第4話 四人で
「二人で旅っスかぁ……いいっスね~」
もろもろの説明を終えて。
湖を発ち、先へ進むシェリアたちに着いてきたアリサがのほほんと言ってのける。
「貴方たちもじゃない」
「そうは言ってもっスねぇ……こっちは護衛と護衛対象っスよ? そんな旅にならないでスって」
「そんなものか?」
「私はそんなに
アインの問いにセシルが微苦笑。
それが気に入らないようで、少しだけ先を歩いていたアリサが振り返って眉を寄せた。
「なに言ってるんスか! 私だって普通ならもっと楽しんでるっスよ。でも、聖女様は目を離すとすぐトラブルに巻き込まれるじゃないっスか」
「それは……」
睨みつけるような眼差しに、たまらずセシルがスゥと目を逸らす。
その様子を鑑みるに、どうやらだいぶ心当たりがあるらしい。彼女は気まずそうに口をつぐんだ。
「そういえば、私の元に来たのもそれが理由だったわね」
「どういうことだ?」
「彼女……相当な不幸体質らしいのよ」
シェリアがまだ王城にいた頃の話である。
王の紹介でシェリアの元に訪れた彼女たちは、「聖女の不幸体質をどうにかしたい」と告げたのだ。
「結局、不幸なんてものは本人の認識が強いから……私ではどうすることは出来ないと言ったのだけど……」
「そういうことか……でも、湖に流されるのが不幸体質であるなら結構不味くないか? というか、不幸どころの騒ぎじゃないだろう?」
若干引きつりながらセシルを見るアイン。
だが、彼の言っていることは概ね正しいともいえる。
シェリアは彼女たちの相談に乗った時にある程度の事情を聞いているのだが、その内容がおかしいのだ。
暴走した馬車が突っ込んできたとか。
落雷がすぐそばに落ちてきたとか。
果ては竜種に連れされられたという話を聞いた時は、シェリアといえど耳を疑ったほどだ。
そして、今回の湖に流されたという話である。
「まあ、そんな目にあっても一度も大怪我どころか、傷一つ負ってないっていうのが聖女様の凄いところっスけどね~」
「そこまでだと、不幸体質というより幸運体質というべきじゃないか……?」
「そうかもしれないっスけど……護衛からしてみれば巻き込まれてほしくないっていうのが本音っス」
「それはそうね」
自身の痴態について話されあたふたしている聖女。彼女を見ながら告げるアリサの言葉にシェリアは真面目な顔で頷いた。
彼女からしてみれば、護衛対象であるセシルがそれほどの危険に巻きこまれているという状況自体が不本意ではあるだろう。
護衛し甲斐があるというべきか。
それとも苦労が絶えないというべきか。
赤髪の少女を見る限り、後者であるように見える。
「まあ、仕事のし甲斐があるって言えば聞こえはいいっスけど——止まってください……」
振り返ったまま、後ろ向きで器用に歩いていたアリサが不意に鋭く細められた。
「敵か?」
「っス……」
アインの短い問いと同様に短く返したアリサは、腰にぶら下げた剣に指先を触れさせて、淀みない動きで前を見据える。
その動きは武術の心得の無いシェリアも目を奪われてしまうほどで、隣を歩いていたアインからは感嘆の息が漏れていた。
しかし、その身にまとう圧は感嘆という言葉では生温いほどだ。
一歩でも動けば命がない——そう告げられているようで、アリサを含め全員がいつの間にか足を止めていた。
「————」
「……声?」
微かに聞こえてきたのは誰かの声。
だが、まだ距離があるのか何人であるのかは分からない。
「十歳くらいの男の子が複数人に追われてるっスね……追ってるのは盗賊。逃げてる男の子が何か持っているっスから、食料かなんかを盗んだんじゃないスかね」
「そこまでわかるのか?」
「技だけを磨くだけでは二流っスよ? あらゆる感覚を磨いてこそ一流っス……彼女を守るのにそれじゃあ足らないんじゃないっスか?」
「ぐ……」
視線だけをアインに向けたアリサは、一瞬だけその視線をシェリアへ移し、挑発するような声色で告げる。
突き付けられた現実にアインが呻くが、彼女はすぐに興味を無くしたように意識を前に向けていた。
「もう少しで見えるっスよ。聖女様、どうします?」
「助けましょう」
赤髪の騎士の圧に屈することなく少女が一歩前に歩を進め、堂々と言ってのける。
その姿、その眼差しはつい先ほど湖から流れてきた少女とは似ても似つかない。それほど真剣な眼でアリサが見据える先を見ていた。
「そう言うと思ってました……ということは盗賊も?」
「ええ、殺すのは許しません。ですが、悪行を重ねたきたのも彼らです……多少の傷は許します」
「はいはい……わがままな聖女さんっス」
剣に触れさせていた指を離し、アリサは自然体のまま一歩を踏み出した。
その姿はまるで散歩をするかのようで。
「俺も——」
「いらないっス」
「……っ!?」
堪らずアインが続こうとするも、先んじて告げられた拒否の言葉に彼は身を固めさせる。
「盗賊くらい私だけで十分っスよ。逆に不穏分子が混じる方が危ないっス」
「…………」
苦虫を潰すかのようにアインが歯を軋ませた。
そんな彼を一瞥した赤髪の騎士は、すぐに後ろで纏められた赤い髪を揺らす。
「じゃあ、せっかくだからお見せするっスよ。聖国に所属する騎士の実力を」
そう告げて、聖女を守る騎士は逃げる少年の元へ歩いていく。
その後ろ姿に、隠しきれない喜色を浮かべて。
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