第7話 私の建前と 君の本心と

11月27日


カノンの提案によりマナの注入を正式に行う事になった。


正直な話、罪悪感が凄い。


治療と称して邪な行為をしているという感覚しかなく、手足が動かない彼女を好き勝手にしている状況に拍車がかかったようにしか思えない。


治療の間中、ヴィオラは健気にも苦痛に耐え続けていた。


一方で彼女の首筋が恥辱に耐えて赤く染まるのを見た時、何度私の心が折れかけた事か。


………。


望まない快感は拷問に等しい。

くすぐり続けて疲弊させる拷問だってあるくらいなのだ。

果たしてヴィオラはあんな苦痛に耐え続けることができるのだろうか。


勿論私だってヴィオラの手足が動けば嬉しいが、しかしあれでは余りにも彼女の尊厳を踏みにじっているように思える。


………。


困った。


どうする事が正解なのだろう。


なぁデューク。


私はどうすればいい?


君たち鼠は、この皇国の礎となった始祖なんだろう?


何か答えを、知ってはいないだろうか?





◇ ◇ ◇




2時間耐え続けられない。


もうなんか色々と凄い事になるし、あと一番の問題は私の意識が飛んでしまう事。


むしろ一番初めはよく耐えられた方で、回数を重ねるごとにどんどん私の意識は飛びやすくなってしまっていた。


まさか気を失い慣れるなんて夢にも思わなかった。


どうせ慣れるなら快感の方に慣れればまだ………。


いや、でも、それって今より気持ちよくなくなるって事?


………。


それはなんかちょっと違う気がする。



「なら、朝晩の二回に分けてみるとかどうですか?」


と、ある日治療の進捗状況を尋ねに来たベスにそう言われて、私はその提案に飛びついた。


「リュート!! そうしよっ!」


「い、いやしかしだな………朝からは………」


「なによ? そりゃぁリュートの負担になっちゃうかもしれないけど、でも現状一気に治療をやりきれないんだから仕方ないじゃない」


「し、しかし…………夜の方が………良いと思うんだが」


「リュートが嫌なら………それで良いけど………」


「あぁいや………嫌とか……そういう訳ではないんだが………」


私は乗り気だったけれど、リュートの方はそうでもないらしい。

なによ、私の治療が遅れてもいいって訳?

そりゃ今はリュートが一方的にマナを消費している状況だし、体力的にも朝からってのが辛いのは分かるわ。

確かに治療は私のためだけど、私は………その………早くリュートと………そうしたらリュートにも色々してあげられるし………。


………。


いや!別に変な事考えてるわけじゃないのよ!!

そ、そう………えっと………手伝い!手伝いよ!

料理とかお掃除とか洗濯とか色々あるでしょ!!

いつも私にしてくれてる事、私だってリュートにお返ししたいし!!


「リュート様って言葉足らずですからねぇ。ヴィオラ様、そうムスッとしないであげてください」


「………別にムスッとなんかしてないし」


「してるしてるぅ♡ あのですね、リュート様が気にしてらっしゃるのは別にご自身の体力的な問題とかじゃなくてですねぇ………」


そう言ってベスは私の身体にチラリと視線を送る。


「………?」


何だろうか。


………。


今日の私はベスが持ってきてくれたカノンの昔のお下がりを着ている。

水色のセーターに白いスカート。

自分で見ても特に変なところは見当たらない。

むしろ今日の服装は結構好き。

カノンの服ってシンプルで可愛いのが多いのよね。


「ヴィオラ様のお体をお気遣っての事かと思います」


リュートに聞こえないように耳元でベスにそう囁かれても、そもそも私の身体がこれ以上悪くなる事なんてない。

あれだけマナを注いで貰って体調を崩すなんてこともないだろうし。

それこそ体力的な問題の話?


