第3話 異常ともいえる存在感
その瞬間——アインというちっぽけな人間は、自身の弱さを改めて自覚した。
最初は虚ろな瞳の少女に心を奪われた時。
王国の伝説との対峙の時、司書の力を失った少女の魔法を見た時——枚挙を上げればキリがないが、この時ほど怖気が奔ったのは初めてだった。
「お久しぶりっスね」
人懐っこく笑みを浮かべる少女。
彼女の一挙手一投足に、自身の心臓が逃げろと悲鳴を上げている。
……見た目は恐ろしさからは無縁なのにだ。
後頭部で一つにまとめられた赤い髪は体が動くたびに揺れ、白を基調とした騎士服は静謐かつ荘厳な印象をあたえている。
矛盾した印象を併せ持ちながらも共存させてしまっている少女。
少女だけではなく、騎士服だけでもない。
その不可思議な雰囲気が一つにまとめ上げ、少女という存在に乗り移っている……それが、アインが感じた少女への印象だった。
「貴方はすぐにわかったのね……主人は分からなかったようだけれど?」
「まあ、髪の長さが変わろうと気配は変わらないっスからねぇ~」
恐ろしいほどの威圧感を霧散させ、アリサと呼ばれた少女がセシルの元へ。
ただ主人の元へ歩いていく——ただそれだけであるのにアインには違和感しか感じられなかった。
「敵じゃなくて良かったっスよ。こう見えて平和主義者っスから」
アインの耳にはヘラヘラと笑いながら歩く少女の声だけが届く。
そう、声だけなのだ。
たしかに、身にまとっているのは騎士服であり鎧ではないため、大きな音が立つことはない。しかし、腰にぶら下げている剣からまったく音が響かないというのは明らかに異常である。
(敵だと思われていたら……)
怖気が走る。
音を殺して近づくことが出来るということは、こちらを簡単に殺すことが出来るということだ。
そして、それが出来てしまうというのが、彼我の実力差が圧倒的に離れている証拠にもなってしまっている。
(勝てないな……)
武芸を嗜んでいるからこそ感じてしまう壁。
……腰に掛けている剣がこれほど頼りにならないことも無い。
そう、アインが剣に視線を寄せた直後——
「……っ!?」
アインの首が落ちた。
「か……は……っ!!!」
目を見開き、即座に手を首元へ。
指先はしっかりと感触を返し、呼吸は止まっていない。
錯覚だった——そう認識したのと同時に、アインに確かな疲労感が伸し掛かり思わず地面に手をついてしまう。
「アイン?」
「申し訳ないっスね……少し威嚇させてもらったっスよ」
訝し気にアインを見たシェリアに、アリサが何てことないように言ってのける。
その姿がことさら恐ろしい……まるで、自身の命を奪うのがなんてことないと言っているようで。
「いちおう聖女様の護衛っスからね、脅威はあらかじめ摘んでおかないと」
「……すまなかった」
「いいんスよ~別に本気だとは思ってないんで」
両手を後頭部に置き、ニカリと笑うアリサ。
そんなやり取りと見てようやく何が起きていたのか理解したのだろう。シェリアとセシルの両者が動きを見せた。
「これはどういうことかしら……?」
「申し訳ありませんでした!」
眼差しを鋭くするシェリアと、再び地に頭を擦り付けるセシル。
威厳もへったくれもない聖女の姿にシェリアが声を失うも、額でグリグリと地面を掘っている少女は続けた。
「恩人に敵意を向けるなんて、私の護衛が大変失礼なことを……本当に申し訳ございません!」
「いや、聖女様……これが私の仕事なんスけど……」
「アリサも謝って! ほら! 早く!」
「す、すいませんでしたっス……」
「「…………」」
セシルの隣に膝をつき、同じように頭を下げるアリサの姿。
そんな情けない姿に毒気を抜かれ、アインとシェリアは顔を見合わせた。
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