第10話 僕の本当の気持ちは 本当に本物?

12月20日


カノンから連絡が入った。


兼ねてより足取りを追っていたヴィオラの家族についての情報だ。


父親であるフラットに関しては懸念していた通り、戦で死亡していたことが判明した。

王都攻防戦のおり皇国の軍勢に捕えられ、戦闘継続中に関わらず処刑が行われていたらしい。刑を執行したのは皇国救世軍特級神姫、スケルツィオ。皇国最強と称される神姫だ。


母親に関してはヴィオラの兄と共に行方が分からないままだが、今回のカノンの報告では姉のアルトの所在を掴むことができた。


王国騎士団。


既に壊滅し、ヴィオラの父という旗印を失ったそれは元の組織とはかけ離れた存在になっているという。


ようはレジスタンスだ。


ヴィオラの家は父親とヴィオラばかりが有名だが、姉であるアルトも優秀な騎士だという。


………どうすべきか。


彼女にコンタクトを取ることは、ヴィオラを危険に巻き込む事にはなりはしないか。


………いや、迷うべくもない。


ヴィオラは四肢が動くのならば、迷うことなくアルトに会いに行くだろう。


彼女が望むことが、私の為すべきことなのだ。






◇ ◇ ◇






皇国後皇后付き魔導技師アニマ・リュート。


皇国アポイタカラ級魔導士、皇国正教会聖都本部大司教リタルダント・カノン。


王国滅亡の原動力となった大物二人の名が連ねられた書状が届いた時、一体何の冗談かと思った。


罠にしてはあからさますぎて、真実にしては大げさすぎる。


「お二人が皇国でお待ちになっております」


妖しい光を瞳に浮かべたその女は、紫色のポニーテールを揺らしながら微笑と共に首を傾げた。


「何のためにだい? こんな危険な書状まで書いて……」


「貴女への誠意をお伝えするためです」


興味はあった。


しかし同時に恐怖心もあった。


何故わざわざ敵地のど真ん中などに飛び込んでいかなければならないのか。


もし捕らえられでもしたら私は………。



「リゾルート・ヴィオラ様」


「っ!?」


「リュート様が皇国内の奴隷市で発見後、匿い、現在リュート様のお住まいに於いて治療を行っておいでです」



生きていたのか?


地下牢の隅で息絶えたのではなかったのか?



「ヴィオラ様は王都攻防戦の際に捕えられ、その後の拷問が原因で現在四肢が動きません」



父は遺髪すら弔ってやることができなかった。

母も、兄も未だに行方が知れず。

ヴィオラは、せめて亡骸だけでもと、そう思っていたのに。



「ですが、それ以外は至って健康でいらっしゃいます。リュート様が奴隷市からの救出後、生活の全てを賭してヴィオラ様を守っておいでです。」



また、あの子と会う事ができる?