「私は平気よ?」


「えーっと………多分平気じゃなさそうなのでリュート様もあれだけ渋っているんだと思うのですが………」


「?」


別に私の体力なんて関係ないじゃない。

特に何か仕事ができる訳でもない。

やることと言えばリュートが仕事をしているのを見る事くらいだし。


「ヴィオラ様ってリュート様並みに鈍感なんですねぇ………。もう、この際はっきり言いますけど………」

「………?」


馬鹿丸出しの顔で私がポカンとする中、ベスは私の耳元に口を寄せ、


「朝から………湯あみが必要になるのではとリュート様は心配されておいでです」

「………」

「あと、下着の替えも」

「っ!!!!!!!!??」


そ、それって………。


「そ…そんなに………私汚してるの?」


「私が来れる日は、洗濯は私が担当しているんですけど………結構凄い事に………」


「ぐっ………ぐぅぅっ………!!」


「びちょびちょです」


「ぐぁぁぁああああっ!!」


「初めて見た時は一瞬お漏らしかと思いました」


「やめてぇぇえええええっ!!!」


己の身体が憎い。

なぜこうも節操というものが備わっていないのか。

今まで散々恥という恥、汚れという汚れの全てをリュートに晒してきたと思っていたのに、まだ新たな恥を上塗りするとは。


「で、でも………やる………」


もうリュートが私の事を女としてなんか見てくれなくなろうとも、それでも私は自分の腕を取り戻す。


「リュート………お願い」

「わ、分かった………」


何としても、お返しをするんだ。


リュートに、恩返しをしたい。







◇ ◇ ◇






「あぅ…………ひぐっ……………」

「だ、大丈夫か?ヴィオラ?」

「だ………だ…………だいじょぶ…………」

「み、水でも持ってくるか?」

「う………うん………ぅっ………ひぅっ………」


翌朝、朝に30分のマナの注入を行ってもらう事になった私は、やっぱり大変なことになった。

どんなに私の様子がおかしくてもきっかり30分はマナの注入を止めない事。

それをリュートに約束して始めたはいいものの、終わってみればやっぱり少しは待ってもらった方が良かったかもと後悔が凄い。


リュートは私の事を気遣いながら身体をベッドの上に横たえてくれるけど、余韻がやまなくて身体が痙攣し続ける。

耳にはリュートの荒い呼吸の音が張り付いて取れないし、背中にはリュートの身体から伝わってきたぬくもりが残って消えない。

快感と幸福感で頭の芯が痺れてしまって、これなら気を失った方が余程楽だったと思う。


「ぅっ…………やだぁ………」


リュートが慌てながら部屋を飛び出していった後に恐る恐る自分の下半身の感覚を確かめると、履かせてもらっているショーツに生暖かい感覚がぐっしょりと広がっているのが分かった。


