第5話 勝手に勝負し膝つく才女

いよいよ、2年生になって初めての共通テストの結果発表の日だ。オリビアは、テスト前も終わってからも、ほとんど毎日学校併設の図書館で勉強している。


オリビアが暮らすのは、学校近くにある留学生用の宿舎である。近場の生徒は家から通うが、魔法を学べる学校がまだ少ないので、オリビアのように他国から留学してくる者も多い。


宿舎にも図書室があり、日中以外はほとんどの利用者がここに来るが、オリビアはあえて学校側の図書館へ行っていた。勉強している姿を誰にも見られたくないからだ。1年生の時から変わらず、自分の成績は元からの才能によるものであると思われたい願望が強い。


普通科の生徒たちは、休み時間の今、先程配られた成績表を広げている。


(あれだけやったんですもの。ハヤト、勝負よ)


結果を見るのが怖い。緊張しながら、オリビアは自分の順位を確認した。裏返しの成績表をめくった。


「…………………2位だ…」


呆然とつぶやいた。喜びではない。悲しみから出た言葉だった。


「……え?オリビア、2位だったの!?」


隣で聞いていたサラが驚く。


「2位なんて、いつ振りかしら…」


「すご~い!オリビアってば、やっぱり頭良いんだね~」


「ありがとう…でも…」


サラが褒めてくれたが、オリビアの心には響かない。


オリビアは、窓の外の、ハヤトがいる特別進学科のクラスがある方角を睨んだ。あそこで今頃、彼が1位の順位を確認している頃だろう。


サラがオリビアの視線の先を見て言った。


「……オリビア、悔しいかもしれないけど、そんなに怒らなくても。ハヤトくんも頑張ってるってことで、いいじゃない」


「……分かってるわ」


そうは言ったが、オリビアは納得がいっていない。


「それにしても、さすがね。ハヤトくん」


「……」


「でも、オリビアも十分凄いのよ。魔法学が難しくなって、ほとんどが点数を落としたってのに、あんたは2位で踏ん張ったんだから。1位にこだわることないのよ」


「そうかしら……」


オリビアは、何か考えている。


「……ちょっと行ってくる」


オリビアは立ち上がると、特別進学科の教室へ向かった。


クラスカラーである緑色の名札をつけた生徒たちの中に、オリビアの黄色い名札は目立った。ジロジロと周りに見られるが、オリビアは気にせず、ハヤトの元へ歩み寄った。


ハヤトは、クラスメイトたちに勉強を教えているところだった。優しい笑顔で、丁寧に教えている。ハヤトに教わっているメンバーには男子もいるが、どちらかというと女子の方が多い。


「おや、オリビア。どうしたの?」


オリビアに気付いたハヤトが微笑みながら言う。周りの生徒も、オリビアの方を見る。


「あなた、1位だったでしょう?」


「そうだね。君は?」


ハヤトは表情ひとつ変えずに答えた。


「…やっぱり。私は、2位だった」


「そうなんだ。凄いね」


ハヤトは素直に感心する。しかし、オリビアは不満げに眉を寄せた。


「……あなた、どうしてそんなに成績が良いの?どんな勉強法をしているの?」


「特に何もしていないけど」


「嘘つかないで」


「本当だよ。特に魔法学は、感覚かな」


ハヤトはさらりと答える。


「でも、君も2位なんだから、相当うまいこと勉強してるんじゃないか?」


「…………私は、普通に授業を受けて、ちょっと予習復習をしていれば、問題ないわ。当然よ。でも、あなたの勉強法が気になって、聞きにきただけ」


本当は、必死でやらないとついていけないのだが、ハヤトには絶対に言いたくなかった。つい、強がってしまう。


「そう?そんな風には見えないけど」


ハヤトが不思議そうに首を傾げる。


「え?」


オリビアが聞き返しても、「いや」と流されてしまった。


「それより、オリビアにも教えようか?この間の魔法工学、難しかったろ?」


「……いい。私には必要無いわ、これで失礼します」


オリビアが踵を返そうとすると、ハヤトの周りにいた女子生徒が声をかけた。


「あなたも聞いたら?ハヤトくんの説明、すっごく分かりやすいのよ」


「……大丈夫」


オリビアは教室を出た。ハヤトがオリビアの背中を見送りながら、口元を緩ませる。


「ねぇ、ハヤトくん。今の子、たぶんハヤトくんが来るまで1位だった子だよ」


オリビアが帰っていった後、ハヤトの周りにいる女子生徒が話しかけてきた。


「ああ、知ってるよ」


「あの子、普通科なのにウチらより頭良くて、なんか悔しかったんだよね。天才とか言われてるし。それでずっと普通科が調子乗ってたの。ハヤトくんが特別進学科の威厳を取り戻してくれて、嬉しい」


ハヤトのクラスメイトたちは普通科を下に見ているようだった。普通科の生徒に負けたくないらしい。その割には、あまり熱心に勉強している様子は無い。


「あのさ。皆、彼女のこと天才って言ってないかい?」


「うん、そんな風に聞くけど。誰も彼女が勉強してるところ見た事ないって聞くし。塾とか家庭教師をつけてる気配も無いのよ。それなのに、私たちよりも順位上なんだもん」


「へぇ……」


「だから、ハヤトくんは私たちの英雄ってわけ!あー良かった。もう普通科に1位取られなくて済む!」


そう言って、嬉しそうに笑った。


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