第9話 君にどうしても言えなかった言葉

12月15日


フラウが我が家に来てくれてから10日間が過ぎた。


ヴィオラとフラウはとても仲良くやってくれているようで、いつも仲睦まじく手を取り合って生活を送っている。


フラウは元々気が利く娘であったが、一緒に生活を送ってみるとそれが驚くほど実感できた。 彼女に感謝してやまない。


ヴィオラが何か気にする事があれば飛んで行って要望に応えてくれるし、今まで彼女が恥ずかしいのを我慢して私に任せて来た一切を引き受けてくれているのだ。


ヴィオラに対して私が何もする事が無くなってしまった事に一抹の寂しさを覚えるが、一番大切なのは彼女がストレスなく生活を送ること。

私が現状に対してどうこう思う事は考慮すべき点ではない。


………ただ、唯一気がかりなのはヴィオラの治療が遅々として進まない事だ。

折角友人ができそうなヴィオラに対して、目的はともかくとして、人に見せたくない姿を晒す事になる治療を強制することはできない。


………そうカノンに報告をしたら鼻で笑われてしまった。


「結局、あなたってフラウによく思われたいだけなんじゃない?」


何も言い返すことができなくなってしまったが………やはりそうなのだろうか。

確かに私は、あの治療行為をフラウの目の前で行ったら、彼女から軽蔑の視線を向けられるであろうことは承知している。

その視線に平静を保てる自信はない。


フラウは私にとって娘のような存在だ。

そのフラウから軽蔑の視線を向けられたら、私は暗澹とした気持ちになることだろう。


………しかし私の本質は、フラウが軽蔑するような人間であることに間違いはない。

どこか心の底に、フラウは私のような人間の元を離れ、大きく羽ばたいていくべきだという考えがあるのも事実。


………いい機会なのではないか?


