第11話 そんなの 君らしく無いけど

12月30日


今日は色々とあって、なんだか疲れてしまった。


早く寝る事にする。


………そう言えば最近鼠のデュークの姿が見えない。


どこかに引っ越したのだろうか?


もしも彼(彼女?)が新天地を目指して旅立ったのだとしたら、デュークの進む道に幸多からんことを願う。


君は私の唯一無二の親友だ。


もしも戻ってきたくなったら、いつでも帰ってくると良い。





12月31日


………フラウを傷つけてしまった。

フラウから謝罪を受けたが、謝りたいのは私の方だ。

自分の身体に何が起こっているかを把握出来ていなかったなんて、魔導技師にあるまじき失態だ。


どうしてカノンは教えてくれなかったのか。 気づいていたはずだろうカノン?

…いや、彼女を恨むのは筋違いか。 全ては私の視野が狭かったことが原因だ。


暗澹とした表情で己の行いを告白してくれたフラウには、私がマナを管理できていなかった能力不足が原因だと伝えた。 しかし彼女は暗い顔をしたまま。 立場が逆であれば確かに私も落ち込むに違いない。 繰り返し言葉で気にしていない事を伝えているが、態度でもそれを示していかなければいけないだろう。

なんとか早く元気づけてあげたいが、私が何を言ってもフラウの気が晴れる様子は無い。

ヴィオラが側で寄り添ってくれているが、彼女にまかせっきりになってしまうのもどうなのだろうか………。


とりあえず当面はマナの制御装置を身体に付け、応急処置をすることにした。



あともう一つ。

ベスがヴィオラの姉、アルトの救出を成功させてくれた。

危険な行いをさせてしまったが、「カノン様の誘導と補助がありましたからね。正直欠伸が出る程簡単でした」と言い切ったベスはさすがとしか言いようがない。


それにしてもアルトはヴィオラの姉だけあって素晴らしい人物のようだ。

一目見た時からヴィオラに似たその容姿に驚かされたが、見た目の美しさ以上にその落ち着いた内面性に尊敬の念を覚える。


ヴィオラの高潔さや寛大さは、あのアルトがあってこそ成長したものであるに違いない。


今、彼女はヴィオラの部屋で久しぶりに水入らずの時間を過ごしているはずだ。


沢山話したいこともあるだろう。


二人が幸せな時間を過ごしてくれることを願ってやまない。







◇ ◇ ◇







「二人して随分と惨めな有り様になったもんだね」


「………そうね」


夜の暗がりの中、私をベッドに横たえたアルト姉様はそう言って苦笑し、私の横にするりと身体を滑り込ませた。


「目、どうなったの?」


「あぁ、王都防衛の際に斬られたんだ。もう何も見えない。 相手はマルカート、特級神姫の一人だ。 なかなか狡猾なやつでね。 皇国の魔導兵器でこっちの魔導士が使い物にならなかった中、命が助かっただけでも僥倖だったよ」


