アシの魔女・2

 頭まで覆うほど高く茂った植物は、次の瞬間にはニヌガルが両手を打ち合わせる音とともに全て四散する。すると葦に遮られていた周囲の景色が全く違うものに変わっていた。

 屋根の高い礼拝堂から打って変わって、狭くて薄暗い場所。散らかった大きな作業台が部屋の四割を占拠しており、ごちゃごちゃした棚が壁一面に置かれている。天井から吊るされたガラスのランプの中では火がゆらゆらと揺れているが、明かりがそれだけなので例えば無くし物を探すのには心許ない。

 後に聞けば、ここはニヌガルが魔法で作った、作業用の部屋なんだとか。ここに彼女の財産が全て詰め込まれている。

 麻来は結局、突然踊りこんできた人間に驚いてうっかり注目してしまい、目を覆うのも忘れていた。しかし本来この身体が生者ではないからだろう、多少視界がチカチカと眩しくなっただけですんだ。

「ありがとうございます、師匠。助かりました。」

「師匠…………?」

 ニヌガルはやってしまったというように額を抑え、ラクダは麻来と風丸を後ろに下がらせ、無言で女性を見据えている。

「ミク、どうしてあんたがここにいるの。黙って出ていったものだから、もう帰ってくる気がないのかとおもっていたよ」

 ミクと呼ばれたその人は引っ張られた拍子に転んでいた身体を起こすと、服の裾の埃を払って立ち上がった。

「置いてかれなくてよかった。私だと知って、見捨てられなかったのですね、師匠? 相変わらずお優しい」

 その人はおろし立てのパンツスーツを着ていて、肩までの黒髪をくるりと括った若いキャリアウーマンのような風体であった。立てばすらりと背が高く、垂れた目尻は優しげな笑みを含んでいるのに独特の威圧感が漂ってくる。麻来はラクダの後ろで本能的に身を固くした。

「私に何か用が? 言っておくけどあんたは破門。ここはあんたの帰る場所じゃないの。気軽に戻って来られてもベッドは用意できないわ」

 ニヌガルが言うと、彼女はひょいと首を傾げる。

「破門? そんなこと、聞いていませんよ」

「あんたが許可なく出て行ったからでしょ」

 溜め息をついた後、仕切り直してニヌガルは問いかける。

「それで、何から助かったって?」

「ああ、そのことですか。お気付きではなかったのですね。ツィヨウの指示で、あの街には魔法研究によって排出された『廃材』が流し込まれることになったのです」

「はあ!?」

 ニヌガルは目を剥いて叫んだ。

「狂ってるのか、あの組織は!」

 どうやらとんでもないものが流れ込んでくるようだが麻来にはさっぱりついていけず、そのミクとかいう女性に掴み掛かってもおかしくない程に動揺しているニヌガルだけでなく、見ればラクダや風丸まで深刻な顔をしていた。

「それって、」

「はい。魔力を不可逆的に変質させたものです。触れたり吸い込んだりすれば、人体にも霊体にも害を及ぼす危険な呪。科学で例えれば強い放射性物質のようなものです」

 ラクダが言いかけたのを遮って、ミクは説明した。

 この廃材というものは魔力が汚染されたものであり通常目には見えないが、命あるものだけでなく土や器物を穢し、あらゆるものの循環を止めてしまう。それはまるで、呪いのように。

 これは普通に魔法を使ったときに排出されるものではない。ツィヨウが行うような魔力を動力にした実験などが、その内容によっては稀にこの消費され汚染された流れを生み出してしまうのだ。

「彼の研究ではそれが大量に生み出されます。そこの【カゲロウ】のような改造済みのものなら不調をきたす程度で済むかもしれませんが。その辺に留まっているただの霊魂や、私のような魔術師でもない者が浴びれば溶けて消えることでしょう。」

