第41話 余裕崩れる学年一
「……私のこと、憧れだって!嬉しい、こんなの初めてよ」
嬉しそうに話すオリビアに、ハヤトはいつになく余裕の無い表情を見せる。
「オリビア、どうしてOKしたんだい。やめてくれよ、頼むから」
「レイくんはただ、勉強熱心なだけよ?可愛い後輩じゃない」
──ハヤトの気持ちも分かるけど、何も言われていない状態で警戒し過ぎるのも、彼に失礼だと思う。
「不安なんだよ。あいつ言ってたろ。君の事、綺麗だって」
立ったまま、端に寄せていた勉強道具を定位置に整えていると、ハヤトが後ろから腰に手を回してきた。すぐに剥がそうと腕を掴むが、びくともしない。
「”思っていたよりは”でしょ。あんなの社交辞令よ」
(むしろ、ちょっと失礼寄りの、ね)
「そんなわけあるか。僕が教えるって言ってるのに、君が良いとか言い出したんだぞ」
「それはハヤトが怖いからでしょ?」
彼の態度に自分まで恐怖を感じていたオリビアは、レイの事をついかばう。
「…まぁいい。勉強会には僕も参加するんだ、オリビアに手出しはさせないさ」
さらに力を込めて腰を抱くハヤトに、オリビアも会話を続けながら抵抗する。
「レイくんに気の毒な事しないでよ」
「それはあいつ次第だ」
「それと、付き合ってるって勝手に言わないでくれる?違うんだけど」
「何でまだダメなの?」
「今みたいにね、嫌がってもやめてくれない所が受け入れられないって、何回言えば分かるのかしら」
本気で力を入れているのに、離れてくれない。
「嫌がる顔が好きなんだから、難しいよね」
「そうでした、あなたは変態だったわねっ!」
「明日から2人でいられなくなるんだから、なんと言われようと離さない。絶対にレイとは仲良くしないでくれ」
「そんな事、約束出来ない。どうせやるなら皆で楽しくやりたいじゃない」
「じゃあ、レイが変な気起こさないように、僕たちの仲を見せつけてあげようね。こうやって……」
ハヤトはオリビアの耳たぶを甘噛みし、髪を避けて首筋を舐め始めた。抵抗しようとすると、前にテーブルがあるのに、ぐっと体重をかけられる。耐えきれず両手をついたオリビアの背中に、ハヤトはぴったりとくっつく。これ以上はまずいと思い、オリビアは観念した。
「分かった!分かったから!あ、そうだ!またハヤトの紅茶が飲みたい!お願い、淹れてくれるかしら。今日も持ってきてくれてるんでしょう?」
「……しょうがないな。約束だよ」
ハヤトは渋々オリビアから離れ、杖を振った。
(…私もなかなかハヤトへの対応が上手くなってるんじゃない?)
オリビアはホッとしながら、彼の作業を眺める。茶葉の他に余計なものを入れていないか確認して、淹れたての紅茶をすすった。
***
翌日、約束通り、レイは放課後に図書館にやってきた。オリビアの横には、ハヤトが座る。レイはオリビアの向かいで教科書を開いた。魔法学を専攻していないため、全て数学や世界史といった一般科目だった。
(特別進学科の彼に勉強を教えるなんて難しいかなと思ってたけど、1年前のなら意外と大丈夫そうね)
警戒心を露わにしてレイを見張るハヤトだが、レイは真面目に勉強を始めた。オリビアに分からない事を尋ね、彼女の一生懸命な説明を真剣に聞く。
「ここは語呂合わせで覚えると早いわよ。えっとね…あれ、なんだっけ」
「いや、オリビア。公式の繋がりを理解した方が、結果的には効率がいい。レイくん、この理屈はね…」
「分かりました。それで?オリビア先輩」
オリビアが解説に詰まると、ハヤトが横からフォローした。ハヤトの方が説明は上手いが、レイはオリビアにばかり質問する。
しかし、それだけだった。言っていた通り、気があるような素振りは一切無かった。至って普通に、初日の勉強会は終了した。お礼を言って帰っていくレイを見送って、オリビアもハヤトと図書館を後にした。
「ほら、大丈夫だったでしょ。レイくん、さすが1年生で1位というだけあって、飲み込みが早いわよね。私の下手な説明でも、ちゃんと理解してくれてた」
渡り廊下を歩きながら、オリビアはハヤトに言った。辺りはすっかり暗くなっている。ここからは噴水を眺める事が出来るが、今は止まっていて静かだった。
「僕にはそう見えなかった。あいつ、分かってる事聞いてないか?」
「え?まさか。そんな無駄な事、する必要ないじゃない」
お互いの宿舎の前まで来たため、また明日、と手を振ろうとすると、ハヤトがその手を掴んだ。
「ちょっとこっちに来て」
「え、嫌だ」
「分かった。じゃ、ここでいいね」
宿舎入口の壁に追い詰められ、顔の横でハヤトの手が冷たいコンクリートを叩く。眉間にシワを寄せ、レイにも見せていた怒りの表情で見つめられ、オリビアは息を飲んだ。
「僕はレイを信じない。オリビア、勉強会なんかやめようよ」
「う、うん。でも、まだ初日だし、明日もハヤト、来るのよね?だったら、もう少し様子を見てから、決め……っ」
ハヤトの剣幕に圧倒されたオリビアは、なんとかなだめようと言葉を選びながら話したが、無駄だった。彼は顔を近付け、唇を押し付けた。
「ん……いやっ!ハヤ…」
「僕、嫉妬してるんだ。分かるだろ?」
「やめて、ってば……気にしすぎだって、ほんと……」
「オリビアは僕のだ」
他の生徒が通るかもしれないのに、ハヤトはオリビアの体をまさぐり始めた。全身を撫で回す手つきに焦り、オリビアは声を振り絞る。
「待って、落ち着いて!」
自らハヤトに抱きつき、背中を優しく叩く。恥ずかしいが彼を止めるには、これしかない。
「……オリビア、レイに褒められて喜んでたから…レイを好きになったら、嫌だよ…」
ポンポンと叩き続けていると、少しずつハヤトは力を緩めた。
「大丈夫だから。レイくんには、勉強を教えるだけ。何とも思ってないから。ね?」
「……分かったよ。ごめん、オリビア」
ハヤトが離れる。成功したようだ。
「はぁ…」
(ハヤトの嫉妬の仕方、恐ろしすぎる…)
しかしながら、今回も落ち着かせる事に成功したオリビアは、彼の扱いを心得た気になった。もう、いつもの事だ。
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