『びちょびちょです』


あのベスですら顔を赤らめながらそう囁いてきたんだ、私は履いているズボンを自分で脱ぐことはできないけれど、目で見ればきっと凄い光景が広がっているに違いない。


いつもは気を失っちゃうから分からなかったけれど、そう思って意識してみるとなんだか嗅ぎなれない匂いが自分から立ち昇っているのが分かる。


「うぅぅっ…………」


「だ、大丈夫か?」


「うっ………!」


身を捩ってモゾモゾとしている内に、あっという間にリュートも戻ってきちゃうし。

身体を抱き起して貰って少しずつ水を飲ませて貰っても、まったく体の火照りが収まらないし。


お股が気持ち悪い。

早く着替えたい。


そこまで考えて、私はこの後に起きる事に気付いて顔を青くさせた。


「………」

「ど、どうした?気分が悪いのか?」


いつもは私が気を失っている間にリュートが着替えさせてくれている。

身体も清めてくれているのか、こんな不快なお股の感覚を感じた事なんて無かった。


「早く着替えよう」

「うぐっ………!!?」


私がその言葉に顔を真っ赤にして唇をかみしめる中、よくよく見ればリュートの手には既に私の着替えが乗っている。

私の事を心配そうに見つめるリュートには、この身体に何が起きているかもう全部ばれてしまっているらしい。


そりゃそうだよね。

いつもは私が気を失っているだけで、リュート自身はその光景を全て見てしまっているんだから。


………。


見ているだけどころか洗濯までしてくれてるわけだし。


恥ずかしくて死にそう。



「すまない、脱がせるぞ?」

「う、うん………」


彼の手が私のズボンにかかると緊張感が一気に増す。

もう一糸纏わぬ姿なんて何度も見せているのに、それとはまた事情が違う。

頼むからあんまり卑猥な事になっていませんように………。


頭の中にはそんな思いしかないけれど、


―――――――――ツ


一気に下着ごとズボンを引き下ろされた瞬間に、私は自分の股間から透明な液体が糸を引いた光景に絶句した。


「っ!!!!?」


驚きと羞恥心で思わずそれを凝視してしまった後にリュートを見上げてみると、リュートは首が後ろを向きそうな勢いであらぬ方向を向いてくれていた。


み、見られてはいない?

でも………こんなの………匂いが………。


顔を赤くしたり青くしたりする私が動揺しまくる中、リュートの動きは驚くほどに迅速だった。

あっという間に私のショーツはグルグルと巻かれていくズボンの中へと姿を消し、リュートの足元に置かれていた洗濯籠の中へと放り込まれていく。

私が籠に消えていく汚れ物を見つめる中、既にリュートの手にはフワフワのタオルが握られており、一瞬でそれが私のお股に押し当てられた。


「ひゃぅっ!!?」


籠の中に洗濯物が着地するよりも早く自分の身体にタオルが押し当てられたのだから、私にとっては完全な不意打ち。

堪える間もなく口から変な声が出てしまったけど、リュートは今更私のそんな声で止まるようなことは無かった。


もうその行動は完全にプロフェッショナルだ。


よくもまぁ直接見てもいないのにそこまで正確に動けるものだと、恥ずかしさよりも関心の方が大きくなってきてしまう。


一度身体を拭いたタオルはすぐさま折りたたまれて新しい面が出され、二度三度とそれを繰り返して私の身体から不快な感覚を拭い取っていく。

その行動の素早さを私が呆然としながら見つめる中、リュートは腰に下げていた小さなバッグのような物の蓋をパチンと開けて中からホカホカと湯気を立てるおしぼりを取り出した。

最近リュートが開発したバッグで、携帯型おしぼり保温器というらしい。

この発明品、凄いとは思うんだけど、なんだか私としては少しだけ複雑な気分だったりする。


「んっ………!」


私のお尻の方まで汚れがついてしまっているのか、リュートは私の腰にするりと手を回して身体を持ち上げてくる。

もう体中が敏感になってしまっている私はその程度の事でも気持ちよくて、変な声が出てしまうのが止められなかった。


「ふぁッ……!!」


私の視界がグルグルし始める中、リュートからもたらされる快感の波は留まることを知らない。

温かいおしぼりでお尻を優しく拭かれ、次々に新しいおしぼりが私の肌に押し当てられて私が汚したであろう箇所を清めていく。

こんなにビクビクしていたら折角綺麗にして貰ってもまたすぐに汚してしまうんじゃないだろうか。


「手際が悪くて済まない、終わったぞ。すぐに服を着させるから」


思考の働かない頭でボーッとそんな事を考えている内に、あっという間に作業を終えたらしいリュートからそんな声が掛けられる。


「あ、ありがと………」


息も絶え絶えの中私がお礼をいうと、私の視線の先でリュートが僅かに頬を赤くしたのが見えた。


………。


なんでこのタイミング?


