不穏な勉強会編
第39話 手に入ったも同然
あれ以来、ハヤトの行動は落ち着いた。
図書館には必ず現れ、実技やホウキの練習でも横にいる彼だが、オリビアが魔法薬を盛られたり、無理矢理部屋へ連れて行かれる事は無くなった。ハヤトはオリビアの奮闘する姿をただ優しく見守った。
とは言え時々は我慢出来なくなるのか、キスを迫られそうになる事もあった。しかし、オリビアもまたハヤトに慣れ始めていた。壁に押し付けられ、抱き締められた時は、首筋に吸い付かれる前に彼の頭を優しく撫でると止まってくれるようになった。
「最近オリビアが優しくて幸せだよ」
今日も魔法の練習帰りに、校舎の影で発作のように求めてきたハヤトをなだめていると、彼は言った。
「違うんだって。面倒だからこうしてるの。どうしてそこまで前向きなのかしら」
ハヤトは今の曖昧な関係も楽しんでいるようだった。彼は明らかに安心しきっている。
「前向きにもなっちゃうよね。あの時のオリビアは凄く素直で可愛かったからな。今度はいつ来てくれるの?」
「…ねぇ、約束、忘れた?」
拳を握りしめて聞いても、彼は平然としている。
「なんの事かな?」
オリビアは怒りで震えた──この人…無かった事にしたのを、無かった事にしてる!
「私、まだ許してないんだからね!?」
「それは申し訳ないと思ってるんだけどさ、僕も色々考えたんだよ。媚薬しか入れてないのになぁと思って。惚れ薬は入れてないはずなんだけどな。オリビアがなんて言ってくれたのか、皆に報告しようかなぁ」
ハヤトはニヤリと笑った。オリビアをからかう時の顔だ。
「…ハヤト、魔法を教えて欲しいの」
「おや、珍しいね。何でも教えるよ」
「記憶を吹き飛ばす魔法。出来れば、その相手ごと」
「そんなものあっても教える訳ないだろ」
「そう。じゃ、帰るわね」
冷や汗を流しながら、笑顔で中庭を去る。ハヤトには口喧嘩でも、勝てそうにない。
***
もうすぐ2年生も終わろうとしていたある日、オリビアとハヤトを含めた何人かの生徒が、教師に呼び集められた。ハヤトはキョトンとしていたが、オリビアには何の事だか分かっていた。
毎年この時期になると、年間の成績優秀者が全校生徒の前で表彰される。オリビアたちが、その候補ということだ。もちろん受賞すれば、その後の進路にも有利となる。
オリビアがもし表彰されると、2度目の受賞ということになる。去年は、最高優秀者として賞を受け取っている。ハヤトは受賞していない。彼が転校してきたのは、前年度の表彰式の後だった。
例年、表彰式に続いて校内のホウキレース大会で1年を締めくくることとなっていたが、今年は違いますと、先生が説明する。
「今年は、学校の都合で、ホウキレースが先になります。魔法学指導担当のマリア先生が、早めに退職することになったためです。本校に多いに貢献して頂いた先生への敬意を込めて、彼女が創設した大会を繰り上げて行う事になりました」
「えっ!!」
オリビアの憧れの教師、マリア。職員室前で、彼女がハヤトに振られたと盗み聞きしてしまったあの日以来、話すことが出来ないでいた。しかし、大好きなことには変わりない。
オリビアは、ショックを受けた。つい、近くで話を聞くハヤトを見てしまう。ハヤトは顔色一つ変えずに、教師の話を聞いていた。
「──大会の後で、学年末テスト、表彰式。ただし、受賞には学年末テストの結果も考慮されます。1年間で身につけた学力を測る重要なテストですよ。まぁ、あなたたちなら問題無いでしょうけど、気を抜かないように」
***
各学年上位5名の、顔写真入り受賞候補者リストを見て、オリビアは図書館のいつもの席で微笑んだ。
「今度のテストで安定した結果を出せば、また今年も表彰されるのね。嬉しいわ」
──今年は1位…厳しそうだけど。それに、式の時にはもうマリア先生もいないんだ。
「……それにしても、この写真…どうにかならないのかしら」
オリビアは、自分の写真を指で弾いた。
「写真なんて載せる必要無いじゃない。プライバシーも何も無いわ。今年から変わったのかしら…」
「全くだね。オリビアを他の男に見せたくないよ」
当たり前のように付いてきたハヤトが、横から顔を出した。すっかり彼氏面をしている。
「何言ってるのよ」
「ねぇオリビア。週末どこか行かない?ホウキ、後ろに乗せるよ」
「行かないに決まってるでしょう?先生の話聞いてた?表彰には学年末テストの結果も影響するって言われたのに、そんな余裕無いわよ」
「じゃあ一緒に勉強するか。教えるよ。余裕作ってデートしよう」
「いいえ。こればっかりは、自分の力でやりたいの。2位に落ちてから、もう1年経ってしまうし」
「そうだね。君と出会ってからもうすぐ1年だ」
──そう。もうすぐ、1年が経つ。順調だった歯車が狂ってから、1年。この1年間ハヤトに振り回されっぱなしだったけれど、ここらで終わりにしたい。
「凄く大事なテストなの。今回は本当に真剣だから。あなたも頑張るのよ」
「僕には敵わないよ」
ハヤトはいつものセリフを言ったが、オリビアは言い返した。
「そうかしら?最近私も結構調子が良いのよ」
ハヤトの過剰なスキンシップを上手く流せるようになってきたオリビアは、再び勉強に集中出来るようになり、自分のペースを取り戻しつつあった。
「じゃ、また勝負する?オリビアが勝ったら付き合ってくれるやつ」
「もっ、もうそれはしない」
負けた時の代償が大きすぎる。
「──とにかく、そういうの抜きにして。今度こそ勝ちたいの。真面目にやりたいのよ。ライバルとして」
「応援するよ。恋人として」
「だからぁ!お願いだからテストまでは私に構わ………」
その時、後ろでドアが開く音がした。
本棚の間を縫ってオリビアたちの目の前に現れたのは、知らない男子生徒だった。
彼と目が合い、オリビアは、軽く会釈した。
(うるさかったかしら?)
広げていた勉強道具を端に寄せると、その男はテーブルをはさんで向かい側に立ち、オリビアに声を掛けた。
「こんにちは…オリビア先輩ですか?」
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