「腕もそいつに………?」


「いや、まぁ傷は負わされたけどね。壊死しかけたから自分で斬り落とした」


「………」


事もなげにそう言う姉様は、ベッドの上で肘をつきながら、私の顔を覗き込んで微笑を浮かべる。

私そっくりの、私より少し大人びた顔で。


「そんな顔しないでくれよ。ヴィオラの方が重傷だろうに」


「………私のはリュートが治してくれるもの。今は不自由だけど、別に問題ないわ」


強がりなんかじゃない。


リュートが治すって言ってるんだから治るはずだ。


だから心配なんてしていない。


私が真っ直ぐに姉様の顔を見つめて言い切ると、姉様は一瞬目を見開いてからすぐにクツクツと笑い声を漏らした。


「本当に彼の事を信頼してるんだな。変わったね。王国にいた頃は誰彼構わず噛みついていたのに」


「そ、それは………」


「男嫌いで有名だったヴィオラとは思えないなぁ」


「べ、別に私は………っ」


「彼に惚れてるんだろ?」


「っ………」


自分でも自分が変わったと思う。

前は他人の評価なんて気にも留めなかった。

天才と称され、烈火の剣姫なんてチヤホヤされ、怖いものなんて何もなかった。


「彼のどんな所が好きなんだ?」


「……………優しいとこ」


「月並みだなぁ」


「う、うるさいわねっ!!!良いでしょ別にっ!!」


それが今ではリュートの一挙手一投足が気になって仕方がない。

彼に嫌われたくなくて、好かれたくて、毎日迷ってばかり。

こんな歳で初恋に落ちるなんて、あの頃の私には到底想像できない事だった。


「………私、トイレの世話までされたのよ」


「………ふむ?」


「最初はリュートが私の世話をしてくれようとするたびに噛みついてたし……」


「あぁ………彼の腕の傷、何だろうとは思っていたけどヴィオラがつけたのか」


「………うん」


「お転婆なのは変わらないなぁ………。後で私からも謝っておくよ」


自分の剣の腕を磨くことしか興味が無かったのに、今はそんなことどうでも良い。

興味があることと言えばリュートが私の為にしてくれることばかり。


どんな料理を作ってくれるんだろう。

どんな本を選んでくれるんだろう。

新しく着る服を、似合うよって褒めてくれるだろうか。

今の私は可愛いだろうか。

寝癖がついたりしていないだろうか。


頭に思い浮かぶことの全てが、リュートを中心にして回っている。


「あんまり噛みつくもんだから、ミトンで防御されたわ」


「正解だね。ヴィオラは猛獣みたいなもんだから。鎧を着てこなかっただけまだ感謝しないとな」


「………本当に五月蠅いわね」


「違うのか?」


「………違わないけど」


そんな事ばっかり考えてる人間なんて、昔っから馬鹿にしてきたのに。

今じゃ私の方が酷い自信がある。


「それにね、聞いてよ。オムツなんて履かされたのよ私」


「オムツ!」


「わ、笑わないでよ!」


「どうせ意地張ってトイレとか言い出せなかったんだろ? まさか垂れ流しにしていたのか?」


「そ、そうだけど………」


「………意地の張り方の次元が凄いね。さすがに私でもそれは恥ずかしい」


改めて口にすると、とんでもない姿を見せてるわよね。

よくもまぁこれでリュートに好きになって欲しいとか思えるもんだわ。


………私頭おかしいのかな?


「それで?」


「………リュートは、料理を覚えてくれたわ」


「そうか、ちょっとやせたと思ったけど、もっとひどい状態だったのかな?」


「酷いなんてもんじゃなかった。死んでいてもおかしくなかったと思う」


「………」


「最初はおかゆだけしか作れなかったのよ。でもベスに……姉様を救い出してくれた子よ。 彼女に習って何でも作れるようになって………」


「さっき作ってくれたグラタンも美味しかったね」


「………うん」


「つまり胃袋を掴まれたって訳かい?男女の立場がまるで逆だね」


「べ、別にそういう訳じゃないわよ」


あんなに酷い事ばかりしたのに、私の為に必死になってくれた事が嬉しい。

全てを失った私の事を、リュートだけは見捨てずに見守ってくれていた。


「私のために………なんでも作ってくれるの。料理だけじゃなくて、あの車いすもそう。家の改築までしてくれる」


「………ちょっと恵まれすぎてるね? 彼は神様なのかな?」


「………そう思うわ」


あれ、でもちょっと待って。


「………」

「ヴィオラ?」


なんで


「なんで………リュートって私にそこまでしてくれるのかな?」


「………聞いたことないのかい?」


「………ない」


そう言えば無い。


ていうかそれを言ったら、なんで私の事なんか買ったの?


手足も動かないし、やせ細っていたし………。汚れだらけだったし。


あの時の私は慰みものとしての価値すらなかったはず。


競売で私に入札したのなんてリュートだけよ?


売り口上だって、恨みを晴らしたい方は是非! だったし。


「聞きなよ」


「無理よ!!」


「どうして?」


「ど、どうしてって………」


なんで無理なんだろう?