不思議に思ってリュートに尋ねてみたかったけど、


「じゃぁ………」


リュートが私の足を持ち上げて新しいショーツを私の足首に掛けたタイミングで、





「こんにちわぁ………リュート様、いらっしゃいます………?」




キィ………と私の部屋の扉が開かれ、






「…………え゛っ?」

「ん?」

「ひっ………!!?ふ、フラウさんっ!?」






そこからフラウが顔を覗かせた瞬間、私達の時間は停止した。






◇ ◇ ◇






「す、すみませんでしたっ………!!!」

「~~~~~っ………」

「い、いや………俺がフラウのノックに気付かなかったのが悪い。心配して見に来てくれたフラウが謝ることなんてないさ」


真っ赤な顔をして深々と頭を下げるフラウの前で、私もリュートも同様に顔を赤くして俯いていた。

フラウは今日久しぶりに休暇が取れたらしく、健気にもその休暇を使ってリュートに会いに来たらしい。


………。


それにしてもまだ見られたのが身体を清められた後で良かった………。

これがマナを注入されている最中だったり、終わった直後の下着を脱がされた瞬間だったりしたらと思うと寒気がするわよ………。


「それで………何か用事がある訳ではないのか?」


「は、はい………その………何かリュート様をお手伝いできることがあればと思って………なのに何だかむしろ邪魔をしちゃったみたいになって………ごめんなさい」


「………気持ちは有り難いが、何も折角の休日まで働こうとしなくて良いじゃないか。しかもよりにもよって俺の為になどと………」


「いえ………私にとってはリュート様のお手伝いは仕事っていう意識はありませんから。お手伝いさせてもらった方が安らぐんです」


赤い顔を上げたフラウは、そんな健気な台詞を吐いてリュートの事をじっと見つめる。

………そう言えばこの子リュートに惚れているんだった。

余りの羞恥心にそんな事も頭から飛んでいたけど、この子、さっきの光景を見ても何とも思わなかったのかな………?


「さっきは………その、ごめんなさい、変なところを見せちゃって」


「い、いえ!私の考えが足りなかったんです。手足が不自由なヴィオラ様と一緒に住んでいるんですから、あぁいう事もリュート様がしているんだって考えなきゃいけなかったのに………」


ちょっとした牽制のつもりで言った私の言葉を大真面目に受け取ったらしいフラウは、シュンとした表情を浮かべて俯いてしまった。

なんだかその表情を見ていると凄い罪悪感。

ちょっとフラウの清廉さが眩しくて直視できないかもしれない。


この子、本当に何も思ってないの?


あなたの想い人が、ポンと湧いて出たような女の身体の世話をしてるんだよ?

仕方のない事だとしても、私だったらやっぱり嫌だ。

それとも、私の事なんてはなから眼中にないって事?


