エピローグ1 『未知へ続く道筋へ』




 ガサゴソと。

 青々とした森の茂みが大きく揺れる。

 それは、徐々に大きくなっていって。


「「やっと出れたぁ!」」


 シェリアとアインの二人は、生い茂った草木から同時に顔を出した。


「まったく、城を出てからの道筋を考えていないなんて……貴方、本当に城を出るつもりがあったの?」


「それは、君が森に案内したからじゃないか。私の予定では森を抜けるつもりはなかったんだ」


「うっ……痛いところを突くわね」


「私だからね」


 服についた葉っぱを払い、二人は互いに目を見合わせる。


「とりあえず、今の自信満々な言葉は聞かなかったことにするわ……で? ここからはどうするつもりだったの?」


 森を抜けたとはいえ、いまだここは王国領だ。

 つまり、王国の目が届く範囲であり、このままでは捕まる可能性があるということ。


「森を抜けたことで時間的な余裕が生まれたけれど、それも少しだけ……だから、貴方の意見を聞いておきたいわ」


「…………」


「なによ、そんなに目を見開いて……」


 驚いた表情でシェリアの見やるアインをシェリアは半眼で睨みつける。

 しかし、当の本人はニヤリと口角を上げて。


「君も変わったんだな……まさか、私に意見を聞くとは」


「……どういう意味かしら?」


「考えてもみてくれ、先日まで私たちはお互いの意見をぶつけ合っていたじゃないか。なのに、君は私の意見を聞こうとしてくれている。まさに変わったということだろう?」


「…………」


「……何か言ってくれないかい?」


「恥ずかしいのよ!?」


 変わったとか、変わっていないとか。

 結果的にアインとの勝負に負けたシェリアにそんな事を言ってのけてしまう。

 そんな彼にシェリアは思わず声を荒げる。

 そして同時に、なんでついて来てしまったのだと悲しくもなってしまって。


「はぁぁぁぁぁ……」


「……人の顔を見てため息をつかないでくれないかい」


「自業自得よ」


 肩を落とすアインに、シェリアは顔を背けさせた。

 だが—— 


「まあ、冗談は置いておくとして」


「冗談ってどういうことよ!?」


 結局、背けていた顔は戻させられてしまう。


「まずは聖国を目指そうと思う」


「だから——聖国を……?」


「ああ」


 ふざけていた時から一変して、仰々しく頷いてみせるアイン。


「君も知っているだろうけど、聖国は一番歴史の深い国だ。だからこそ、色々な経験が出来ると思うし、様々な知識を学べると思う」


「……なるほどね」


「それにさ、これは君も知らないことだと思うけど……君の固有魔法、その原点ルーツも知ることが出来るかもしれないんだ」


 アインが告げた言葉。

 その内容にシェリアは目を見開く。


「私の魔法の?」


「父がこぼしていたのを耳に挟んだ程度だけどね」


 そう言って、アインは口元をほころばせた。


「嘘かもしれないけど、元々が世界を知るための旅なんだ。ダメで元々。それなら、まずは自身の原点ルーツを追ってみる……どうだい? いい考えだろう?」


 聞き終え、シェリアは自身の思考に耽る。

 すると、その思考が定まる前にアインが「それに」と続けて。


原点ルーツを知れば、もしかしたら君の魔法も使えるようになるかもしれないしね。そうすれば、君も安心だろう?」


「それは……そうね」


「よし! 決まりだ! じゃあ、目指すは聖国だね!」


 ニッコリと満面の笑みを浮かべ、アインの眼差しは聖国のある北西方向へ。


「もう少しで日が暮れるし、さっそく出発しよう」


「分かったわ……でも、ちょっと待ってもらえるかしら」


「どうしたんだい?」


 振り向き、不思議そうに眉を動かしたアイン。

 シェリアはそんな彼の剣へ視線を動かした。


「少しだけ剣を貸してもらえるかしら」


「いいけど……」


 腰にぶら下げていた剣を取り外し、アインはシェリアに剣を渡す。


 手に感じるずっしりとした重量感。

 シェリアは鞘から刃を抜き放つと、そのまま自身の髪に当てて。


「なっ……!?」


 バッサリと切り落とした。


「ふぅ……スッキリした」


「なにを……?」


「なにって、私たちは追われる身なのよ? なら、最低限の変装は必要でしょう」


「それは……そうだが……」


 突然の髪を切り落としたシェリアを見て、アインは言葉を詰まらせながらも頷いた。


 ただ、これで終わりではないのだ。

 だって——


「もちろん、貴方の分も用意してるのよ?」


「私は——遠慮しておこうかな」


 シェリアの握る剣を見て、ジリジリと距離を離すアイン。


「大丈夫、髪を切るわけではないわ」


「そうなのかい?」


「ええ」


 頷くと、アインの足が止まった。

 その隙に、彼に近づいていく。


「森を抜ける途中で採取しておいたのよ。これを潰して頭に塗れば、それなりの時間髪の色を変えられるわ」


 取り出したのは黒い葉っぱ。

 手の中いっぱいにあるそれを、アインは顔を近づけさせて凝視した。

 その瞬間、シェリアは力いっぱい葉っぱを握る。


「くさっ!?」


「匂いはしょうがないわよね。だって変装なんだから……大丈夫、少し経つと匂いは収まるから」


「そういう問題じゃないだろう!? ちょっ!? 待ってくれ! 近づくな!」


「大丈夫。私も鬼じゃないわ……私をからかったこととか、恥ずかしくさせたこととか……全然怒ってないの」


 強烈な匂いを放つ葉っぱを握り締め、シェリアはアインへ距離を詰めていく。

 そんなシェリアに、王子は表情に焦りを張り付けて叫んだ。


「明らかに怒っているだろう!? さすがにその匂いを髪に塗るのは嫌だぞ!」


「わがまま言うのは止めなさい。仮にも王子でしょう」


「王子はそんなことはしないっ!」


「……っ!? 待ちなさい!」


 踵を返して駆け出したアイン。

 シェリアはそんな彼を追いかけるため、一歩目を踏み出す。


 その口元に笑みを浮かべて。

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