第3話 空虚な瞳に映る覚悟
「あれが司書だ……知識の怪物、王国の書庫。その他色々と呼び名はあるが、ただの道具と思えばいい」
無関心。
ただの道具がどうなっても構わない……そう感じさせる声色だった。
国の為の道具。
繁栄の為の道具。
その響きの、なんと空虚な事か。
それが父の——この国の頂点たる国王陛下の言葉であるというのが何とも笑えない。
——それが、生涯陰で我が国を支える彼女へ向ける言葉なのか……!
「そんなこと……」
胸の内を吐露するには力が足りなかった。
だから、今はこんな情けない言葉しか吐くことが出来ない。
父は厳格だ。
厳格すぎると言ってもいい。
弱肉強食を良しとする帝国——その頂点と同じくらいに。
子供といえど逆らう者には容赦がない。
気分を損なえば、最適なタイミングで子供の命を道具とするだろう。
武を持つ兄がいる。
智を持つ兄がいる。
国の存続に必要な人材は揃っているのだ。
ならばこそ、この命の価値はこれ以上なく低い。
父の届かないくらいに吐き出された小さな抵抗は、空寒い空気に溶けていく。
それでも精一杯の抵抗として見上げた瞳が映す国王の瞳。
その色は、なんとも虚しく、悲しかった。
そして、それは目の前の少女も同じだ。
「この魔法は第三階位に分類され——」
国の武。そして智もつかさどる筆頭魔導士。その人に魔法を教える少女の瞳も。
年齢はおそらく十三かそこらだろう。
自身の三歳ほどしか変わらない少女が浮かべている眼差し。それがこれほど空虚で、何も映していないとは……どんな地獄だ。
無意識に握りこまれた拳が、爪が、皮膚を突き破って真っ赤な血を滲ませる。
彼女には知識しか映っていないのか……!
彼女には世界の美しさが見えてないのか……!
そして何より——
この国は、なぜこんな虚しき少女を許容していられるのだ……!
幼くも芽生える怒り。
ふざけている。
ばかげている。
人が道具であっていいはずがない。
人は、祝福されるべきはずだ。
なのに、この国はたった一人の少女に地獄を押し付けている。
世界には面白いが溢れ、未知に心震わせることが出来るというのに……。
流れる血も、痛みもすでに頭から抜け落ちていた。
「こんな国は間違っている……」
——それは、あの少女の生き方も同じだ。
「ならば壊そう……」
——壊すしか、再生の道はない。
「私が……」
——私だけが、この国では正常だ。
独りよがりの考えかもしれない。
ただの偽善かもしれない。
それでも、見て見ぬふりをするよりかは余程いい。
そのためには力を付けなければ。
武も。
智も。
今は全く足りていない。
「やることが多いな……」
気付けば口角が上がっていた。
知識という鳥籠から彼女を解き放つ。
「これが私の道だ……!」
それが三人目の王子となった少年が見据えた、たった一つの道だった。
「————ン」
「——イン」
「アイン!!!」
「……なんだよ? 聞こえてるって……」
何度もかけられる声に、アインは耳を塞いで抗議の眼差しを向ける。
しかし、声の主である男の声の大きさは変わらない。
「それは貴方が返事をしないからでしょう! 何度呼んだと思っているですか!?」
「ごめん、ごめん」
「相変わらず反省しているか分からない反応ですね……!」
ひらひらと手を振れば、男の目が苛立ったように細められる。
「そんなことよりオウル……今は二人だけだ。いつも通りにしてくれよ」
数少ない従者であり、かけがえのない親友であるオウルに向け、アインは強張った肩を降ろすように告げる。
すると彼は短く悩んだ後、辺りを確認。
そうしてやっと、大きなため息とともに上がっていた肩を降ろした。
「まったく……いったい何を考えているんだ。まさか司書の元に行くなんて……」
「ん? 宣戦布告」
「おまっ!?」
パクパクと口を開閉するオウル。
どうやら彼の想像を超えていたらしい。それならアインとしても良くやったと自分を褒めることが出来る。
しかし、彼の口から飛び出したのは違う言葉で。
「バカか!? 下手すればエンスワイア卿に殺されてたぞ!」
「でも、殺されなかっただろう?」
「~~~~」
言葉を無くし、顔を赤くする親友。
彼は手で顔を覆うと、疲れたように息を吐き出した。
「まったく、心配するこっちの身にもなれ……で? なんで私の言葉を無視したんだ」
顔面を覆う指の隙間から覗くグレーの瞳。
真っ直ぐこちらの真意を伺う彼にアインは薄っすらと笑う。
「昔を思い出してたんだ」
「昔?」
「ああ……今よりも力が無くて……知識が無かったあの頃を……でも、いまは違う。今ならば文字と紙で固められた鳥籠も壊せるだろう」
「じゃあ……?」
「明日、行動に移す……そのための宣戦布告だ」
やっと……やっとだ。
剣を学び、魔法を学んだ。
しかし、それは表向きではなく、裏で学んだもの。
意表を突く為には、出来損ないを装うしかなかった。
真正面からでは勝ち目はない。
相手は国。ましてや実の父だ。
武力も、数も、知識も、経験も……。
全てが上の相手には……裏をかき、全てを使い潰す覚悟がいる。
「オウル……」
親友を見やる。
その視線に込められた意味に、彼は十全の答えを返した。
「言わんでも分かる……俺はお前の剣にして盾だ。お前の願いは分かっている。お前の覚悟も分かっている。だからお前も覚悟をキチンと決めろ……俺を道具として使いこなして見せろ!」
胸倉を掴まれ、互いの視線が交差する。
道の途中で拾った悪童……それがオウルだ。
懐刀として、親友として、共に切磋琢磨してきた。
そんな彼が
ならば——
「わかった……」
応えるしかないだろう。
応じるしかないだろう……!
手を離され、ふらつく体に力を入れる。
覚悟は決めた。
意思は定まった。
「私は……彼女を救い出す……!」
——それが、私の道だ!
そう親友にだけ、アインは自身の心の内を吐き出した。
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