第44話 思い込みか否か
それが他の生徒だったなら、なんとも思わなかった。しかし、授業が始まろうとしているのに机に突っ伏して寝ているのは、学年一の天才だった。彼のそんな姿を見た事は一度も無かった。
やってきた教師が横で何度も咳払いをしてようやく起きたハヤトは、目がうつろで生気が無い。当てられても答えられない。しまいには、授業態度の悪さを注意されていたが、それさえも聞こえていないようだった。
「ど、どうしたの?あれ。オリビア、何かあった…?」
「いえ…うん…私もびっくりしてる…」
ストレスを発散させるかのような威力の魔法弾に、教室での揉め事。常に余裕綽々だった彼の最近の振る舞いに、何かがおかしいという事にクラスメイトたちが気付かないはずが無い。横から小声で話しかけきたサラに、オリビアは彼女が疑問に思うのも無理はないなと思った。
ハヤトは最後まで教科書を開く事なく、授業を終えた。
***
昨日は何も言わずに帰ってしまったため、このままなんとなく流れるかと思っていた勉強会だが、今日も実施されるらしい。魔法学のクラスに、またもやレイが現れた。
オリビアは彼を見つけると勇気を振り絞って、ハヤトの席へ行った。ハヤトは、授業が終わるとまた目を瞑り、机に伏せていた。
「ハ…ハヤト…レイくん、来たわよ。今日はどうする…?どうしても嫌なら、やめましょうか…」
彼は顔を上げずに言った。
「昨日はごめん…行きたいんだろ。行っておいで…僕はやめておくから」
「え…」
「オリビア先輩!昨日はどうしたんですか?僕ショックだったんですよ?また分からない所出てきたんですよ、教えてください」
ふせんの貼られた数学の教科書を見せながら、レイが近付いてくる。ハヤトには見向きもしない。
「あ…ご、ごめんね。ね、ハヤト、本当にいいの?」
「待たせたらかわいそうだよ」
オリビアはそれ以上何も言えず、嬉しそうなレイと共に教室を後にした。
(もう…極端な人ね…)
***
オリビアは意外にも、レイといると癒された。3人だと気を遣ってばかりだったが、2人だと何も問題無い。ハヤトが心配するような事は何ひとつ起きなかった。そればかりか、レイが会話をリードしてくれるおかげで、友達といる時のように焦る必要が無い。
勉強会はなごやかに続く。レイはオリビアが欲しい言葉をくれた。凄いです、さすがです、かっこいい、と。
──そういえば、私の理想って、こんな人だったな。自分に憧れてくれる人。素直で穏やかで、一緒に勉強して…
「ハヤト先輩、どうしたんですか?静かでいいけど」
ひと通り勉強が進んだところで、レイは聞いてきた。
「あ…ちょっと喧嘩みたいになっちゃって…少し頭を冷やして貰いましょ。たぶん大丈夫よ、すぐ戻るわ」
(戻ったら戻ったで、困るんだけど…)
「そうですか。早く仲直り出来るといいですね」
レイはそれ以上何も聞かず、またとっておきの物真似を披露してオリビアを喜ばせた。少しだけ口が悪い所も、許せる範囲だった。オリビアは、レイが可愛かった。
***
しかしハヤトは、すぐには戻らなかった。翌日も、その翌日も、いつまでも塞ぎ込んでいる。どんな授業でも、以前のような活躍を見せることはなくなった。特別進学科のクラスでも同じ様子である。魔法が暴発しても、気にも留めない。先生は見かねて、ハヤトを叱りつけた。
「どうしたのですか、ヤーノルドさん!あなたは最近、たるんでいますよ!成績優秀者の候補リストに載ったからと、安心しきっているのですか?このままだと、表彰は取り消しですよ!!」
「すみません」
ハヤトは、先生と目も合わさずに謝った。
(あっ……そうだ、表彰…)
──今度のテストで安定した結果を出せなければ、受賞は出来ない。仕方ない、そろそろ仲直りしよう。
あまりの変わりようにハヤトが心配になってきたオリビアは、昼食時間になって皆が教室を出たタイミングで近寄り、そっと話し掛けた。
「ハ、ハヤト…この前は、叩いてごめんね…」
「…いや、僕が悪い。本当にごめん」
そう言って、また俯く。
「ねえ、分かったから……そんな風にされたら皆も心配になるじゃない。もう怒ってないから……」
「…………」
ハヤトは、顔を上げなかった。
***
食堂で1人昼食をとっていると、サラが隣にやって来た。
「ねぇ、オリビア…聞いたわよ。男子たちが聞き出してた。ハヤト君の事、完全に振ったんだってね」
「え、えっ?振った?」
(いつ?)
オリビアは彼の部屋での自分の発言を思い返したが、そこまで決定的な事を言った記憶は無い。
「ハヤト君、だから落ち込んでるのね」
オリビアは怪訝な表情を浮かべた。こちらは怒っただけのつもりが、ハヤトは振られたと思っているから沈んでいたのだと、納得する。
「あの人、本当に思い込みが激しいのよ…」
「思い込み?誤解なの?それならちゃんと言った方がいいわよ。ハヤト君、今色んな人に告白されてるらしいから。早くしないと、取られるわよ」
「そうね……いや、誤解……じゃ、ないかも…」
「えっ?どっち?」
オリビアは答えられなかった。自分を慕う後輩が、一瞬チラついてしまった。
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