私はヴィオラの治療を遂行する。

フラウは私とのしがらみを断ち切り、自分の足で人生を歩んでいく。


………。


例え私の元には、何も残らなかったとしても。



………。


いや、そうだったな。


お前だけは残ってくれるのかもしれないな、デューク。






◇ ◇ ◇






「マ、マナの譲渡?」


「そうそう、フラウだって出来るでしょ?シスターの研修に組み込まれてんの知ってるのよ?」


「な、なんでベスがそんな事知ってるのよ………」


「神姫親衛隊はあんた達教会の組織でしょうが。そこに所属してた私がどうしてその程度の事知らないと思ってるの?」


その日、リュートの家の私が使わてもらっている部屋には、リュート、私、フラウ、そしてベスの四人が顔を合わせていた。


私の治療に関してカノンさんからの重大な報告がある、という体で集合した訳だけど、果たしてベスの思惑通りに事は運ぶのだろうか。


リュートは事前にカノンから詳細を聞いているらしいけど、結局決行日である今日まで打ち合わせをすることなんて出来なかった。

四六時中フラウが側に控えているし、彼女がそばに居ない僅かな時間は治療に使っちゃうし。

不安は残るけどやるしかない。


………あくまでも、治療のためにね。 いや、本当に。


「それで、そのマナの譲渡がなんなの?」


不可解そうに首を傾げるフラウを前にして、ベスは一瞬私に視線を送ってからすぐにフラウへ向き直り、フンスと鼻息を荒くした。

頑張ってベス。

頼むわよ。

私とリュートのた………私の治療のために。


「ヴィオラ様の腕の治療に効果がある可能性が高いの。カノン様の分析だから間違いないわ」


「治療?………それって………もしかしてヴィオラ様の腕がまた動くようになるかもしれないってこと?」


「そう言う事ね」


「やりましょう!!」


ベスの言葉を聞いた途端にガバッ!!と立ち上がったフラウは、瞳をキラキラさせて声を張り上げた。

その眼には一点の曇りもなく、純粋に私の事を想いやってくれている気持ちが窺える。


………。


これは………結構罪悪感が凄い。


いや………でもこれしきの事でくじける訳にはいかないのだ。

もう事は動き始めている。

今更後になど引けるものか。


「要するに私がヴィオラ様にマナの譲渡を行えば良いのね?」

「違うわ」


首を横に振るベスに、フラウは不審げに眉をひそめた。


「どういう事?今の話の流れで私じゃないって………もしかして………」


そういって途端に不安げな表情を浮かべたフラウは、胸の前でギュッと手を握って黙ったままのリュートを見つめる。

………ここまでは予想通りの反応。

恐らくこの後は………、


「リュート様がヴィオラ様に行うの」


「駄目よっ!!!!!」


ほら来た。

これもまた予想通りの反応。


「何が駄目なわけ?」


「な、何がって………分かってるでしょっ!? マナの譲渡………注入なんて行ったら………」


「行ったらなに? これはあくまでも治療行為よ? やましい事なんて何もない」


すいません。

やましい気持ち、あります。


リュートにマナ注いで貰いたくて凄いストレス溜まってます。

くっつきたくて気が狂いそうです。

ベス様お願いです。何とかしてください。


「そ、それは………で、でも………そんな事許すわけにいかない………」


「何でよ。 あんたに許しを貰う必要なんてあるわけ? 身の程弁えてる?」


ビキッ………!!

とベスの額に青筋が浮かぶのを見て、私はビクッと肩を震わせて恐れおののいた。


あれ?


演技だよねそれ?


何だか殺気を感じるし、どう見ても本気で怒っているように見えるけど、演技だよね?


フラウのこと煽って誘いに乗らせるって言ってたもんね?


「私は教会から正式にリュート様の生活の補助を命じられてるのよ。 ヴィオラ様に行われる行為について正しい行いかどうかを判断する使命があるわ」


あれ?


フラウ?


どうしたのそんなに怖い顔して。


ベス、なんか空気ピリピリしてきたけど大丈夫?


「リュート様とカノン様の判断を差し置いて? カノン様の判断は教会の判断も同然でしょ? それとも何? あんたが言う教会って、もしかして他の派閥の奴らの事? あいつらが気にしてんのはリュート様の事でもヴィオラ様の事でもない。 あんたそんな事も分かんないわけ?」


「私はちゃんと自分で判断してる。別に教会の言いなりになってるわけじゃないわ。 それに、リュート様やカノン様が判断を間違う事が一度たりともないとでも言うの?」


バキッ!!とベスの口元から歯の折れるような音が響くのを聞いて、私は完全に顔を青ざめさせた。


これ、演技じゃない。


絶対に演技なんかじゃない。


「ああ言えばこう言う…………フラウ、あんた何言ってるか分かってんの? リュート様とカノン様を侮辱するつもり? 調子に乗ってんじゃないわよ?」


「侮辱しているのはどっち? 妄信的に付き従う事が相手の為になるとでも思ってるの? 間違っていることをちゃんと間違っていると言ってこそ、本当の意味で相手への奉仕になるのよ」


スッ………とベスの瞳が完全に殺気を帯びるのを見て、私は思わず声を荒げた。


「べ、ベス!! わ、私………」


「ヴィオラ様………少々お待ちくださいね?」


「ひっ…………は、はい…………」


「この頭ん中お花畑女………気に食わないんですよね、昔っから………」


私怨だ!!


リュートっ!!


この子私怨でフラウに食って掛かってる!!


「リュ、リュート………?」


「………まぁ、いつもの事だ」


いつもこんな修羅場をっ!?


「あんたはいつもそうやって理想を振りかざすけど、その理想が成就した事あるわけ?」


「っ………!?」


「あんた自身の事もそう。リュート様の事もそう。確かにあんたの言う事は正論よ。だけどね………」


鼻から大きく息を吐いたベスは、腰に手を当てて面倒くさそうな表情を浮かべ、言葉に詰まって俯いたフラウの顔を覗き込んだ。


「正論は正解じゃないわ」


「…………。」


「あんたの正論で、どれほどリュート様を傷つけているか考えたことある?」


「っ!!!?」


「い、いや………ベス、別に俺は………」


ベスの言葉にリュートが慌てて声を上げると、ベスはそんなリュートをチラリとみてからヤレヤレと肩を竦めてため息をついた。


「あんた、何がしたいの?」


「わ、私は………」


「ヴィオラ様を助けたいの? 言っとくけど、本当ならあんたなんか要らないのよ?」


「私はっ………!!」


「ヴィオラ様はリュート様の事を信頼してる。 恥ずかしい姿を見せても構わないって思うほどに。 それで今まで上手くいってたの。 だから私も変に介入したりしなかった。 一方であんたのは完全にお節介。 邪魔もいいとこよ」


