分の良いものではない。

 本来であれば殺してしまうのが世のためではあるのだろうが、聖女様に念を押されていることもある。


 ……面倒くさい。


 内心そう思いながら、アリサは指先を動かした。


「おっと、剣には触れるなよ? 触れたら優しくじゃ済まねぇぞ」

「まあ、最後まで優しくできるか分かんねぇけどな」

「「「「「がははははは!」」」」」


 下品な笑い声が響く。

 だが、アリサは動きを止めなかった。欠け、一部が折れた盗賊の剣が自身に向けられながらも、意に返さずに指先を剣の柄に触れさせる。


「おい……その手を離せ! 別にここで殺しちまってもいいんだぞ!」

「そうだ! 殺しちまっても身体は使えんだ! 本当に殺しちまうぞ! 殺されたくないんならさっさと手を離せ!」


「まったく……学が無いっていうのは哀れっスね」


 口を開けば低俗な言葉ばかり……これでは獣の方がよほど賢い。

 あまりに知識のない五匹の生物に嫌気が差してきて、アリサはため息を共に首を振った。

 同時に。


「もう……我慢しなくていいっスよね……?」


「あ?」

「なに言ってんだこいつ?」


 困惑する盗賊たち。

 それもそうだろう。人数的に優位なのは盗賊であり、こちらは少年と騎士といえども少女の二人なのだ。

 本来であればアリサたちは自分の命を守るために命乞いをするべきなのだろう。

 ……


「大丈夫っス、殺しはしないんで……でも、他人を食い物にしてきた報いは受けるべきっスよね?」


「てめぇ……」


 変化したアリサの雰囲気を感じたのだろう。盗賊が警戒したように身をかがめ、手に持ったナイフを少しだけ前に出した。

 そして、それが盗賊の一人が出来た唯一の行動でもあった。


「あ——?」


 盗賊の一人が倒れる。


「なっ!?」

「お、おめぇ……いつ抜きやがった……?」


「いつって言ってもっスね……そりゃあ今っスよ」


 声を低くして呻き、数秒遅れて警戒心を引き上げた盗賊たち。対して、盗賊の視線の先で鞘を付けたままの剣を握るアリサはごく自然体で笑って見せる。


 アリサがおこなったことは簡単だ。

 剣を鞘から抜かぬまま、盗賊の顎を打ち抜いただけ。


 これでも聖国で研鑽を重ねた騎士であるのだ。そこらの盗賊相手に剣を抜くのを悟らせるわけがない。


「これで後四人になったわけっスけど……どうします? 私としてはもうつまらないんで、投降するなら痛くしないっスよ?」


 鞘を肩に乗せ、片目を閉じる。

 すると、盗賊たちは口を大きく開き、わなわなと肩を震わせた。


「ふ……」


「ふ?」


「「「「ふざけるなぁぁぁ!!!」」」」


 盗賊たちの怒号が響いた。

 四人の大男の怒号が重なった大音響にアリサは両手で耳を抑える……が、背後にいる少年が肩を震わせる気配を感じ、アリサは耳から両手を離して肩越しに笑いかける。


「大丈夫っスよ、一人もそっちには行かせないんで」


「なめんじゃねぇぇぇ!!!」


 アリサに駆け寄る盗賊たち。

 ゆっくりと近づいてくる気配にアリサは口元に弧を描く。そして、一瞬遅れて眼差しを盗賊たちへと動かして。


「じゃあ、始めるっスよ」


 ほどなくして、蹂躙が始まった。

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