「御本人にアルト様と再会する意志があるかお尋ねした所、会いたい、と」



私の可愛いヴィオラ。



「…………」


「………どうされますか?」


「会いに行くに決まっている。連れて行ってくれるかい?」


「承知いたしました。ではまず、」


キンッ


という音共に、ベスと名乗ったその女は、腰に下げた二振りの短剣を抜き放った。


「無事にここを出なくてはいけませんね?」


元王国領都市リテラート、その地下牢においてその日、


「私の剣はあるか?」


「牢の外に衛兵が5人程眠っているようですから。その者の剣なら転がっているかと」


「分かった」


反皇国勢力、元王国騎士、第三騎士団長アルトが何者かの手引きによって脱走する事件が発生した。


追跡調査の任に当たったのは、反皇国勢力撃滅の任務中であった特級神姫フォルテ。


皇国が擁する神姫達の内、最も穏健派として知られる人物である。





◇ ◇ ◇





「フラウ、そこの胡椒の瓶をとってくれないか?」


「……………」


「フラウ?」


「ひゃっ!?ひゃいっ!!」


「………どうした?」


「あ………い、いえ………ど、どうもしません!こ、これですね!はい!」


大変だ。


リュート様のお顔を直視できない。


マナプールとしての役目を請け負ってからというもの、慣れるどころか日に日に私の症状は悪化している。


「………フラウ」


「はひっ!!」


「それはニンジンだが………」


「はぇっ!?」


もう駄目。

リュート様が近くに居るとヴィオラ様の治療の時の事を思い出してしまって、まともな思考ができない。

我ながら重症だと思う。

胡椒を取れと言われてニンジンを掴むくらいには重傷。


「大丈夫か? 具合が悪いとか………そういえばちょっと顔が赤いぞ?」

「はっ!? あっ、い、いやっ、これはっ、そのっ」


心配そうな顔をされて、おでこに手を当てられただけで「ひゃぁっ!!!!」と叫び声をあげるくらいには重症。


あぁ、駄目………。


そりゃリュート様は元々かっこいいけど、もう今の私にとっては神々しくすらある。

優しい黒い瞳、ちょっと寝癖のついている黒い髪、凛々しい眉。


なんでこんなにカッコいいのに周りの女性が言い寄ってこないのか不思議で仕方ない。

まぁ確かにちょっと目つきが悪いかもしれないし、ちょっと不愛想かもしれないし、ちょっと得体が知れないところはあるかもしれないけど、それがリュート様の魅力だって気付かないものだろうか?

………いや、言い寄られたら困るんだけど。

リュート様が他の女性に言い寄られる所なんて見たら相当ショックだ。

下手したら心臓が止まるかもしれない。


「ちょっとリュート、気安く女の子の顔に触るもんじゃないわよ。変態」

「へ、へんたっ………!?」

「………べ、別に私は構わないですけどっ!」


一方でヴィオラ様、最近イライラしているように見えるのは気のせいだろうか?

ベスには「あんたなんか要らない」とまで言われてしまったけど、やっぱり私、上手くヴィオラ様を助けることができていないのかもしれない。


そりゃそうだよね。


私、毎回治療の時には気を失っちゃって一度たりともヴィオラ様のお役に立てていないもの。

ベスは私がマナを貰うだけでも治療の助けになるとは言ってたけど………。

私が気を失った後って、やっぱりお二人は治療行為を続行しているのだろうか?


「熱はないみたいだが、休んだ方が良いんじゃないか?」

「そうね、フラウ。今日はもう休んだ方が良いわ。部屋で寝てきなさいよ」

「いえいえ!元気です元気っ!すこぶる元気ですっ!!」

「そうはいってもフラウはすぐに我慢するから………」

「絶対休んだ方が良いわ。部屋で寝ないとダメ。部屋に行きましょ?ほら、二階のあなたの部屋に行きなさいよ。無理しちゃ駄目」


何故だろうか。

何だかヴィオラ様が私の事を猛烈に部屋に追い立てようとする。

ひょっとして私、ヴィオラ様にきらわれてる?

でもそれでも………。


いやだ。


部屋になど行きたくない。


折角今日はリュート様と二人で食事の準備をしているのに。


「元気ですって!!ほらこの通りっ!」


ムンッ!


と腕を上げて見せたは良いものの、ドジな私の手からは何故か握っていたニンジンがスポンと飛び出し、


「あっ!?」


慌ててそれを掴もうと腕を伸ばせば、


「ひゃっ………」


ドンッ!と飛び込んでしまったのはリュート様の胸の中。


パシッとニンジンを掴んでくれたリュート様に「ナイスキャッチ!」などと称賛を送れれば良かったけれど、私の肺は意思とは逆に「ひゅっ」と息を吸い込んでそのまま硬直した。


「大丈夫かフラウ?」

「あっ…………だっ……………だぅ………」


あ、あ、あったか………リュート様の腕の中…………あったかぁ………。


ていうかなんか、リュート様良い匂いが………な、なにこの匂い………なんか……安心する。

リュート様の匂いってこんなんだったっけ?