「っ………」


「それとも何? お得意のリュート様を癒して差し上げたいってやつ? 今までできたこともないくせに?」


「やめてっ………」


「でも本心は違うんでしょ? 知ってるわよ? あんたは……………


「ベスっ!!!」


ボロボロと涙を流して泣き崩れるフラウを前にして、私が思わず叫び声をあげると、ベスはハッと身を震わせて自分の口を手で塞いだ。


流石に言い過ぎだ。


ベスもすぐにそのことに気付いたのだろう。


「フ、フラウ………」


両手で顔を抑えて嗚咽を漏らし始めたフラウに、ベスは顔を青くして駆け寄ると、しゃがみ込んでその肩に手を掛けた。


「ご、ごめん………言い過ぎた………」


「良いの………本当の事だから………」


オロオロとしながらフラウの背中をさするベスの顔に、先ほどまでの怒りの名残はもう微塵も残っていない。


「ごめん………フラウ、ごめん………」


「ううん…………良いの……………良いの、ベス…………私こそごめん………」


気の置けない仲なんだろうな、とは思う。

幼馴染だって言ってたし。


横に立つリュートの顔を見上げてみれば、リュートも私の視線に気づいて肩を竦めて見せた。

………。

仲直りまで含めていつもの事ってわけね?


フラウがベスの身体にギュッと抱きついたところで、私はようやく大きくため息をついて車いすの背もたれに身体を預けた。


勘弁してよ。


リュートは慣れてるのかもしれないけど、私は生きた心地がしないわよこんなの。




結局その後フラウが落ち着くまでは三十分以上の時間を要することになった。


私にとっては結構重い時間だったんだけど、この三人にはそうでもなかったらしい。

先程までの剣呑とした雰囲気はどこへやら。

特に何もなかったようにまた会話をし始めるベスとフラウを見て、私が何とも言えない気持ちになったのは言うまでも無い。


仲良きことは美しきかな。


………ただまぁ、


もっと分かりやすくあって欲しいとは思うけれども。






◇ ◇ ◇






「てなわけで、要するにあんたじゃマナの総量も出力も、この治療方法を行うには全然足りないわけ。 だからそもそもあんたが主導で治療を行うなんて無理なのよ」

「うん」


これは本当。


「一方でリュート様のマナの総量と出力は大きすぎて、ヴィオラ様が耐えきれない可能性が高い」

「うん」


これは半分本当で半分嘘。

耐えきれないのは本当で、可能性ってのは嘘。

だって、もう何度も試してるもの。


「私の治療をしてくれた時の後遺症ね。正直な話、教会にリュート様のマナの総量の件がばれるとまずいわ。あんた秘密にしなさいよね」

「元々秘密にしてるわよそんなの………言える訳ないでしょ」


あ、なんかそういう経緯があるのね。


おかしいとは思ってたのよ。


元とは言え私だってついこの間まで王国騎士団の一員。

いくらリュートが大物だからって、魔導技師から注がれるマナ程度で気を飛ばすなんて違和感を感じていたんだ。


………今度リュートにベスの治療をどうやって行ったか聞いたら教えてくれるだろうか?

