第42話 譲らない2人、通らない妥協案


その後も数日間、図書館での3人の勉強会は続いた。ハヤトは毎回、レイを監視するように、オリビアの隣に座った。時々わざと席を外し、本棚の隙間から様子を見た。それでもレイは特に何もせず、真面目にしていた。


オリビアが質問に答えると、レイは目を輝かせて聞き入る。彼に説明が上手く伝わると、自分も笑顔になった。


少しずつ、勉強以外の話もするようになった。オリビアは雑談が苦手なためもっぱら聞き役だが、レイが意外にもお喋りで、明るい性格だった事から、その時間が苦痛では無かった。


彼は思った事をすぐ口に出す。オリビアには引っかかる部分もあったが、基本的にはいい子だった。話も面白い。オリビアはハヤトに言われた事を忘れてはいなかったものの、最低限のマナーとしてその場の雰囲気を大事にした。


一方、敵意を剥き出しにするハヤトへはあまり話しかけないレイ。ハヤトも、レイの話には相槌を打たない。オリビアは、2人の間を必死に取り持った。


「ふふ…ハヤト、レイくんの物真似、上手ね。物理のミラー先生にそっくり」


「全然」


ハヤトは腕を組んで、壁の時計を見ている。


「そ、そんな事ないわよ?レイくん、似てるわ」


「でしょう?あの気持ち悪い引き笑い、結構練習したんですよ」


「あは…気持ち悪くはないけどね」


苦笑いでやんわりと否定していると、よそを向いていたハヤトが口を開いた。


「レイくん、もう分からない所は無いのかい?無駄話をするなら、今日は終わろうか。オリビアも自分の勉強があるんだ」


「あ、すみません、ハヤト先輩…5分しか休憩してないんですけど、先輩が仰るなら再開しますね」


「ハヤト、5分くらい、いいじゃない。私も自分の勉強、出来てるから…」


「いいんです、オリビア先輩。僕が悪いんです。勉強とはいえハヤト先輩の彼女を、誘ってしまっているんですから」


レイは眉を下げて、悲しそうに微笑んだ。


「レイくん、私たちは」


「そうだ。わきまえてくれないか」


ハヤトはオリビアに話す暇を与えない。


「…すみませんでした」


「ねぇ、ハヤトってば!後輩にそういう態度、良くないと思…」


「オリビアは黙ってて」


「!」


初めてハヤトに冷たく命令され、オリビアは口をつぐんだ。そんな2人をレイはじっと見つめて、立ち上がった。


「ごめんなさい。今日は帰りますね」


気を遣ったのか、レイは荷物をまとめてそそくさと帰っていった。2人きりになってもオリビアは何も言えず、ハヤトが嬉しそうに手を繋いできても、離す事が出来なかった。


***


同じ学年の人たちがハヤトを持ち上げる一方で、どことなく恐れる理由がようやく分かった。ハヤトの怒った目は、相手を心底震え上がらせる。レイも彼が怖いはずなのに、何故か勉強会をやめようとはしない。


(レイくん、もうそろそろ、飽きてくれないかしら。ハヤトが機嫌悪いと私が大変なのよ…)


オリビアが勉強会を憂鬱に思い始めていたある日、放課後にハヤトが教師から呼び出された。優秀な彼はたまに用事を頼まれる事があった。教壇へ行き、何か話している。


(まずい。これで私だけ勉強会へ行ったら、何も無くても絶対にハヤトは怒り狂う。今日は、忘れたフリしてすっぽかしてしまおう)


魔法学の教科書をカバンに入れて帰ろうとした時、教室の入口に最近よく知っている髪色の生徒が立っていた。瞳と同じ青みがかった灰色の髪を、今日は後ろで1つに結んでいる。


(うっ、来ちゃった…) 