「すぅっ…………はぁっ……………すぅぅっ…………」

「フラウ?」


あ、ちょっ、ど、どうして引きはがそうと………やめてっ………もうちょっと………。


「すぅぅぅっ…………え、えへ…………リュート様ぁ………」


前はもっと長い時間抱きしめ返してくれてたのに、なんで?

頭だって最近撫でてくれないし。


「お、おい………フラウ………流石にくっつきすぎだ………こんな所誰かに見られたら………」


見られたっていい。

誤解じゃないもん。

リュート様以外にだったら何を思われても平気。


あぁ………それにしてもなんて魅力的な………。


「誰かにって、私のことは眼中にないってことかしら?」


あら?

ヴィオラ様?


「はっ!?い、いやっ!!ちがっ………違う!!」


「はん。そうよね。私なんて手足も動かないもんね。あーあー、良かったですね。金髪美少女にベタベタされて。はいはい、ご馳走さま。お邪魔でしたね。私は部屋で寝てますよ。」


「違うっ!!ヴィオラっ!ま、待ってくれ!!」


あ、ちょっ………リュート様っ!!


「………なによっ」


「ご、誤解だっ!」


「何が誤解なわけ?」


「いや、すまない………その………ヴィオラは俺とフラウの関係については知っているから誤解が生まれないという思いだっただけで………っ」


あら?


なんだろうか、この雰囲気。


「はぁ? 誤解って何? 私が誤解したってこと? 別に私は誤解なんかしてないわよ? フラウは可愛い。そのフラウにギュウギュウされたらリュートは嬉しい。そして私はお邪魔虫。どこが誤解?事実しか認識してないけど?フラウにくっつかれて嬉しそうにしてたじゃない」


なんだか、浮気を見咎められた夫とその妻みたいな………。


「う、嬉しそうにというか………ほら、俺は昔からフラウのことを知ってるわけで………」


「昔から知ってるから何? 現実としてフラウはあんなに可愛いのよ? 嫌な気持ちにならない男なんていないわよね、そりゃそうよ。」



じゃあ、私は浮気相手で、ヴィオラ様が本妻って構図?


あれ?


ちょっと待って?


これ、まずくない?


リュート様?


「いや、その………す、すまない………」


「なんで謝るのよ? 別に謝ることなんてなくない? 私はリュートの恋人でも妻でもないんだし。それともなに? 私が嫉妬してるとでも? 」


「い、いや………そんなつもりでは………」


え?


違うよね?


今まで女性に興味とかなさそうだったもんね?


「そもそも私とフラウなんかじゃ勝負にならないわよ。こんなに可愛くて良い娘なんて他にいないもの。私は可愛げないし、目つき悪いし、性格悪いし、なんもできないし、そんな私がフラウに対して嫉妬?するわけなくない?身の程くらい弁えてるわよ」


「い、いや………」


「リュートだって………………私のことなんか可愛げないって思うでしょ?」




あ。


ちょっと。


それずるい。




「そんなことないっ!!」


「ぅっ………」



ほら。

やっぱり。



「ヴィオラは………き、綺麗だ………」


「んぐっ………!」


「芯が強い所も好きだし、何より君は心の美しい人だ。目だって………その………か、かわ………」


「〜〜〜〜〜っ!!!」



え?


いま好きだって口走らなかった?

聞き間違い?

あ、いや、人間として好きってことだよね?

尊敬って意味の好きね。


ていうか「かわ………」なに?

それ、私も言ってもらったことない言葉?



「も、もう良いわよ………分かったってば………」


「そ、そうか………」



なんで見つめ合って顔赤くしてるの?

どして?

さっきまで私が良い雰囲気だったはずでは?