「ずっと………リュート様がヴィオラ様のお身体のお世話を?」


………。


そうでもないのかも。


時間が経つほどにフラウの瞳には不安の色が浮かび、眉をハの字にしてリュートの顔を見上げはじめる。

ようやく落ち着きを取り戻し始め、その途端に色々と想像が膨らみ始めたのかもしれない。


「基本的にはそうだ。ベスが来てくれる時には色々と手伝ってくれているが、彼女もずっとこの家にいる訳にはいかないからな」


「っ………! き、着替えだけじゃなくて、お風呂もですか?」


「そうだ」


そうか、フラウは最後のシーンしか見てないからさっきのが着替えだと思っているのね。


「と、トイレとかはどうしてるんですか?」


「………リュートがお世話してくれてるわ」


フラウの言葉に言い淀んだリュートに代わって私が答えると、フラウは泣きそうな顔になって私を見つめる。

………。

そりゃショックよね。

私だって立場が逆だったら、こんな事を聞かされて冷静でいられる保証なんてない。


でも、私はリュートの関係について曖昧な話し方をするなんて嫌。

私が恥ずかしいと思うのはリュートに対してだけ。


私にリュートがしてくれる行為の全ては清廉で潔白なものだから、少なくとも私がそれを恥ずべきものだなんて思って良い訳が無い。


リュートの行いは称賛され、感謝されるべきもの。


どこの誰が私達の関係を卑猥なものだって思おうと、私だけは絶対にそんな事思わない。


「ヴィオラ様………」


私がそんな事を考えながらキッと表情を鋭くさせて見つめる中、


「私………わたし………」


フラウは私の目の前へとフラフラしながら進み、


「私………ヴィオラ様のお世話をします」

「…………はい?」


何故かギュゥッ!!と私の身体をきつく抱きしめたのだった。


「お辛かったでしょう………でももう大丈夫です。全て私にお任せください」

「え!? ちょ、ちょっと何!?どういう事!?」


混乱する私はもぞもぞと身を捩ったけど、フラウは結構凄い力で私の事を抱きしめていて一切身体を離そうとしなかった。

それどころか私の髪に頬を寄せながらボロボロと涙をこぼし、彼女のかなり大きな胸に顔を埋める形になった私は、呼吸も苦しくなる有様だった。


「フ、フラウさん! おち……落ち着いてっ!」

「落ち着けませんよこんなのッ!!」


あご先のラインで切りそろえた金髪を振り乱しながら涙をこぼすフラウは、私の肩を掴んで真正面から私を見つめてくる。

その余りの勢いに私が顔を青くして「うっ」と呻く中、フラウはキッと視線を鋭くしてリュートの事を睨みつけた。


………。


………なんで?


「リュート様ッ!!!どうして私に相談してくれなかったんですかっ!」


「そ、それは………」


「女性がトイレの世話をされるなんて、どれほど恥ずかしかったとお思いですかっ!!」


「うっ………」


………。


あぁ……。


そういえばこの子、天使だった。

嫉妬とか疑ってごめん。

むしろ今、私は自分が恥ずかしいよフラウ。


「ちょ、ちょっと待って!! フラウさん! 別に私はっ………!」


「いいえ!!こればっかりは譲れませんっ!!」


フラウはスックと立ち上がると、ツカツカとリュートの前まで進んでいって激しい怒りの表情を浮かべた。


「ヴィオラ様は恥ずかしそうにしていませんでしたか?」


「し、していた………」


「ヴィオラ様のお立場をちゃんと理解しているのですか?」


「そ、それは………理解しているつもりで………」


「何も分かっていませんっ!!」


唖然とする私を置いてけぼりにしたまま、フラウの怒りはどんどん加速していく。


まだ出会って二回目の付き合いではあるけど、いつも穏やかな表情を浮かべているフラウがこんなに怒るなんて意外だった。


「手足が動かないばかりか、ヴィオラ様はリュート様に対して逆らう事の出来ない立場。どうして素直に嫌な事を嫌といえますかっ!」


そりゃ………最初は嫌だったし………今だって汚い姿を見られるのは嫌だけど………………あれ?


嫌なのかな私………。


………。


嫌じゃないんだよなぁ……不思議だけど。


「私はリュート様の事を信じています。決してリュート様が下心を持ってヴィオラ様のお世話をなされていたとは思いません。………ですがっ!」


下心を持っているのは私の方だしね………。

何度も誘惑しようとしてるし………成功してないけど。


「これはヴィオラ様の尊厳の問題です!ヴィオラ様が嫌だと言ったかどうかとか、我慢できる範囲だったとか、そういう問題ではありませんっ!!」


「うっ………」


「この先ヴィオラ様は一生リュート様にトイレの世話をされた事実を背負っていくのですよっ!?好きな人ができてもっ! しかもこんなに美しい女神さまの様な女性がっ!!!」


「ぐっ…………うっ………」


「ま、待って………でもっ………リュートは誰にも頼めなかっただけで………」


「私がいますっ!!」


「あ、貴女だって教会の仕事があるって……」


「私の仕事とヴィオラ様の人生のどちらが大切なのですかっ!!!もとより私はリュート様に命を救われた身です!! 教会の仕事を辞めたとて、どうとでも生きていけます。それに私の事を想ってくださるなら、事情を話して私を雇えば良かったのに!」