自分でもよく分からない。


「………重症だねこりゃ」


「な…何がよ………」


「まぁその内話してくれるだろうさ」


「………そうかな」


「うん。そうだと思うよ」


「…………何よ、私よりリュートの事分かるっていうわけ?」


「おいおい………私にまで嫉妬か? そういう本質的なところは変わってないんだなぁ」


やれやれと呆れたように笑った姉様は、肘をつくのをやめて私の首の後ろに腕を回し、私の身体を引き寄せた。


「私は嬉しいよヴィオラ」


「…………」


私の額にこつんとおでこを当てた姉様の瞳は、月の灯りを受けて凄く綺麗。


この世で一番美しいものは、姉様の瞳。


「ただ生きているだけでも嬉しかったのに………こんなに幸せそうで」


「………うん」


私もだよ。

姉様が生きていてくれて嬉しい。

こうしてまた会えるなんて夢にも思わなかった。


「彼の事が好きかい?」


私はそう聞いてくる姉様の瞳を見つめながら微笑み、


「…………うん」


小さく頷いた。


素直に頷けたことが嬉しかったし、何だか安心したことが不思議だった。






◇ ◇ ◇






「………………お腹痛い………こ、これ無理かも………アリアちゃん、これ帰らないと駄目かも………」


「下手な嘘なんてらしくないわよフォルテ」


「う、嘘じゃないよ!!」


「ほら、元気じゃない」


「う゛っ………いや……今のは………」


「良いからとっとと用事済ませるわよ。 今更引き返せるわけないんだから諦めなさい。 カノン様からの命令だったら断っても許して下さるけど、今回は枢機卿命令でしょ」


「うぅっ…………なんで私が………き、緊張で…………」


私がキッチンの窓から顔を覗かせると、そこには神姫を示す紋章をあしらった紺色のマントを鎧の上から着込む二つの人影があった。


「仕事だからよ。リュート様相手に部下を送り込む訳にもいかないでしょ」


片方の人物は黒いストレートの髪を肩の上まで伸ばし、冷たく見える表情を浮かべてもう一人の人物を見つめている。

華のある顔つきはどこかヴィオラ様に通じるものがあるけど、ヴィオラ様の方が温かみがあるというか………この人の表情には相手を圧倒するような威圧感がある。

皇国の祭典で一度見たことがあるその人は、確か神姫アリア様。


「仕事だから余計に割り切れないんだよ………タイミングが違えばこんな任務私の所に転がり込んでこなかったもの………」


もう一人の人物は緩やかにウェーブする青みの強い藍色の髪をポニーテールにまとめ、気弱そうな顔をさらに情けなく歪めて肩を落としていた。

彼女が「はぁ………」とため息をつきながら顔を上げると優し気な目がふとあがり、


「あっ………」

「…………」


キッチンの窓からのぞいていた私と視線がぶつかり、その目が驚きに見開かれた。


「ど、どうも………あの………神聖皇国の………聖騎士隊所属神姫……フォルテと申します………」

「…………」


神姫。


皇国の正教会が神託によって選んだ巫女達の総称だ。


武芸、魔法、学問など様々な分野に秀でた神姫の候補者達は、皇国のプロパガンダに利用される一方で、皆一様に皇国の特殊な洗礼を受ける。


通過率が1にも満たないその洗礼を耐えきった少女は皆一様にマナ肥大症の一歩手前の状態にまで追い込まれ、人為的に、皇国がいう所の神の導きによって、常人では考えられない量のマナをその身に宿すと言われている。