ちょっと純粋に興味があるかも。


「だからあんたを使う」

「………?」


ベスの言葉に疑問符を浮かべたフラウが首を傾げると、ベスは悪そうな笑みを浮かべて私の事をチラリと横目に見た。


………良いわよベス。


背に腹は代えられないわ。


私の覚悟はできてる。


「あんたにリュート様からマナを譲渡してもらうの」

「………………」


「………………聞いてる?」

「……え゛ッ!?」


ポカン、とした後にフラウの顔はみるみる赤く染まり、一気にその額に汗が噴き出した。


「ちょ、ちょっと待って!!話が………わから………ちょっと待って!!」


「理想はあんたを中継して直接ヴィオラ様に注ぐ形だけど、たぶんあんたの出力じゃ供給過多になってパンクすると思うのよね。」

「ちょっと待ってってば!!」


「だから取り合えず一端あんたの限界ギリギリまでマナを供給してもらって、その後あんたからヴィオラ様にマナを供給する。身体に含むマナが増えれば比例してマナの出力も徐々に上がるしね。あんたがマナプールになるって訳」

「ベス!!止まって!!」


「気を失っても大丈夫。少なくともあんたの限界までマナを注げばリュート様のマナの出力もちょっと落ち着くはずだから、そうしたらヴィオラ様に直接マナを注げばいいわ。二段構えってことよ。肌を介さないと素のマナなんて変質しちゃう可能性が高いから、意図的に布や空間を挟むのは避けたい。てなわけでリュート様のマナを変質させずに大量にヴィオラ様に注ぐにはあんたの存在が不可欠ってこと」

「べ、ベス…………」


真っ赤な顔のままダラダラと汗をかくフラウは、


「マ、マナの譲渡って………」


チラ………とリュートの方を見てから悶絶するように顔を手で覆う。


「そ、そんなの………」

「嫌なの?」

「い、嫌なわけじゃないけど………でも………」

「嫌ならやめても良いわよ?」

「や、止めるなんてそんな………でも………でも………」

「何をいまさら恥ずかしがってるわけ?」

「い、今さらって………」

「あんた散々リュート様によば………

「わぁぁぁぁぁああああああっ!!!」


やりますやりますっ!!!!と叫び声と共に立ち上がったフラウは、首まで赤くなってハァハァと荒い息を吐いた。


なんだがアタフタしてるフラウを見るとワクワクしてくるのはなぜ?


「やりますっ!!!良いですよねリュート様!!!」


「俺は良いんだが………フラウ、無理しなくて良いんだぞ?」


「無理なんてしてませんっ!!やりたいですっ!!やらせてくださいっ!!」

「積極的ねフラウ」

「何がよっ!!?」

「そんなにリュート様としたいんだ」

「……………。」


ベスの言葉にがっくりと膝を折ったフラウは、肩を震わせて涙を流していた。


今日、この子絶対に受難の日だ。


こちらから仕掛けたこととはいえ、余りにも不憫。


「し、したいですぅ…………」


か細い声でそう呟いたフラウの姿に、私は涙を禁じ得なかった。






◇ ◇ ◇





「こ、こ…ここでするの?」


「ここ以外でどこですんのよ」


「そ、そう言う事じゃなくて………み、皆の前で?」


「私は提案者なんだから経過を見て上手くいくかどうか観察しなきゃいけないし、ヴィオラ様はこの後あんたからマナを受け取るか、リュート様から直接頂くかしないといけないんだから。居て当たり前でしょ?」


「ぅ…………」


ベッドの上にちょこんと座ったフラウはソワソワとして後ろに座ったリュートを見たり、ベスや私を見たりと落ち着かない。

そりゃそうだろう。

これから精神の性交とまで言われるマナの注入をリュートから受けるのに、選りにもよって衆人環視。

私もその立場だったら気を失うかもしれない。

……いや、その立場じゃなくても気を失うけどね。 気持ち良すぎて。


「そ、それに何でこんな………」


フラウが恥ずかしそうにモジモジとするのには訳がある。


「肌と肌の間に物質があったらマナの譲渡に阻害が掛かるのなんて周知の事実でしょ?」


「それはそうかも知れないけど………」


「さっきも説明したけどね、肌の接触を大きくして短時間でマナを注いでもらわないとロストが大きいのよ。もともとあんたのマナの総量が大きくないんだから、余剰分はどんどん霧散してっちゃうでしょ。本当だったら裸でやって欲しいくらいよ」