「それは………違う気がするけど」


「………え?」


私が戸惑いながら上げた声に、フラウは虚を突かれた様に目を見開いて私の瞳を見つめ返してきた。


「リュートは、例え私の為でもフラウさんの人生を好き勝手に振り回したりできないよ」


「~~~~っ!! で…でもっ………」


「あなたの事、リュートは小さい頃からずっと知っているんでしょ?」


「は、はい………それはそうですけど………」


「教会の仕事に就いた時、リュートは凄く喜んでくれたんじゃない?」


「っ!」


「これは唯の想像だけど、あなたが教会の仕事の話をする時なんかは、リュートは嬉しそうに聞いてくれたんじゃない?」


「…………は、はぃ」


シュンとして俯いてしまったフラウを見て、私はホッとため息をついた。

フラウが良い子で良かった。

すぐにこっちの意見を受け入れてくれるのは、頭の良さもあるだろうけど彼女が凄く素直な性格だからだろう。


まぁ、良い子だからこそあれほど怒ったというのも、あるのだろうけど。


「そんなフラウに、教会の仕事を放り出して私の世話をしろなんて、リュートは言えないよ。私だってリュートの立場だったら言えない。」


それに………。


「それに………私はそんな風にしてフラウが私の世話をしてくれても、嬉しくないよ?」


「ッ!?」


「あなたの人生を振り回してまで、私は自分の尊厳ってやつを優先したくないから」


これは、ちょっと嘘。


どの口がいうのだろうかとは思うセリフだもの。


リュートの人生を振り回しているのに。


「だけど………」


フラウの顔はすっかりしょげてしまっていて、その肩は僅かに震えている。

泣きそうな顔を見ていると、なんだかすごく申し訳ない事をしてしまったような気分になった。


ごめんね。


折角私の事を心の底から心配してくれたのに、こんな事を言ってしまって。


………それに、私は………フラウが私に嫉妬すると思っていた。


本当に、この子に私が勝っている要素ってなにかある?


自信が持てないよ、さすがに。


「ありがとう。凄く嬉しかった」


「ヴィ、ヴィオラ様………」


私に抱きついてきたフラウはまたボロボロと涙を流し、随分と長い事私の髪を撫で続けてくれていた。


ちょっと心配なのは暗い顔をしてそれを見つめていたリュートの事。


………私もフラウみたいに、ちゃんと自分の気持ちを伝えないといけない。

確かに嫌だったこともあった。

恥ずかしいのだってフラウが言う通り。


でも………どれほど感謝しているのか。


どれほどリュートの事を好きになってしまったのか。


ちゃんと伝えなければいけない。


私がちゃんと自分の腕を動かせるようになって、何でもかんでもリュートの世話にならなくても済むようになったら。

あなたに気を使わなくてもいい立場になったら、きっと本心からの言葉だって信じて貰える。


………。


そうだよね?


信じてくれるよね?


リュート。





◇ ◇ ◇





一週間後。


「大司教様の書状を読み上げます。直接的な表現がある無礼をお許しください」


「………」

「………」


「神聖皇国に多大なる貢献をしたセレナーデ皇后殿下公認魔導技師リュートが、私生活に置いて自身の所有する奴隷の世話をするにあたり、多くの困難に直面している事実は本国にとって大きな損失であり、本教会はこれを良しとせず。また、セレナーデ皇后殿下からの正式な要請は大いなる主神の意志に沿うものとみなす。よって、大司教の命により神聖教会聖都本部第八教区教会所属、シスターフラウをリュートの元へと派遣し、この生活を補助することを正式な教会の慈善事業と成す」


「………」

「………」


「………という訳でですね」


「………」

「………」


「お世話させていただけないと………私、怒られてしまうのですが………。というよりですね、セレナーデ皇后殿下様からも要請が出ていますので、背いたら投獄されます」


「………」

「………」


「よろしいですよね?」


そう言って微笑むフラウを見て、リュートは困り果てた表情を浮かべ、私は意識が遠のきかけた。


………。


ねぇフラウ。


あの時あんなに怒ったのって、私の事を心配してくれたからだよね?


本当に私に対して嫉妬したからとかじゃないよね?


「ちなみに」


あれ?


ねぇ、大丈夫だよね?


「住み込みで働けと大司教様からのご命令です。資金も預かってきています。」


ドンッ!!とテーブルの上に置かれた金貨の袋を見て、


「断られると………怒られちゃいます」


私はガクンッと首を折り、深いため息をついたのだった。





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