その魅力は敵であるはずの捕虜さえも彼女たちの為に命を賭すようになると言われ、所謂サキュバス症候群として内外に広く知られるている。


「あの………お、お邪魔してもよろしいでしょうか………?」

「…………」


この度の大戦で彼女たちに心酔し、命を散らせて言った男は数万を超える。

夫、恋人、最愛の息子。

皆一様に神姫に狂い、死んでいった。


私のお義父さんも昔、そうやって死んでいったと聞いている。


「あ、あまりお時間………とらせませんので………」


皇国の象徴、


そして、皇国の全ての女の敵、神姫。


アタフタと顔を青くするその態度を見るに、きっと彼女を睨みつける私の表情は、ひどく醜く歪められていたのだろうと思う。






◇ ◇ ◇





「どうぞ」


「あ、ありがとうございます。えっと………」


「フラウさんよ。フォルテ。しっかりして。」


「ご、ごめんなさいっ……。ありがとうございます、フラウさん」


「いえ、私はただのシスターですから、どうぞ私の事などお気になさらずに。なんなりとお申し付け下さい」


「い…いえ、そんな………リュート様のお家に御奉仕に来ていらっしゃるんでしたっけ?」


「…………名目上はそうですけど………私は役立たずですから」


「は…はぁ………そうですか………? あ…いや、でも………このお茶とっても良い香りで………」


「っ…………」


最近、お茶、という言葉を聞くと嫌な光景がフラッシュバックする。

頭の中が性欲に支配されたような、自分が自分で無い様な、甘く、蠱惑的な感覚。

神姫達に忠誠を誓う男たちも、常にあの感覚に支配され続けているのだろうか。


「ど、どうされました………?ご気分が優れませんか………?」

「…………いえ、大丈夫です。お気になさらず」

「はぁ…………そうですか………」


私の表情の変化にフォルテ様は心配そうな表情を浮かべてこちらの事を見つめてくる。

優しそうなその瞳に思わず心を許しそうになるけれど、油断しては駄目。


何が目的でリュート様のお家に来たかは知らないけれど、リュート様は今マナの抑制装置を付けている状態。


ベスは問題ないと言っていたけど、気付かないうちにリュート様の理性が神姫達にの取られ、彼女たちにとって都合の良い方向へ捻じ曲げられてしまうかもしれないんだ。

この後のリュート様との会談で会話におかしいところが無いか、女である私がしっかりと見張っておかなければならない。


私がお茶を啜る二人の神姫を見つめ、そんな事を胸の内に思って立ち尽くしていると、暫く経って家の二階から、正装に身を包んだリュート様が降りて来た。


「遅くなりました。慣れない身支度に手間がかかってしまい………大変失礼いたしました」


いつもは寝癖が付きっぱなしの黒くて短い髪はオイルで撫でつけられ、皇国から正式に認められた魔導技師のみが身に着けられる、紋章入りの純白の礼装がとってもよく似合ってる。


「あっ、ど、どうもっ………」


「…………こんにちは、リュート様。お久しぶりです」


「やぁアリア…様。フォルテ様も初めまして。お噂はカノンからよく聞いています。」


「きょ、恐縮です」


か…カッコいい………。

今すぐ飛んで行って褒めそやしたい。


そんな資格私にはないけど。


あの格好のリュート様にデートにでも誘って頂けたらどれほど幸せだろう。

公園を散歩して、観劇にでも行って、夜はディナーを楽しんで…………その後は………。

いや、そんな資格私にはないけど。


「フラウも応対をしてくれてありがとう。すまないがお二人にお茶のお代わりを頼んでも良いか?」

「あっ………は、はいっ………」


ポーッと見惚れてる場合じゃない。

私はシスターとはいえ、与えられている仕事はこの家の雑務処理、ようはメイドだ。

メイドの不手際は主人の恥。 リュート様の為にもしっかりしないといけない。


慌てて近くに置いてあった台車からポットをとり、ソファーに腰かけるフォルテ様とアリア様のカップにお茶を注ぎなおす。


「あ、ありがとうございますっ………」と会釈をするフォルテ様に頭を下げ、横に座るアリア様のカップに手を伸ばして身を掲げた時、


「………リュート様、素敵ですね」

「…………っ」


私の耳元でそう囁いてきたアリア様を驚いて振り返ると、アリア様は僅かに微笑を浮かべて私の瞳を見つめて来ていた。


「は、はい………あ、ありがとうございます」

「ふふっ………いえいえ」


なんで私がお礼を言っているのだろうか。

可笑しそうにクスクスと笑われたし。

恥ずかしい。


それにしてもアリア様ってこういう冗談を言う方なんだ。

もっと冷徹な感じの方ってイメージがあったんだけど………。


………いや冗談なのかな?


ていうか冗談っていっちゃうとリュート様に失礼じゃないかな?