 ミクが目配せすると、風丸はそっと目を伏せた。

「あろうことか私があの街に到着した途端にカウントダウンが始まったのです。あの男、本気で私を排除する気だったんでしょうか。……今頃、あの街は廃材で汚染されていることでしょう。偶然だったようですがあのタイミングで師匠がここに招いていなければ全員が巻き込まれていました。もうあそこでの生活は不可能です。短くても百年、あの地の浄化力が足りなければ、風化に任せて千年」

 【カゲロウ】たちの一時退却はこのためだったらしい。

 ニヌガルの首筋に冷たい汗が滴る。

「…………とんでもないことをしてくれたね、【呼水】は。それが本当なら、あそこの動物も植物も、大地も全て息絶えているだろう。これは殺戮だ。人道を外れてる」

 ニヌガルが吐き捨てるように言った。彼女の怒りを肌に感じとって、風丸が腕の鳥肌を撫でて押さえる。

「師匠の憤慨も尤もですが、」

「……黙りなさい」

 肩に触れて宥めようとするミクの手を、ニヌガルは払って言う。

「私はもうあんたの師匠じゃない。あんたには何もしてもらわなくて結構だよ」

 下を向き、自分の肩を抱くニヌガルは彼女を拒むように二、三歩退がって、その背中をラクダがそっと支えた。

「……事実なら許容できるものではないが、なにぶん実行した当事者がいないのにここで口論しても仕方がないよ。それに……俺にはきみのことを信用に足る相手と思えない」

 ラクダに視線を移すと、ミクの目がすっと細くなる。

「今の話が嘘だと仰るの、柳水尾の身体を持つ人?」

 柳水尾、と彼女は口にするのをはっきりと聞いて、麻来は身を固くした。また彼のことを知っている人がいた。こんな、故郷から遠い土地で。どうしてなのだろう。どうして自分は何も知らないんだ。

「それならどうするの。私をあの街に追い戻すのでしょうか?」

「…………、街が無事である確証も得られない。咄嗟の行動だったとはいえニヌガルが招いた客人を、俺が追い出すわけにもいかないし」

 ラクダが顎に手をやって思案するのを、ミクはまた目を細めて遮った。

「貴方にとっても私は素性の知れない人間ではないのに、ですか? 柳水尾の記憶を持っているくせに知らないふりをなさるなんて、冷たい人」

「え?」

「……まあいいです。貴方が誰であろうと関係はないですし。……それよりも」

 ミクはぱっと片手を天井へ向けて議論を放る。そして麻来の方をちらりと見遣った。

「そっちのお嬢さんはアウラマキですね。追われているとわかっていて、どうしてこの地に来てしまったのでしょう」

「は…………?」麻来は顔を顰めてミクを見る。この女、わたしのことまで知ってるの?「わたしはきみのことなんて知らないけど。気持ち悪い、知ったふうに話しかけないでくれる? そんなの水尾が…………」

「麻来」

 ラクダが支えていたニヌガルを麻来に寄越すと、ふらついたニヌガルに風丸が手を貸してくれる。ラクダが嗜めるようにこちらを見下ろしているので、きっとあまりこの女を刺激しないようにしてほしいのだ。

 しかしミクは麻来に話しかけ続ける。

「柳水尾。そうですね、あなた、今になってようやく行動を起こす気になったのですか。柳水尾はとっくに死にました。ここにこうして身体だけでもあることが奇跡とも言える状況なのですよ」

 ラクダの腕を強引に引き寄せて、ミクは言う。

「身体ならここにあるでしょう。これでは満足できないというの?」

「おい……」

 ラクダは手を外そうとするが、ミクがさらに一歩踏み出しながら引っ張るのでよろけて、踊るように一歩床を踏んだだけだった。

「……それは水尾じゃないから」

「だけど最初はそうとは思っていなかった。違う?」

 麻来は内臓が締められるような感覚を覚えた。

「彼が他界したことを知っていながら、彼が帰ってきたと思い込むことにして迎え入れたのでしょう? 中身の内容なんて、大して問題ではないのです。現にあなたたちは、こうして行動を共にしている」