気づいたら蚊帳の外なんだけど。


「部屋は………どうする?」


「………いい、ここにいる」


部屋に戻りかけていたヴィオラ様の車椅子を、リュート様が後ろに回って支える。

ヴィオラ様はその間もずっとリュート様のことを見上げていて、リュート様だってヴィオラ様から目を離せないでいて………。


気付いた時には手遅れって………そんなことある?


リュート様に限って、そんなこと起こるわけないって油断していた。

まだ、間に合う?

それとも、もう無理?


血の気が引くって、こんなの。


「りゅ………リュート様………」

「ん?」


私を見つめる瞳はいつもと同じ温度。

温かくて、優しくて、まるで…………。



まるで…………


「どうした?」


父親のような……………。







◇ ◇ ◇






フラウの態度がおかしい。


とにかくリュートにくっついて離れようとしない。


………いや、それだと前と変わんないか。


でも前までは一定の距離感を保っていたというか………あからさまな接触というものは無かった。


それがここ数日というもの………


「リュート様……っ♡」


いつも身体を摺り寄せ、リュートの腕に自分の手を絡めたり、


「リュート様ぁ♡ ふぅ………♡」


後ろから抱きついて、耳元に息を吹きかけたりととにかく積極的。



「お疲れ様ですっ♡ ほら………温かい飲み物淹れましたから………どうぞ?」

「ん? あぁ………うん、美味い………なんだこれ?」

「疲れに効くんですよ♡」

「そうか、美味いな。今度レシピを教えてくれ」

「勿論ですっ♡」


そんなフラウを甘やかすリュートを見てると、何故かムカムカしたりイライラしたりしたものの、まぁ………我慢できない程じゃなかった。

私に対しては変わらずに献身的に尽くしてくれていたし、そんなフラウに対して辛辣な態度をとるわけにはいかないもの。


「………」

「リュート様?」

「ん………?あぁ、すまん………少しボーっとしてたか」

「………お疲れなんですよ。きっと」

「そうかな? そんなことないが………それよりフラウ。これ、もう一杯貰えるか?」


でも、この晩のフラウは少し様子が違った。


「いいえ、あまり飲みすぎも駄目ですから………」


そう言って椅子に座るリュートに近寄っていったフラウは、自分を見つめるリュートに微笑みかけながらスルリとその膝の上に腰かけたのだった。


「フ、フラウっ!?」

「あんっ………暴れちゃ駄目っ♡」

「な、なにをっ……もがっ………!!」

「こうやって抱きしめられると疲れが取れるって聞いたんです♡ ほら、力を抜いて♡ 良い子良い子してあげますから………♡」

「こ、こらっ………こんな事してはっ……!!」

「良い子いい子っ♡」


今日着て来ているのは柔らかい布地のワンピース。

薄いブルーのそれは胸元が大きく開けられていて、スカートも太ももが露わになるほどに短い。

そんなフラウがリュートの腰の上に跨れば当然のように足の付け根近くまでが晒され、艶めかしく腰を動かすたびにチラチラと下着のお尻が見える。

それだけでも破廉恥なのに、あろうことかフラウは自分の胸をピトッとリュートの顔に押し付けたのだった。


「っ………!?」


この数日、フラウが行う私の世話の速度はどんどん手際が良くなった。

結果として夕食までの時間や湯あみの時間の後に僅かに空白の時間ができるようになり、私はその時間をリュートの作ってくれた補助器具を使って読書に費やすことが増えた。


ただこの日は最近のフラウの行動に危機感を覚え、芋虫の様に這って車いすに乗りこんでキッチンまでやってきてみたらこの光景。


思わず息をひそめてしまったけど、これって覗き?