「ぅ………だからって…こんな………」


フラウが来ているのは背中が大きく空いたネグリジェ。


ピンク色のそれは胸に小さなリボンがあしらわれた可愛らしいもので、スケスケのエロエロではなかったものの、結構扇情的なデザインをしている。


夜の闇の中で一対一の覚悟を決めてスケスケを着てくるよりも、みんなの前の明るい部屋の中で、こういう見えそうで見えないデザインのものを着る方が恥ずかしいんだろう。


「ゴチャゴチャうるさいわね。リュート様に待っていただいてるのよ?さっさと覚悟決めなさいよ。」

「うぅ………ご、ごめんなさい」

「いや………俺は協力してもらってる身だから謝る必要なんてないんだが………」


それにしても、意外な事にリュートは落ち着いている。


私とした時は凄い動揺していたのに、目の前にネグリジェ姿のフラウが居ても特に動揺した様子は見られない。

顔を赤くするどころか、真っ直ぐにフラウの事を見つめて目を背けすらしない。


私で慣れたってこと?


………いやでも、昨日の夜だってフラウがお風呂に入ってる短い時間でも恥ずかしそうにしていたし。


…………。


フラウの事、小さい時から知ってるのよね、リュートって。


………。


まさかと思うけど、リュートってフラウの事………。


「慌てなくていいから安心してくれ。俺の事なんて気にしなくて良い」

「は、はいぃ………」


まさかと思うけど、娘かなんかみたいな感覚で見てるんじゃないでしょうね?


私がとやかく言うことじゃないけど、流石にそれは可哀想じゃない?


フラウってもう18なんでしょ? 花の盛りだよ?


「も、もう大丈夫です………お、おね、お願いします………」


ほら、あんなに恥ずかしそうにしちゃって、目をギュッと瞑っちゃってるし。


「そうか、分かった。途中できつくなったら遠慮しないで言ってくれよ?」


脚の間に挟んだ腕はプルプルして子鹿みたいだし、目尻には涙まで浮かんでるし。


もうどう見ても、これから初めて男に抱かれる決意をした乙女にしか見えない。


「っ………」


リュートの手がそっとフラウの後ろから回って、


「ふぁっ!♡」


キュッとリュートに包み込まれたフラウの顔は、完全に発情しきっているように目に映った。


リュートの肌が背中に押し付けられたのを感じたのか、一瞬で目がトロンとし、固く結んでいた唇がわずかに開かれる。


途端にフラウの白い肌があちこち薄桃色に色づき始め、傍目から見てもフラウに何かしらのスイッチが入った事が分かった。


「じゃあ………流すぞ」


「は、はぃ………っ♡」


気が気じゃないわよこんなの見るの。

そりゃぁ確かに私も同意の上でのことだけど。


………。


でもなんだろうか。


未だにスンとした表情を浮かべているリュートのことを見ていると、ちょっとフラウのことを応援したくなってきちゃうのが不思議。


「ひゃっ………うっ………!!」


ビクンッ!と体を震わせるフラウの顔、凄く色っぽいんじゃないだろうか?