 鳩尾をぎゅっと掴んで、麻来は黙り込む。

 ラクダが目の前に現れてから今まで、背負われたり守られたり、ずっと身を預けてきた。彼が水尾の姿ではなく、全くの他人であったらそうはいかなかっただろう。それは彼が水尾ではないことを知った後でも同じことだ。

「……いい加減にしな」

 ニヌガルの手が麻来の腕に置かれた。

「この子に変なことを吹き込むのはやめなさい」

「変なことではないですよ、事実ですから」

「私はどっちだっていいよ。いいけど、あまりお喋りしてるとあんたが今掴まえてる奴が黙ってないかもしれないからね」

 その言葉に反応し、ミクは反射的にラクダを掴んでいた手を引っ込める。

 自由になったラクダは腕をさすりながら小声で訂正する。

「さっきも言ったけど、危害を加えるつもりはないよ」

「全く、入れちまったものは仕方ない、寝床くらい貸してやるから。準備してきな。ほら行った」

 ミクはニヌガルに軽く追い立てられるようにして、素直に奥の扉から退室していった。

「麻来。……この先、柳水尾の話を出されたときはあまり聞かない方が楽だよ。彼はあなたと同じで、【呼水】からは追われている存在なんだ。今の女が組織と関わりがあるのかは明確じゃないけど」

「十中八九、そうだと言って良いだろうよ。何をしに来たのか知らないけど、あいつのことだ。あんなに綺麗な服を着れるようになったのなら、こんなところに帰っては来まい。用があるとすれば私じゃない、あんたらだ」

 現に興味を示しているようだしな、と些か不吉な感想を続けながら作業台の長椅子によっこいせと座る。

「整理はついたのか?」

 ニヌガルを覗き込んで声をかける。やはり血の気が失せた顔をしていて、ラクダは少しざわついた。

「まあ、ああいう大きな流れに何かを奪われるのも初めてじゃないからね……逆らうのにも飽きがきてるんだ」

「…………」

「そんな顔しないでいいの。あそこが故郷というわけでもなし、あんたが奪ったわけでもないでしょう」

 ニヌガルはラクダの手首を引いて、そっと包んで言う。麻来にしたみたいに優しく、小さな子供にするように。

「あんたもだよ、風丸。あんたとあの街のことはなんにも関係ない。気にしなくていいわ」

 それから視線を移して、所在なさげにしていた【カゲロウ】にも声をかける。

「…………? はい……」

「ニヌガル」

 ニヌガルは麻来を見上げて、用があるならおいで、と言った。

「聞きたいことがあるだろう。ラクダに聞いても良いけれど」

 麻来は歩いていって、老女の元で立ち止まる。

「ニヌガルは水尾のこと知ってるの」

「前も言ったけど知らないよ。こいつから名前を聞いた程度だ」こいつ、と顎をしゃくってラクダを指す。「ミクがこいつを知っていたのは、柳水尾の遺た、……身体を何者かが盗み出したことが【呼水】にも割れているからだ。柳水尾という男は、それだけ組織にとって見過ごせない人物なんだね」

「本来、この身体は見つけ次第捕縛し、中身を取り除いて回収するのだろうけど、このニヌガルの空間にいる限りその遂行はほとんど不可能だ。彼女はそれをわかって、見たところ今は大人しくしているつもりらしい」

「それにあれがどんな策で単独でラクダに挑んでも、きっと無力化は難しいだろう。格が違うんだよ」

 慢心は良くないけどね、と瞼を伏せるラクダも、特に否定する点がないようだ。どうやらあの女に関して、みんなの中で警戒はすれど、危険度はそんなに高くないらしい。というより、この二人のお互いへの信用が勝っているようだ。