声を掛けるべきか否か、止めに入るべきか否か、バクバクと早くなる鼓動に焦燥感ばかりが募る中、フラウの行動はどんどん過激になっていった。


「ふふっ♡ リュート様、赤くなっちゃって可愛いっ♡」

「フ、フラウっ!!」

「もうっ♡ だーめっ♡ 逃げようとしないでっ♡」


ぐいぐいとリュートの顔を胸ではさみ、藻掻くリュートの頭を抱え込んで離そうとしない。

それどころかリュートの髪に鼻をうずめてクンクンと匂いを嗅いではうっとりと顔を蕩けさせ、時折ピクッと身体を震わせる。


いつもあどけない表情を浮かべていたフラウの顔は薄っすらと目が細められ、信じられない程に艶のある唇が妖しい微笑を浮かべていた。


「リュート様………癒して差し上げたいんです………♡」

「癒されたっ!!もう癒されたっ!!!」

「まだダメ♡ 大人しくしてくれないと離しませんよ?♡」

「フラウっ!!わ、分かった!分かったから……!」


戸惑うリュートが抵抗を止めても、フラウはリュートの身体の上から降りようとはしなかった。

緩やかに腰を振りながらグリグリと股間をリュートの下腹部へと押し付け、


「ちゅっ………れろっ………」

「っ!!?」


大人しくなったリュートの首筋へ吸い付き、舌を這わせ始める。

一体何があったというのか。

数日前のフラウからは考えられないほど戸惑いの無い行為に、私は頭が真っ白になる思いだった。


「気持ち良いと………疲れが抜けますから………♡」

「うぐっ…………」

「ね?♡ 力を抜いて………♡」


フラウの赤子をあやすかのような甘い声。

ちゅぅちゅぅとリュートの首筋に吸い付くキスの音。


私が感じている感情は、上手く言葉では言い表すことができない。


嫉妬とは少し違う気がする。

怒りとも違う。


強いて言うならば、




怖い。




「リュート様………見て………」


私の位置からではフラウの身体に隠されて見えないその先で、


「ダメ………見て………?」


フラウは短いスカートをそっと持ち上げ、何かをリュートに見せつけた。


「分かりますか………?」


止めなきゃ。

おかしいよ。

こんなの絶対におかしい。



「リュート様のことを思うと、いつもこうなっちゃうんです………」



なんて声をかければいい?

フラウを傷つけはしない?

いや、でもそんな事を気にしている場合じゃ………。



「エッチな娘だって思いますか………?でも………全部リュート様のせいなんですよ………?」


「だ、駄目だフラウ………そんな事するもんじゃない………」


「………どうしてですか?」


「どうしてって………! じ、自分を大切にしないと………」


「大切にしてきました」



声をかけなきゃ………。

声を………。


でも、


「リュート様以外にこんな事絶対にしません。リュート様だから………私………」


………私に、


止める権利なんてあるの?