実際の所、リュート様が素敵な事は間違いが無い事実なんだし。


「フラウ?」

「あっ、す、すみません………」


不思議そうに首を傾げるリュート様に見つめられて顔を赤くしたところで、またアリア様にクスクスと笑われた。


いきなり恥ずかしい思いをしたけれど、私の役目はここからだ。しっかりしなさいフラウ。


ここからならリュート様の表情の変化も観察できるし、何か異変があればすぐに気が付くことができるよね。 冷静に努めなければ。


「さてでは改めて、お忙しいところで時間を取っていただきありがとうございます。リュート様」


「あ、ありがとうございますっ!」


「いえいえ、お二人に比べれば忙しいなんてことは全くないですよ。むしろお呼び立て頂ければこちらから伺っても構いませんでした」


「リュート様に対してさすがにそんな無礼を働けません。昨日の連絡で今日こうして伺っただけでも失礼だというのに………」


「も、申し訳ございませんっ」


神姫二人に頭を下げられて困り顔を浮かべるリュート様。


普段は余りにも質素な生活をしているせいで実感が湧かないけど、こういう光景を見ると本来であれば私なんかが話しかけられるような人物じゃないってことがよく分かる。


………。


………いやいや、誇らしくなってる場合じゃない。

そもそもリュート様は私の恋人でも何でもないんだし………。

むしろ私はリュート様に対して性犯罪を犯した強姦魔で…………。

………なんだか………胸が痛い。


「それで、今日はどういったご用件で?」


フォルテ様とアリア様が顔を上げたタイミングでリュート様がそう声を掛けると、フォルテ様はサッと緊張の色を顔に浮かべた。

一方のアリア様は無表情のまま。

先程微笑を浮かべた時は凄く可愛かったけど、こうして無表情でいるのを見ると少し怖くすらある。


「そ、それはですね………その…………お聞きしたいことがあるというか………」

「聞きたいことですか? 私に答えられることであればなんなりと」


リュート様も冷静な表情だけど、アリア様と違って冷たい感じがしない。

………。

私が見慣れてるからかな?

リュート様がお優しい事は分かりきってることだし、感情を表現するのが苦手なだけだってよく知ってる。

だからこそあの時、私を相手に顔を赤らめてくれた事が嬉しくて、どうにも自分を止められなくなっちゃったわけだし。


「手短に話しますと………じ、実はですね………私、任務中に失態を犯しまして………」

「失態ですか?」

「は、はい………ある街に反皇国勢力が拠点を構えていまして、その撃滅任務を任せられていました。 ですが………敵のリーダー格を捕らえたは良いものの、牢から逃げ出されてしまって………」

「それは、大変ですね」

「は、はい………すみませんっ………」


リュート様の表情に変化はない。

事前にベスから情報が伝わってきているし、この話は既に予想済み。


「それで………その話と私にどのような関係が?」

「あ、あのですね…………その…………えっと………」


リュート様に真っ直ぐに見つめられたフォルテ様は顔を赤くしながらしどろもどろ。

これではどちらが尋問をしているのか分かったもんじゃない。


オロオロとし始めたフォルテ様は、結局縋るような眼をアリア様へと向けた。


「ア…アリアちゃん……」

「………なに。 ちゃんとお聞きして。 リュート様をお待たせしてるのよ」

「た…助けてよぉ………」


涙目になり始めたフォルテ様は、なんだか小動物みたいだ。

結構身長も高いしすごくスタイルが良いのに、仕草や表情は少女みたいな人。


「フォルテ、あのね……あなたの管理不足が原因でこんな事になってるのよ? 私が聞いてたら仕方ないでしょ?」

「そ、それは分かってるけど………」

「………」


「はぁ……」とため息をついたアリア様は、フォルテ様にジトッとした視線を向けてから、結局リュート様へと視線を移して居住まいを正した。


「捕えられていたのはリゾルート・アルト。元王国騎士団 第3騎士団の団長です。お名前はご存じかと」

「それは随分と大物ですね。捕らえるには随分と苦労をされたのでは?」

「………」

「は、はいっそりゃもうっ………こっちの被害も相当なもので………」


ポーカーフェイスのままのリュート様に、フォルテ様は慌てながらウンウンと頷いて見せる。

………。

この人大丈夫なのかな?

こんなに素直な性格で神姫とかちゃんと務められているのだろうか。


「それでですね。今回リュート様にお時間を取っていただいたのは、リュート様が最近手に入れたという奴隷との関係について精査させていただきたく………」

「あぁ、ヴィオラですね」

「そ、そうですっ。リゾルート・ヴィオラさん。リゾルート・アルトの実妹ですよね………?」


おどおどとリュート様に尋ねるフォルテ様に、リュート様は静かな面持ちのまま頷いて見せた。


「………なるほど、アルトなる人物をここで匿っているのではないかと、疑いが掛かったわけですね?」

「う、疑いという訳ではっ………! そ、そのっ………お、お許しくださいっ………あくまでも確認というかっ………リュート様が反皇国勢力を匿うなどと思っているわけではないのですがっ………」


どこから情報が伝わったかは知らないけど、どう考えても疑っていますよね。

でもまぁ、リュート様もヴィオラ様の存在を隠そうとはしていないし。

神姫が動いているのを見るに、疑っているのは教会の上層部に違いない。

………。

教会の上層部って……………。

これ、神姫が動いたのって私のせいじゃない?