「まあ私の胃袋に飛び込んできたんだ、管理はきちんとするさね。嫌なやつで悪いけど」

 と、麻来の頭をくしゃくしゃと撫でる。

「……ねえ、あの人はなんで水尾を知ってたの」

「それは知らないな。ラクダ?」

 ラクダを振り返ると、彼は首を横に振る。「俺は会ったことがないし、ミクという名に心当たりもない。柳水尾の記憶でも同様だ」

「ねえその水尾の記憶って何? あんた水尾の記憶までもってるわけ?」

 そういえば、ちょくちょくそんなことを言っていたような気がする。……いや、言っていないかもしれない。記憶違いだろうか。

「……えっと、」

 ラクダはきまりが悪そうな顔をして、ニヌガルを見る。すると魔女が溜め息をひとつ吐いて代わりに話を始めた。

「そうだね……人間の魂はどこにあるのか」

 突飛な語り出しに麻来は首を捻る。それを尻目にニヌガルは続けて。

「あんたがそうなように、死ねば身体から追い出されるエーテル体。霊魂。それは眼球にあるのか、口の中、心臓、骨か、あるいは身体を覆う膜、即ち皮膚の下なのか。どこにあって、それがどのように機能して人間を人間たらしめているのか。その真相は誰にもわからない。この大地が沈む瞬間まで、きっと終には知ることはないのだろう。こうして魂が確かに存在していることが分かっていながら、追究の追いつかない謎だ。」

 ニヌガルは机についていた肘を下ろして言う。

「私のような魔術師から見れば魂とはそんな透明な存在なんだ。だが別側面から見たとき、経験や知識や記憶、それらから形成された人間の意識は人格という。そのデータは脳の中に保存されているんだ。今のこの柳水尾の身体にある魂はラクダのもので、柳水尾本人の魂は存在しない。けれど人格データは脳に残っているでしょう。その身体が息絶えていても破損さえしていなければ、中に入った魂なら記憶も閲覧することができるのさ」

 つまり柳水尾の記憶はこの中に残っていて、と、ニヌガルはラクダの腹を強めに小突く。「こいつはその人格を参照して思考、行動に移しているってわけだ。そのせいで口調などもそれに寄っているようだし」

「…………わかんないけど記憶をもってるのね?」

「ある程度はね。だから【呼水】についても多少の知識を得られたんだ」

 ラクダはニヌガルに突かれた腹を押さえながら言った。

「ニヌガル、そろそろ動かないと。どの程度まで移動できる?」

「人数が多いからそう遠くは行けないよ。東支部まで届くかどうかってところかしら」

 ラクダは少し考えて、首を振った。

「そこまで行かなくていい。【呼水】本部の方角へ、この廃材の影響が途切れる地点まで送ってくれ。あの弟子も。おまえに頼むのはそこまでだ」

 


 程なくして、ニヌガルの街から百五十キロほど離れた荒野に麻来たちは降り立った。

 あたりには【カゲロウ】どころか商隊の轍すらなく、ぽつぽつと木が立っているだけ。土の見える原と地面から岩肌が露出して凹凸の激しい地形。あの街から少し離れただけで、風景は一変していた。

「水が枯れてるってこういうこと…………?」

「いいや。ここは大昔からこうだよ。この土地は元々雨が少ないし山も遠いから植物もあまり多くは育たない。川は少し行ったところにしかないからね」

 ニヌガルは手を額に置き、日よけにしながら言った。

「それにこんなところの水不足は後回しですよ。西都には沢山の民が【呼水】を頼りに暮らしているのですから」

 一緒に連れ出されたミクが口を挟んで言う。それを承けてラクダが質問した。

「そうだ。疑問だったんだが、どうして旧帝国は港から都を移した? あの場所の方が水の確保は容易いと思うけど」

「あそこの近くにはもう文字通り沈みかけの島国ともう国とも呼べないような隣国しかないでしょう。西都より少し多く川が流れていても、他の物資の調達が困難なのです。それなら内陸でも少しでも西の大国群に近いところへ移した方が犠牲も少なく済んだのですよ」