「………大切にするだけじゃ駄目だって気付いたんです」


どれだけ長い間フラウがリュートのことを想ってきたか。

どれだけ長い間フラウがリュートに尽くしてきたか。


私は知らない。



「そうじゃなきゃ、リュート様は私のことを女として見てくれない………」

「フ、フラウ、俺はっ………!!」


突然泥棒猫に忍び込まれ、マナの注入なんて言ういかがわしい治療をされ、


「私はリュート様のことを、男性として意識しています」

「っ!?」

「ううん、意識なんて言葉じゃ足りません。」


最愛の人を目の前で略奪しようとする女が現れたら、私だってフラウのようにリュートに迫るかもしれない。



「ずっと好きです。小さい頃からずっと。………リュート様のお嫁さんになりたいんです。その為だけに、今までを生きてきました」


「俺は………」


何か言おうとしたリュートの口をそっと手で押さえ、


「知ってますよ?リュート様の気持ち。言わなくても」


微笑んだフラウの顔に悲壮感は無かった。



「でも、だから何なんですか? 私がリュート様のことを好きでいちゃ駄目なの?」


「フラウ………俺なんかよりもお前に相応しい男が――――

「居ません」


ピシャリと言い切ったフラウは微笑みを浮かべたまま。


「絶対にいません。有り得ません。もしリュート様よりも大切な男性を見つけるのなら、私は過去に戻ってリュート様に出会わないようにしないといけません」


「………フラウ」


「………どれだけ私がリュート様に恋焦がれてきたとお思いですか?」


「………」


「リュート様だけです。私には。………リュート様以外なんて嫌。」


「………」


「全て捧げます。身も心も全て………」


そっと伸ばされた手は、リュートの下半身に消えたように見えた。


「っ!?」


はぁ………、と嬉しげな息を吐き、再び目をトロンと蕩けさせたフラウの腕がもぞもぞと動く度に、固まってしまったリュートの顔が真っ赤に染まっていく。


「いつも………想像していたんです………」


リュートの耳元で囁く声は、何故かはっきりと私の耳まで届いた。


「リュート様と………こういうことをするの………いつも………」


見たくなんかないのに、目が反らせない。

止めなきゃいけないのに、声が出てこない。


器用に片手でワンピースの首筋のフックを外したフラウは、ためらいもせずに服の肩口から腕を抜き取った。

綺麗な肌。

私よりずっと大きい形の良い胸。


「目を逸らさないで………」


手を取られ、その胸にフニュリと押し付けられてしまったリュートは完全に思考が停止しているように見えた。


「んっ………リュート様の手、気持ち良い………♡」


今までの話から想像するに、たぶんリュートは女性に対する耐性なんて殆ど無いはず。

元々奥手な性格だろうし、フラウの様に強引に攻めるのが正解なんだろう。


「好きにしてくださって構わないんですよ………?♡私はリュート様のものなんですから………♡」


頭の中に浮かぶのは、どうすればフラウを傷つけないで済むのかなんて、そんなところじゃないの?

リュートの事だし、こうなってしまったらはっきり拒絶するのは難しそう。

フラウもリュートの事はよく分かっているだろうし、ここまで強気に攻めていくのはいける確信があるからなのかもしれない。


それとも、リュートもしたいの?

そういう事。


「こっちも………♡ んっ………♡」


私ですればいいじゃない。

抵抗なんかできないんだし。


したかったんなら言えばよかったじゃない。

断ったりなんかしないんだし。


私が、リュートとそういう事したくないとでも思ってるわけ?


「ぁ…………っ♡」


私では興奮しないってこと?

あんなに顔を赤くして恥ずかしがってたのは、全部私の勘違いだったの?

それとも、誰とでもいいとか?


「リュート様………指……動かして?」


どこ触らせてんのよ。

腰くねらせて。

リュートももうちょっと抵抗しなさいよ。


「………リュート様、苦しそう♡ ドキドキしてますか………?」


腹立つ。

何がドキドキよ。

そりゃそんだけ痴女みたいな行為に出れば反応するわよ。


「リュート様………欲しいです。リュート様の………駄目ですか?お願いです………」


何させてんの。

リュートもそんなに恥ずかしいなら目ぇ逸らしてよ。


「欲しい………リュート様………欲しいよ………」


ダメよ。


ダメだってば。


やめてよ。


このままいったらもう止まらないじゃない。


………もう最悪だ。


終わり。

もう、止まらないわよこんなの。

既成事実を作られて、このままフラウにリュートを奪われて終わり。

目の前でなんて………。

最悪の初恋だ。




「………ヴィオラ様だけじゃなくて……私にもください…」




………?


「………え?」


「してるんですよね………? ヴィオラ様と」


「フラウ………?」


「気持ちよかったですか………? 何回したんですか………? どういう風にしたんですか?」


「………」


「私だってリュート様を気持ちよくしてあげられます………」


「フラウ………俺は………」


「リュート様」


どういう事?

勘違いしているの?

私とリュートが、既に結ばれているって。


「私にもして」


だからこんなに積極的に迫ってるの?

盗られたと思ってたの?

自分の最愛の人が。


「私にも興奮してくれて………嬉しい………」


だったらやめようよ。

まだ間に合うから。

違うから。


もういいでしょ?