どこからって………情報漏らしたの私じゃない?

報告書にヴィオラ様の名前書いてたし。


「うぐっ………」

「どうしたフラウ?具合悪いのか?」

「い、いえっ………な、何でもありませんっ………」


間抜けすぎる。

どうりでベスが何とも言えない顔で私の事を見ていた訳だ。

知らない間にリュート様への不貞を働いていたとは………。

いやでもあの時はアルト様の存在なんて知らなかったし………。


なんで私はこう……いつも失敗ばっかりするんだろうか。


「フラウさんの具合も芳しくないようですし、単刀直入にお聞きする無礼をお許しください。リュート様はアルトの行方について何かご存じでいらっしゃいますか?」

「いや、知りません」

「………」

「そ、そうですかっ!!それはよかっ………い、いえ………それでしたらもう長居は無用っ!!さぁアリア!帰ろっ!!」

「………」

「ア、アリア………?」


ガバッと立ち上がったフォルテ様が戸惑う横で、アリア様は感情の読み取りにくい視線をじっとリュート様へと向け続けていた。

何を考えているのだろうか。

その冷たい視線に晒されるリュート様の表情にも、やっぱり変化はない。


「リュート様。ヴィオラさんに御目通りは叶いますでしょうか?」

「ア、アリア!」

「ちょっと黙っててフォルテ」

「で、でもっ………」


奴隷は個人の所有物。

ましてやそれは性奴隷の様に個人の隠された趣味嗜好が反映されている事も多く、貴族や大商人などの奴隷は人前に晒さない事が一般的だ。

相手の所有している奴隷に対して興味を示すことすらマナー違反であるとされ、いくら神姫といえどリュート様程の人物に奴隷を見せろと要求するのは越権行為に他ならない。


フォルテ様の慌てっぷりを見てもこの要求が教会からの指示であるとは思えない。

恐らくアリア様の独断なんだろう。


「構いませんよ」


しかしリュート様は事も無げにそう言って頷くとやおら立ち上がり、廊下の奥にある部屋に向かって姿を消していった。


「………」

「ア、アリアちゃん……まずいってぇ………」

「黙っててフォルテ」

「そ、そんなこと言っても………」


じっとリュート様が消えていった扉の向こうへとアリア様が視線を注ぐ中。


キィッ………と扉が軋む音を立ててそこから姿を現したのは………


「あ…………うっ………!?」

「っ………!?」


汚れだらけの服を身に纏い、粗末な服から除く肌のあちこちに傷跡や痣のあとを残すヴィオラ様。

リュート様が抱えあげるその体は、恐怖心の為に震えているように見えた。


「ヴィオラです。無礼をお許しください。四肢が動かないものですから」

「っ!? い、いえっ………こ、こちらこそ無理をいってしまって………」


リュート様が無表情にヴィオラ様を見つめる中、フォルテ様だけでなくアリア様までもが顔色を蒼白にした。


「元王国の騎士団は特殊なマナ操作を会得しているのはご存じですか?」

「あっ………は、はい………そ、それは………知っていますが………」

「彼らは体を通さずに体外でマナを操作する術を身に付けています。門外不出とされるそのマナ操作は長らく謎に包まれ、私達魔導技師にとって喉から手が出る程欲しい知識の内の一つだった」

「そ、そうですか………」


リュート様が腕の中のヴィオラ様を見つめると、ヴィオラ様は殴られるのを恐れるようにビクリと身体を縮めて見せた。

ギュッと瞑られた目、震える肩。

見ているこっちまで、彼女の恐怖心が伝わってくるかのようだ。


「体外からマナを操作する術を魔道具に応用できれば、遠隔操作が可能になります。いちいちマナの補充のために魔道具のメンテナンスを行う必要も無くなり、そのマナ操作の方法が解明できれば魔道具に革命が起こることは自明の理です」

「は、はぁ………」

「ですから、今回の大戦においてこのヴィオラを手に入れられたことは私にとっては僥倖でした。」


そういってリュート様はヴィオラ様の身体を自分が座っていたソファーに座らせた。

特に不審な動きではないものの、いつもの壊れ物を扱うような手つきを知っている私から見れば、リュート様が精いっぱいぞんざいにヴィオラ様を扱おうとしている様子が手に取るようにわかった。


リュート様ポーカーフェイスは上手だけど、動きまでは演技しきれてないかもです。


もっと投げ出すようにするか、そもそもソファーに座らせなくていいのでは?