 ミクはニヌガルの部屋から外に出ても、未だ大人しく質問に答えている。

「それで、これからどうされるんです? こんなところに立ち止まっていてはそれこそ脱水症状で死んでしまいますが」

「……きみには方法はないわけではないだろ? だけど今回はそれを使うまでもないようだよ」

 ラクダの指がミクの背後へ示すのを見て、全員が西の方角へ視線を向けた。

「なにあれ!?」

 麻来が叫んだのは、その方向から疾走してきたその実態を見たからである。

「俺は麻来を連れて本部に到着するまでの柳水尾からいくつか計画のパターンを聞いてる。そのひとつがあれだ」

 岩の影から現れたのは荷台を引く何か。近付くごとにその姿が見えてくるが、麻来はそれを見ると慌てて近くにいた風丸の背に張り付いた。

 スピードを落としながらラクダたちの目の前でUターンし、進行方向を元きた方へ調節するとそれは停止した。

 荷台は屋根がないシンプルなもので、前に風よけのガラスが取り付けられている。それと金属の馬具のようなもので繋がれているのが、ゆうに体長三メートルは越す大きな機械製のハクジラ。モデルになる種があるのだろうか、頭が丸く嘴が短いものだった。それが地面より三十センチほど浮いている。

「なにこれ!?」

「麻来、敵襲ではありませんよ」

 風丸が宥めてくれるが、麻来は一向に近寄ろうとしない。

「イルカじゃん!」

「この大きさからして、イルカというよりはクジラに分類されるかと」

「あんた、こういうのが怖いの?」

「麻来。これに乗らないと柳水尾のところまで辿り着かないよ」

「うるさ! ちょっと待ってよ!」

 麻来は順番に色々言ってくる三人に必死で抗議する。

 ラクダが連れ出すまでずっとあの家にこもっていた麻来だが、ここにくるまでに前に進もうという気持ちは育ててきたつもりだ。……だけど心の準備をするくらいは待ってくれてもいいのではなかろうか。

「ニヌガル。見送らなくていい」

 風丸の見守る中、麻来が牽引機と戦っている間に、ラクダはニヌガルを振り返って声をかける。しかし彼女は首を振った。

「いいや、私も行くよ」

「どうして? これ以上の旅はあなたの負担になる。今回は力を借りたけれど、あなたには、出来るだけ安寧の暮らしをあげたいと思ってる。……こうして西都に向かうのだって、それが脅かされないためでもあるのに」

 ニヌガルは唇に人差し指を当てる。「…………揺らいでるよ。麻来に黙っていたいなら、こういう時も泰然としていなさい。——別に隠すことじゃないと思うけど」

「いいや。柳水尾の姿を借りて彼女といるなら、この存在は限りなく透明でいるべきだ。できれば記憶を引き継いでいるという話もしたくなかった」

 ニヌガルは軽く呆れたような息を吐くが、これ以上言っても変わらないことはわかっていた。

「……まあ、あんたがそれでいいならもう言わないよ」

「うん」

「兎に角私はあんたと行く。事情が変わった——いや、私が遅れて問題に気付いただけだね。初めから【呼水】のやってること、やろうとしていることは知っていたけど、私には関係がないと思って避けていたんだ。……それが、元とはいえ私の弟子があの組織に関わっているのなら話は別だ。これ以上の所業は看過できない」

 あのニヌガルが、思っていたよりちゃんと師匠だったのだな、と感心していると、「何を考えてるかくらい分かるからね」と横目で軽く睨んできた。

「それに、街をひとつ滅ぼすようなあの組織を放っとくわけにはいかなくなったよ。わたしやあんたの、安寧のために」

 ニヌガルはにやりと笑って、そのまま麻来たちの方へ歩み寄ってそろそろ行くよと声をかけに戻った。

「…………」

 束の間、ラクダは目を閉じて佇んでいた。丁度、風丸が名を付けられた時のように。

 

 ハクジラの形をした金属の牽引機は、ようやく全員が荷台に乗り込むと、キュイ、と金属音を鳴らす。そして、ゆっくりと尾鰭を動かし始めて、土埃を立てながら荒野を走り出した。

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