リュートだってもうフラウを子ども扱いなんてできないよ。

十分だよ。


「良いよね………リュート様………気持ちよくするから………ね?」


良くないよ。

勘弁してよ。

頼むから………






「良くないわよ阿呆」






「え?」


バンッ!!!!


と音を立てて開かれたドアの向こうに立っていたのは、


「何してんのあんた?」


憤怒の表情を浮かべたベス。


「あっ………いやっ………こ、これは………」


アタフタとリュートの腰の上から立ち上がるものの、上半身は既に一糸まとわぬ姿だし、下半身のショーツもずれて色々見えちゃってるし。

フラウが顔を真っ赤にしながら服の乱れを直す中、ベスはつかつかとリュートに近寄ると、どこかボーっとした様子で椅子に座るリュートの顔を覗き込んでからフラウをギロリと睨みつけた。


「………リュート様?」


「………」


「リュート様? しっかりなさってください」


「………」


「あんた………なんか飲ませたわね?」


「な、何言ってるのよ………そんな訳………」


「…………オルの葉の匂いがする」


クンクンとリュートの口元に鼻を寄せるベスは、はた目から見ればキスしてるみたいでちょっとドキッとした。


しかもそのまま廊下の陰で隠れていた私に向けて、まっすぐに焦点を当ててくるものだから二重で驚いた。


「ヴィオラ様、こいつ、リュート様に何か飲ませていましたよね?」


「っ!!!? ヴィ、ヴィオラ様っ?」


「………」


ベスに声を掛けられて、私は仕方なく車いすを進めてのろのろと廊下の影から姿を現して見せた。

フラウの表情は愕然として目が見開かれ、とてもではないけどその瞳を直視することができない。


「い、いつから………?」


「っ………」


私は覗いていたし、フラウは抜け駆けしようとしていたし、二人して気まずい。


「ヴィオラ様?」


「う、うん………その………お茶を………」


「っ………!」


それにこれじゃぁ、最初から見てた宣言だ。


「疲労回復効果、精力増強、催淫効果………摂取量によっては意識の混濁、だったかしら? 男性の不能の治療にも使われるものよね?少量でも効果が強いはずだわ。どれだけ飲ませたの?」


「ち、ちが………違うっ………わたっ………私は…………」


「フラウ………あんたやりやがったわね………覚悟できてるんでしょうね?」


その顔に一切の遠慮なく殺気を浮かべて立ち上がったベスに、フラウが顔を青くして後ずさった時、



「お取込み中の所悪いが、そろそろ私も入っていいかな?」



玄関の外から響いてきたその声を聞いて、私は全身の肌が粟立つような感覚に襲われた。



「ヴィオラ………久しぶりだね」



玄関の扉をくぐってきたのは、私と同じ銀色の髪、赤い瞳、私より頭一つ大きな背丈。

その身を包むのは真っ白な騎士の鎧などではなく、薄汚れたフード付きのローブ。


「生きてまた会えるとは思わなかった」


「ア、アルト………お姉さま………」



私と同じ顔なのに、凄く優しい瞳。

でも、その片眼には見慣れない眼帯が嵌められ、


「う、腕が………まさか目も………?」


「私の事言えるのか?聞いたぞ、手足が動かないそうじゃないか」


苦笑を浮かべながらそう言ったアルトお姉様の左腕は、跡形もなく失われていた。


「こちらがリュートさんかい? ………具合が悪そうだが」

「この馬鹿のせいです。この後すぐに治療します」

「いたっ………ちょ、ちょっと………離してっ………」


まさか………ベス………連れて来てくれたの?

あんな雑談のような会話の中で、私が会いたいといったお姉さまを。


「どうしました?ヴィオラ様? フラウの事、今ここで処刑しますか?」


しかし、私がベスの事を見つめていると、ベスはキョトンとした表情を浮かべて怖い事を言い始める。


「しょっ………しょけ………い……?」

「何を惚けてるのフラウ?リュート様に薬を盛ったのよ?あんたリュート様がどれだけこの国の重要人物だか分かってるでしょ?神姫親衛隊に突き出せば拷問の上で極刑ね。」

「ま、待って!!」

「何を待つって言うの?ヴィオラ様も目撃してる。言い逃れなんてできないわよ?」


真顔でそう言い放ったベスを見て、フラウがさっと表情を青くする。

………。

え?