リュート、あなた目ぇ瞑ってないでフラウのこと見てあげなさいよ。

頑張ってるんだから。


「ふぁっ………ぅあっ………」


そうそう、最初はまだちょっと余裕があるのよね。

まだ刺激に体が慣れてないというか、びっくりはするんだけど頭が追いついてない。


今フラウが感じている感覚が私と同じなら、どっちかというとくすぐったいような感覚に近いはず。


ただまぁ10分もすると………。



「あぁぁっ………ふぁぁっ………♡ やっ………ぁっ………♡」


もうだめなんだよね。


身体中から力が抜けて弛緩しちゃうし、止めようと思っても変な声が止まらない。


「ぁ………んっ………!♡ ひぅっ………! りゅ、リュート様っ………」


自分では身体を支えきれないからリュートがきつく抱きしめてくれるようになって、そうするとますます肌が密着しちゃうし。

こうなったら頭の中はリュートの事でいっぱい。


「ぁっ………♡ んぅっ………♡ き、き、………」


「大丈夫か?」


「………………気持ち………い、いえっ!! だ、大丈夫ですっ!」


「そうか、無理するなよ」


肩越しに振り向けば直ぐそこにはリュートの顔。

吸い込まれそうな黒い瞳に目も心も奪われてしまったら、もう周りの存在なんて完全に頭の中から吹き飛んでしまう。


「ぁっ………ぁっ………あっ………!♡」


自分のお腹に回されたリュートの腕を掴み、


「フラウ、ちなみに口の粘膜からはマナの吸収率が良いけど?」


いつの間にかベッドの上に上がり込んできていたベスに耳元で囁かれてしまっては、思考の働かないフラウにとってやることなど一つだけ。


「ちゅっ………」


「うおっ!!!!?」


流石にこれは顔赤くするのね。

これで駄目だったら私がリュートに文句言うところだったわ。

………もうそうなると訳がわからないけど。


「んっ………ちゅっ………れろっ………はぁっ………」


「フ、フラウ!!流石にそこまでやる必要は………!!」

「しっ!!リュート様お静かにっ!!」


「し、しかし!!」

「いいからっ!!」


ベス、なんて悪そうな顔をするのかしら。


さっきの口論を見てても思ったけど、この子ってやると決めたら徹底的にやる気質よね。 かなり敵に回したくないタイプ。


「ちゅぅっ………ぇろっ………んぅっ………リュート様………ちゅるっ………ぷはっ………リュート様ぁ………」


ていうかちょっと舐め過ぎじゃない?

リュートの手、ベトベトになってきてるし。


私だってそこまでしたことないんだけど?


なんかずるくない?


「ぁむっ………♡ ちゅぅっ………♡ えへ、えへぇ………♡」


あーあー……。

嬉しそうな顔しちゃって………。


リュートの指を口の中に咥えながら肩越しにリュートを見つめるフラウは完全に女の顔になっている。

媚びるような上目遣いをするフラウの顔は、見ているだけでドキドキしてしまうような艶っぽさ。 もし私がリュートの立場にいたら、確実に押し倒しているに違いない。


「リュート様ぁ………♡」


ていうか、私もリュートとしている時ってこんな感じになってるわけ?

正直なところ途中から訳わかんなくなるし、自分がどんな状態になっているかなんて気にする余裕なんて無かったけど。


「はぁっ………あぅっ………ぁっ………だめっ………」


全身の力が弛緩したように見えるフラウは、ビクビクと身体を震わせながら後ろで支えてくれるリュートにしな垂れかかり、


「リュート様…………」


リュートの肩に頭を預けたまま、うっとりとした表情でリュートの顔を見つめ、


「…………………キス」


そんなおねだりをするものだから、リュートは鳩が豆鉄砲を食らったような表情をして動きを止めた。


「リュート様………キスして………」


「落ち着けフラウ。俺だぞ」


「…………? うん。 だから………キス」


「…………ベス。 フラウがおかしい」


いや、おかしいのはリュートよ?

何を心底不思議そうな顔をしてベスの事を見つめてるの?

ベスはベスでスンとした表情を浮かべてるし、フラウはうわごとの様に「キス………チュゥして……」とリュートに腕を絡め始めるし。


「フラウがおかしいのは元々の事です。」


「いや、これ、マナの注入で記憶の混濁が起きてるんじゃないか? 小さい頃みたいな事を言い出して………」


小さい頃からキスをおねだりしてたの?

具体的にはいつ頃まで?


「ヴィオラ様、どう思います?」


何で私に聞く訳?


別に私にリュートとフラウのキスを止める権利なんてないし。


小さい頃からしてきてるって言うならすればいいじゃない。


はぁ?


キス?


お好きにどうぞ?


別に私は何とも思わないわよ。



「しちゃっていいですか?フラウとリュート様」


「…………」



そもそもキスって何?


唇と唇を合わせる行為でしょ?


だから何って感じじゃない?


キスしたからって何だっていうの?


別に何か大きな影響が身体に出る訳じゃないし、人生に変化が起きる訳でもない。


唇を離したらはいおしまい。


他人が見たって何が起きたかなんて分かりゃしない。



「だ……………」

「だ?」



粘膜の方がマナの譲渡をしやすいんでしょ?

