第11話 示す想い




 剣がぶつかる音がする。

 剣がぶつかり合う音がする。


 規則的に、不規則に。


 雄叫びと共に放たれる一撃。

 無言と冷酷が混ざり合った一閃。


 幾度もぶつかり合い、夕暮れに染まり始めた空に火の花を咲かす。


 力の差は歴然で。

 実力は圧倒的で。


 王子は血と泥に塗れ。

 従者は悠然と剣を振るう。


 その光景を。


「…………」


 シェリアはどこか他人事となった視点で眺めていた。


 更新され続ける第三王子の姿と評価。

 猛り、叫んでは地に転がるアインの姿はシェリアに「分からない」を届けてしまう。


 救うと言われた。

 勝つと言っていた。


 ……誰を?


 ——シェリアを。


 ……誰に?


 ——アントンに。


 目の前で剣を振るう者はシェリアを救ってみせると言ってのけた。

 そのためには、勝ち目のない戦いにも勝って見せると。


 他ならぬ、従者にさえ見放されたシェリアの為に。


 ……意味が分からない。


 惹かれたからと戦えるのか?

 いなだ。


 誰もが自身の命が惜しく、危機にさらされた際には他人を踏みにじる。

 しかし、眼前で繰り広げられる剣戟が、景色が、シェリアの常識を覆してしまう。


「はぁぁぁぁぁっ!!!」


「ぬるい」


 体重を乗せて放った剣は流され、刹那の内に地に転がされた。

 それでも諦めずに振ろうとした腕を、瞬く間に足で踏みつけて地に縫い付ける。


 大人と子供の戦いのようだった。

 いや、竜と虫と言ってもいい。


 それほどに、両者の力は離れているのだ。


 勝てるわけがない。


「…………て」


 心が見たくないと言葉を紡ぐ。


「……めて」


 もういいから。

 もう私なんかの為に戦わなくていいから……と。


 ただ一人の勇者に告げるために。

 ただ一人の従者に乞うために。


 しかし——


「もう、やめ——」


「「やめろっ!!!」」


 その言葉は剣を交える二人に止められてしまう。


「安心して待っていてくれ。必ず勝って見せるから」


 シェリアへ向けて笑って見せるアイン。


「…………」


 シェリアを冷たく見下すアントン。


 その一瞬の停滞も、すぐに激しい剣戟に戻ってしまう。


 届かない、どちらにも……。


 すでに、止めることは出来ないのだ。

 かろうじて繋ぎ止めていた心は揺らぎ、膝を付けようと力を失う。

 視線は下がり、音だけがシェリアにアインの生存を告げる鐘となった。


 ……座り込み、目を閉じてしまえば楽になる。


 そう、シェリアの心が折れようとした……その時だった。


「折れるなっ!!!」


 視線が上がる。


 アインではない。

 折れようとするシェリアの心を繋ぎ止め、揺らぐ眼差しを真っ直ぐに射止めるのは——


「守られるものが先に折れてくれるなっ!!!」


 たった一人の従者だった。


「お前の為に剣を振るっているのだ! なのにお前が先に折れてどうする!? ……諦めるのは簡単だ。だが、それでいいのか……!?」


「ぁ……」


「アントン殿……」


つるぎは覚悟を表し、示して見せた……それにお前が応えないでどうする!?」


 アインの時とはうって変わり、アントンは激怒の表情をもってシェリアを射抜く。


 アントンの豹変。

 それは、アインにとって意識を逸らしてしまうのに十分なものだったらしい。


「時間は与えた……いい加減示さなければ——」


 アインの足が払われる。

 彼の背中が地面に激突し痛みに呻いた時には、アントンは剣を突き刺そうと構えていた。


「王子が死ぬぞ」


 アインへ迫る切っ先。


 彼が死ぬ。

 死んでしまう。


 それを自覚した時、シェリアの体は自然と動いていた。


 ——簡易顕現『凍える氷槍リジェンタル・ジェイルアスタ


 それは、書架に眠る知識の限定顕現。


 完全ではないゆえに効果は一瞬。

 それでも、アントンの気を引き、アインが抜けだす時間を稼ぐには十分だった。


「それが答えだ」


 放った氷の槍はいとも簡単にアントンに切り払われてしまうが、その隙にアインは距離を取って命を繋ぐことが出来た。

 そのことに彼は満足げに頷いて見せる。

 しかし、対照的にシェリアの代償は大きい。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 シェリアの魔法の源は『第二書架コクマ・ライブラ』という固有魔法だ。


 魔法にして概念。

 魔法にして原初。


 魔法でありながらシェリアの知識を授け、魔法でありながらシェリアのほぼ無限の魔力を供給する。

 だが、今はその力の源から離れ、力の供給がない。


 無理やり引き出した知識は根こそぎシェリアの魔力を喰らい、精神力を摩耗させていた。


「う……」


 揺らぐ意識と吐き気。

 それをどうにか堪え、シェリアは悠然と佇む老騎士を見据えた。


「答えは出たか?」


「ええ……」


「聞かせてもらおうか?」


 細められた騎士の眼差しは、真っ直ぐにシェリアを射抜く。


 ……怖い。


 ただ一人の従者から向けられる眼差しが。


 ……逃げてしまいたい。


 たった一人の家族から向けられる視線から。


 逃げてしまえば楽になる。

 シェリアの地位は絶対で不変だ。

 王国が王国である以上、シェリアが罰せられることはない。


「ふふふっ……」


「何が可笑しい?」


「だって、自分の無知さ加減が面白いんですもの」


 シェリアは、眉を寄せるアントンに真正面から笑ってみせた。


「私は世界を知らない。知る必要が無かったから……あの世界に居れば欲しい知識は手に入れられた。本を読んでいれば不安な心は安らげた……でも、近くには私の知らないものがあった。意味の分からないものがあった」


 視線を傍らで心配そうに見つめているアインの元へ。


「彼は経験が大切だと言った。知識だけでは半分だけだと……その意味はまだ分からない。でもね、知りたいと思ったの……なんでそう言いきれるのかって、私も知りたいと思ってしまったの」


 もう一度アントンを見据えて。


「だから、私は彼と一緒に行こうと思う。あの鳥籠のような世界で本を待つのではなくて、外に飛び立って知識を探したい……でも、そのためには貴方を倒さないといけないのよね?」


「……そうだ」


「なら倒しましょう貴方を。私は貴方たちのように戦うことは出来ない……でも、私には私しか出来ない戦い方があるわ」


 フッと王子へ微笑みかける。


「見せてあげる、知識を司る司書の戦い方を。感じさせてあげる、知識の凄さを」


 アインは一端しか知らない。シェリアの戦い方を。

 アントンは一端も知らない。シェリアの戦い方を。


 なぜなら、見せる必要が無かったから。

 見せる気が無かったから。


 見せてしまったら恐れられる。

 見せてしまったら怖がられる。


 でも、今必要であるなら——


「見せてあげるわ。知識を司る司書の怖さを」


 存分に、この力を振るって見せよう。

 自信に満ちた笑みを携えて、シェリアは眉を寄せる老騎士に言い放った。

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