さすがに本気じゃないよねベス?


「ベス………その………フラウの事離してあげて?」

「………できません。こいつは犯罪を犯しました。しかもリュート様相手にです。看過できません」


え、まさか本気?

嘘だよね?


「べ、ベス………駄目よ。リュートだって許してくれるわ?」


私が頼んでも、ベスの真顔は一切変化しなかったけど、


「そうだな。どうやら原因はリュート様のようだし」


アルトお姉さまがそう言うのを聞いて、ベスはピクリと肩を震わせてアルトお姉さまの顔を見上げた。


「………リュート様がフラウを誘惑したとでも?」


「違うのかい?」


ブワリと殺気を鋭くさせたベスを見て、アルトお姉さまは苦笑を浮かべて見せた。


「君達、みんなこの娘と同じ症状だよ。気付かないのか?このマナの匂い。」


匂い………?

匂いって言っても………リュートの甘い香りしか………。


「催淫っていうなら、リュート様のこの匂いの方が余程私達女には毒だよ。強い者に惹かれるのは女の性だからね」


「………」


「ベス………リュート様はマナの肥大症か何かかい?」


「………違います」


「じゃぁ天然か、末恐ろしいね。そりゃぁ耐性が無い子が近くに居たらおかしくなるよ。」


「………」


アルトお姉さまはそう言って顔を青ざめさせたままのフラウの頬に触れ、優しい目をしてその肌を撫でた。


「異性の多量のマナを常時浴び続けていると行動に抑制が掛からなくなって理性が飛びやすくなる。マナ中毒だ。特にこんな風に人体から自然に漏れ出すマナで中毒症状を起こさせる現象を、通称でインキュバス症候群とか、性別が逆ならサキュバス症候群とか呼んで研究しているのは皇国の研究者じゃなかったかな? 君たちの国の神姫が、すべからくこのサキュバス症候群だったよね? しかも強制的に発症させられた」


「………」


「皇国の事情は知らないが、これ、隠してるんじゃないのかい? 男性のインキュバス症候群、しかもこれだけ強力なものなんて……皇国なら下手したら国家転覆罪で捕らえられるよ?君達の神姫が全て奪われるからね。 それとも最近起きた現象なのかな?どちらにしろ、ばれるとまずいと思うのは私の気にしすぎかい?」


「………」


「この子………フラウが捕まれば、リュート様の事も勘付かれるよ?」


「………」


はぁ………とため息をついたベスは捩じり上げていたフラウの腕を離し、


「フラウ」


「っ!! あっ………」


パンッ!とその頬に平手打ちをしてからフラウの目を睨みつけた。


「リュート様がまともな判断ができるようになったら、全て包み隠さずに話しなさいよ」


「………………はぃ」


「それと、アルト様」


「うん?」


「どうかリュート様の事、ご内密にお願いいたします」


「勿論だよ。妹の恩人だ。裏切るような真似はしない」


「………」


頷くアルト姉様に無言で頭を下げたベスの横で、フラウは肩を震わせながら俯いて立ち尽くしていた。


「フラウ………」


もし、今私が彼女の立場に立っていたら何を思うのだろうか。


………。


リュートを思うあまりに取った行動が、純粋な自分の意思ではなかったという現実を付きつけられたら。


………。


どのみちそのフラウの行動の引き金になったのは私の存在であることには違いない。


謝りたいけど、謝れば余計に傷つけることになりはしないだろうか。


「………」


抱きしめてあげられたら………すぐに解決できそうなのに。


言葉って、難しい。


………。


私には使いこなせないわよ。


こんなもの。






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