これは私の治療につなげるためにやっている行為で、リュートにもフラウにもやましい気持ちなんてかけらもない。


そりゃぁちょっとフラウの顔が真っ赤で、目が蕩けていて、なんかお股の間に手を挟み込んでモゾモゾ動かしていて、小さく水音が響いて来ていて、どうみてもリュートの事を押し倒そうとしているけども。


これは治療行為。


すればいいじゃない。


むしろ私のためにすいません。


どうぞどうぞって感じ。



「…………だめ」

「………」



でも駄目です。


はい。


「………キスは駄目」


駄目だし嫌です。


絶対に嫌。


本当に嫌。


なにがなんでも嫌。


リュートがフラウとキスしたくても嫌。


「しないで」


「当り前だ」





するなら、私にして。





「…………」

「フラウ?」


なんで私がこんなに恥ずかしい思いして、赤くならなきゃいけないのよ。


「寝てますね。これ」

「そうか………我慢させてしまったみたいだな」


フラウが恥ずかしい思いして、後に引けなくなって、治療行為に協力してくれるようになるはずじゃないの?


「私がフラウの寝室に連れて行きますから」

「いや、俺が………」


それなのにフラウは幸せの絶頂みたいな顔して安らかな寝息を立てて退場しちゃうし。


「あら、駄目ですよ。リュート様は………ほら………」

「っ…………!?」


ベスにはニヤニヤとからかうような目で見られるし。


「愛しのお姫様………我慢の限界みたいですよ………?♡」

「べ、ベス………失礼な事をい………

「リュート」


何故か分からないけど。

本当に何故かは分からないけど。


私の顔を見た瞬間にリュートの顔は一瞬で真っ赤になるし。


………。


どんな顔してんのよ私。


「ベッドに連れてって」

「わ、わか…………分かった………」


なんでこんなにイライラしてるのってくらい、気付けば私は頭が沸騰しそうな勢いで怒っていて。


「服、脱がせて」

「ベス、すまないが行く前に………

「リュートが脱がせて」


さっきフラウに染められてしまったリュートの色をどうしても私に上書きしたくて。


「下着も」

「わぁぉ♡」

「っ………わ、分かった」


後で思い出して死ぬほど恥ずかしくなったんだけど、とにかくもうリュートに対する要求が止まらなくて。


服も、下着も、全部脱がせてもらって。


腕で隠すこともできないのに。


「…………」

「リュート様ぁ………?♡ ヴィオラ様…………お綺麗ですよねぇ?♡」

「ぐっ………」

「目を逸らすのって、失礼じゃないですかねぇ?♡ それとも直視に耐えないとでもいうつもりですかぁ?♡」

「そ、そんな訳ないだろっ!!!!」

「じゃぁ見てあげてくださいよぉ………♡」


初めて。


この家に来て初めてリュートの視線が真っ直ぐに私の身体に突き刺さって。


「抱っこ」

「う…………わ、分かった………」

「違う、正面からがいい」

「っ!!!!?」

「じゃ、失礼しましたぁ♡ ほらいくぞスケベ♡」

「うぅ………リュート………様…………キス………」


それでもまだ私はイライラしていて、どんどんリュートに要求を突き付けてしまって。


その晩は、たった一つだけ言えなかった台詞を残して、私は頭に思い浮かんだ言葉の全てをリュートに叩きつけた。


「リュートの目が見たい」

「う…………ぐ…………」


「もっと強く抱っこして」

「~~~~っ……!」



言えなかった台詞?



「………髪、触って?」

「ヴィ、ヴィオラ………」



決まってんでしょ、そんなもん…………。



「リュート」

「う…うん……?」


「キ…………」

「…………?」


「キ………キ………………」

「ヴィオラ…………?」


「………」

「………」


「…………なんでもない。始めて」

「わ、分かった…………」





秘密よっ!!





あぁぁっ!!!!


もうっ!!!!!!!!!!


リュートのアホォッ!!!!!!!!!!!!!






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