「オリビア先輩!迎えに来ましたよ」


笑顔で自分を待つレイの所へ、仕方なく駆け寄る。チラリとハヤトを確認してから、スライドドアに手をついて、廊下側に立つレイに小声で話す。


「レイくん…ごめんなさい、今日はハヤトが来られなくて…」


「え?僕別に、オリビア先輩がいればそれでいいんですが」


「そうじゃなくて、2人だとちょっと彼がいい気しないみたいで」


「あぁ…そんなつもりないって、言ってるのに。オリビア先輩、さてはあの人の言いなりですね?」


レイは、全て分かっていますよ、とでも言いたげに、目を光らせた。


「そんな事は無いけど…」


「昨日も強く言われてて、先輩がかわいそうでしたよ。いつもそうなんですか?僕がガツンと言ってあげましょうか」


「違うわ、確かに昨日はびっくりしたけど、いつもじゃないの。とりあえず今日の勉強会はお休みという事で…」


言いかけると、レイの表情はみるみる暗くなった。


「うーん…オリビア先輩がいないと、学年末テストが不安なんですよね…僕も表彰、されてみたい。初めて候補になったから、チャンスを逃したくないんですよ」


「あ…」


──そう言われると、断りづらい。 どうしよう。


ハヤトの事さえ無ければ、オリビアも自分を慕ってくれる可愛い後輩と楽しく勉強出来ていたはずだった。本当は、無下にしたくない。

そこでオリビアは、ひらめいた。


「そ、そうだ!図書館じゃなくて、宿舎の中にある図書室の方でやらない?あそこなら人も多いし、ハヤトも納得してくれるかも」


そもそもオリビアが人気の無い図書館を好む理由は、勉強している姿を見られたくないからであった。宿舎の図書室なら、生徒たちで賑わっているはずだ。2人きりでなければ彼も許してくれるはず、と彼女は考えた。

 

(何で私がハヤトの許しを貰わないといけないのかは分からないけど…)


「どっちでもいいですよ」


「ええ、じゃあ、行きま────」


教室から一歩踏み出そうとした時、オリビアの前にいるレイに影が出来た。背の高い誰かが自分の後ろに立っている。


「ひっ……」


振り返って息を飲む。先生との話が終わったのか、いつの間にかハヤトがこちらに来ていた。


「オリビア、行かないで」


無表情のハヤトに腕を掴まれる。


「まっ、待って。今日はあなた、用事があるんでしょう?だから私たち、ちゃんと人が多い方の図書室に行こうって決めたのよ。だから…」


「ダメだ」


「ダメって…どうしてあなたが決めるの?」


「嫌だから。2人きりになんて絶対にさせない」


肘の下辺りを強く引っ張られる。振りほどけない。クラスメイトが何人かこちらを見ているが、ハヤトはお構い無しだ。


「ハヤト…痛い」

 

「ハヤト先輩」


レイは一歩前に出てきて、ハヤトの手首を掴んだ。


「嫌がってるじゃないですか。離してあげて下さい」


「お前は帰れ」


ハヤトに低い声で凄まれても、動じない。


「そんなに好きなら、オリビア先輩のしたいようにさせてあげたらいいじゃないですか?困っているのが分からないんですか?」


「………!!」


「レイくん!大丈夫よ!」


(お願いだから、ハヤトを刺激しないで!!)


──ハヤトを呼び出した3年生たちを、魔法で返り討ちにした。


友達から聞いた彼の噂話を、思い出す。オリビアは青ざめながらレイを制止した。


しかし、ハヤトの力は緩まった。一瞬の隙にレイはハヤトの手を引き剥がし、そのままオリビアの手をとり、図書館へ向けて走り出す。


「えっ!?レイくん?」


今度はレイに引っ張られ、オリビアは慌てて足を止めようとするが、彼もなかなかに強い。


「待ってレイくん、も、もうやめない?ね、私、ハヤトと喧嘩してまでやりたいと思ってないし、なんだか、頭が…」


「僕はやりたいんです」


「本当に申し訳ないんだけど、ハヤトが怖くて集中出来ないから、帰ってもいいかしら?」


後ろを振り返ると、追いかけては来ないが、目をカッと見開いて仁王立ちしているハヤトと目を合わせてしまった。


(ほら!!)


「そういうの、良くないですよ。ここで言う事聞いちゃったら、この先ずっと言いなりです」


レイの正論に、オリビアは何も言い返せなかった。


結局いつもの図書館に着く。オリビアは決意した。レイが少しでも好意を匂わせる事をしてきたら、勉強会を終わらせる。ハヤトには、それで分かって貰おう。


そう思っていたが、レイは「大丈夫でしたか?」と言っただけで、今日も最後まで何も言わなかった。問題は、明日それをハヤトが信じてくれるか、である。


(レイくんにそんなつもりは無さそうで、ハヤトとは付き合ってもいないのに、どうしてここまで悩まないといけないの…?)


オリビアは無遅刻無欠席の学校を、初めて休みたくなった。そして翌日、本当に欠席していれば良かったと思う事になる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る