さすがに踏みつけるなんてことはできないだろうけど。


「さらに言えば、副次的な産物ではありますが、ヴィオラは容姿も優れている」

「そ、そうですね………」

「た、確かにお綺麗ですが………」


フォルテ様とアリア様が見つめるのはベスが施した特殊なメイク。

顔についた痣、手首についた痛いたしい縄の跡。

明らかに日頃から暴行を受けていると一目で分かる様につけられた傷の数々。


「研究の素材としても、奴隷としても満足していますよ。これで四肢が動けば完璧でしたがね」

「は、はぁ………」

「それで、アルトに関することなのですが………」

「は、はいっ!!」


リュート様の顔が自分に向いた途端にビクリと身体を震わせたフォルテ様を見て、リュート様は無表情のままのヴィオラ様の肩に手を置いて微笑んで見せた。


「もし捕らえられたら、私に譲っていただけませんか?」

「は、はいっ!?」

「研究材料は多ければ多いほどいい。もしこのヴィオラが使い物にならなくなったとしても………代わりがいれば研究を継続することができる」


「か、代わりって………」

「いや、使い潰すつもりは無いのですがね。万が一という事がありますから」


「は、はぁ………そうですか………」

「それとも処刑されてしまうのですか?」

「い、いえ………それについては教会でも扱いは揉めていましたから何とも言えませんが………リュート様程のお方が声を上げればもしかしたら………」


「そうですか。ではその時には是非お二人からも口添えをいただけますかね?」

「は、はいっ!! そ、それは勿論っ………」

「ありがたい。よろしくお願いしますね」


リュート様、お上手です。頑張ってます。

青い顔をしながらベスと私相手に練習し続けた甲斐がありましたね。


ヴィオラ様も空虚な無表情がお上手だし………。


もしかしてこの中で一番演技下手なの私じゃないのかな。


「それで、まだ何か聞きたいことはありますか?」


スッと無表情に戻ったリュート様を見てフォルテ様がビクッと震えて青い顔をし、


「いえ…………もう十分です………ありがとうござました」


なんだかアリア様が悲しそうな表情を浮かべて頭を下げ、この日の神姫二人による訪問は終わりを迎えることとなった。


気になったのは、最後に見せたアリア様の表情。


神姫の中では一番リュート様との交流が多いらしいという彼女は、どんな思いを胸中に抱えて帰っていったのだろうか。


リュート様に熱を上げているという風の噂を聞いたこともある。 お父様がリュート様とアリア様の婚約を熱望しているという噂も。


………その噂が本当だとすれば、相当なショックだったろうな。


というか、大丈夫だろうか?リュート様。

アリア様ってあれだよね…………マラケス様のご息女…………。


まぁでも…………二人が帰った後のリュート様の様子を見ればすぐに誤解が溶けただろうけど。



「ヴィ、ヴィオラ………すまなかった………許してくれ………」

「何謝ってんのよ。打ち合わせ通りだったでしょ。謝る必要なんて無いわよ」

「それでもだ………本心ではないんだ………許してくれ………」

「わ、分かってるわよっ!!そんなことこれっぽっちも思ってないってば!!」

「やぁ、リュート様、迫真の演技だったねぇ!ちょっと怖いくらいだったよ!まさか普段からヴィオラにあぁいう仕打ちを?」

「うぐっ………」

「おや?」

「姉様っ!ちょっと向こうに行ってて!だ、大丈夫よリュート!本当に本気になんかしてないから!!」




その晩、今日の湯浴みはリュート様にやって欲しいから、と私の事を断ったときのヴィオラ様の表情は、それはそれは可愛らしかった。


こんな私でも、嫉妬するのが馬鹿らしくなるほどに。












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