第6話 君と繋がる方法を教えて?


11月5日


ベスが久しぶりに家に来てくれた。


あの日以降大分意気消沈していたとカノンから聞いていたが、我が家に来てくれた時には依然と変わらない笑顔を見せてくれていた。


元神姫親衛隊所属であるベスにとって、自身の恩人であるカノンの命令は絶対に背くことができないもの。


そして私はカノンの優しさを利用し、間接的にベスに人殺しをさせたのだ。


自分の力で出来ないからと言って、あんな可憐な少女に。


到底許されることではない。


謝って済まされるような事でもない。


しかし、自責の念に堪えられない弱い私が彼女への謝罪をすると、彼女は不思議そうに首を傾げ「なぜリュート様が謝るのですか?」と言ってくれた。


「私はカノン様のメイドですが、私をお救いくださったのはカノン様とリュート様です。仕えるべきはお二人。自分のご主人様の為に働くことは当然のこと。何よりも……私が、リュート様のお役にたちたかったんです。勝手なことをして申し訳ありませんでした。」


一言一句とて、彼女の言葉を忘れないように生きよう。


私の拙い言葉では、到底彼女に報いることなどできない。


いつか、いつか彼女に恩を返したい。


彼女が心の底から笑ってくれるような、そんな宝物を彼女に。


あぁ、デューク。

またプレゼントの相談に乗ってくれるのかい?

………でも、ありがとう。

今度は自分でよく考えてみるよ。





11月6日



ベスからの指摘でトイレの改装を行う事に決めた。


なぜこんな簡単な事に気付けなかったのだ。


さらに言えば部屋の内装の改善や、彼女の身体の手入れに関しても、ベスは熱心に付き合ってくれようとしている。


改めて彼女の広い視野と人を想う事の出来る優しさ、そして私にはない女性から見た視点を提供してくれることに感謝が尽きない。


何度謝辞を述べても足りないのだが、あまりしつこく言っていても迷惑になる。


せめて今日最後の謝辞をこの日記に記しておくことにしよう。


ありがとうベス。

君は素晴らしい人だ。






11月15日


トイレの改装が完了した。


カノンの執事達は手際が良く、あっという間にこちらの意図を組んで仕事に取り組んでくれた。


彼らへの報酬は「今度カノン様のお屋敷にも同じものを作ってください」とのこと。


お安い御用だ。彼女の屋敷なら……20個ほど作れば足りるだろうか?



トイレの使い心地はというと、ヴィオラが物凄く嬉しそうにしてくれていたから悪くは無いはず。


今まで随分と恥ずかしい想いを我慢させてしまっていた。

この調子で湯あみは元より歯磨きや着替えも自動化できないだろうか。


湯あみは溺れる危険があるから難しいかもしれないが、それでも彼女に恥ずかしい思いをさせないで済む方法が欲しい。






11月20日


ヴィオラが化粧をした姿を私に見せてくれた。


なんという美しさだろうか。


元より彼女が世界で一番美しい女性であることなど疑いようがないが、化粧をするとまた印象が変わった美しさになる。


三つ編みがいつもより彼女の印象を幼くさせ、私は彼女に対する礼儀も忘れて見惚れてしまった。


何度も触れてしまっていた彼女の肌に「触れてみたい」と思ったのは不思議な感覚だった。


やはり彼女にはベスの存在が不可欠かもしれない。

ベスがいなければ、私は彼女にあんなに美しい姿をさせてあげることなどできなかっただろう。


一瞬私もベスに化粧を習おうかと思ったが、私がヴィオラに化粧をする場面を想像して断念した。


美しくなっていく彼女を直視し続けることなど、しらふの私には到底無理な話だ。


それにしても美しかった…………。

彼女の美しさの賛美として、彼女の美しさについて記録していこうと思う。


まず初めに彼女の髪についてだが………


(この後、数ページに渡ってヴィオラがどう美しいのかが延々と書かれている)






11月25日

カノンからベスを通じて連絡がきた。


かねてより依頼していたヴィオラの四肢機能の回復についての話だ。


私は人体の構造については専門外なのでカノンの知識を頼らせてもらったが、天才である彼女は私の想像を超えた可能性を見つけて来てくれたようだ。


明後日、彼女はどんな回答をしてくれるのだろうか。


期待しすぎるのは良くないと思っていても、ソワソワしてしまってどうにも落ち着かない。






◇ ◇ ◇






最近はリュートが午前中の家事を終わらせてくれた後に散歩をするようになった。


散歩といっても、私は車いすに乗ったままだけど。


「か…可愛いっ!」


「でしょぉっ♡ お薦めなんですよぉ♡」


街の中を回ったり、少し足を伸ばして近くの森へ出かけたり、湖に連れて行ってくれたこともあった。


ゆっくり進む私に、いつもリュートは黙ったままついて来てくれる。


その日は私の希望を聞いてくれたリュートが、いつも私のために色々と買ってくれているという雑貨屋を覗きに来ていた。

見てみたかったんだよね、どんなお店でリュートが私の為の買い物をしてくれているのか。


そのリュートの横に肩を並べて歩くのは私服姿のベス。

飾りっ気のないブラウスに丈の短い上着、紺色のスカート姿というその出で立ちはシンプルだけど、ベスによく似合っていて凄く可愛い。


そんなリュートとベスに連れられて店に一歩入った途端、私は思わずその店内を見て声を弾ませてしまった。

可愛い小物、ぬいぐるみ、色とりどりの香水の瓶。


騎士団に居た頃は規則でこういうお店には来られなかった。

騎士団に入る前に暮らしていた故郷は田舎で、雑貨屋といっても女性向けのものなんて無かったから………こんなの初めてだ。


「何か見たいものあるか?」


「ぜ…全部っ!」


「そうか」


「これっ!家にあるっ!」


「そ、そうだな………」


右を向いても左を向いても可愛いものしかない。

良い匂いのする石鹸、素敵な髪飾り、綺麗なネックレス。

その一つ一つにリアクションをしてリュートを仰ぎ見るものだから、リュートもその度に微笑み、固い表情に戻り、を短いスパンで繰り返していて忙しそう。

なんならちょっと無表情に戻り切れてなくて可愛い……なんて。


「ほわぁ………」


「…………」


「ほわぁぁぁあ…………」


「…………」


「あ~……リュート様ぁ……私、ヴィオラ様が可愛すぎて頭がおかしくなりそうです……」


「………そ、そうか」


世の中の女性はこういうお店で買い物をしていたのか。

どうりで皆可愛いものを身に着けているわけだ。

私なんて金ぴかの鎧くらいしか着たことがないのに。


「リュート、一人でこのお店に来てたの?」


「う゛っ…………そ、そうだ………」


「最初だけは私に泣きついてきましたけどね?」


周り中女の子だらけなのに。

きっとジロジロ見られただろう、凄く恥ずかしかったに違いない。


「………何か欲しいものはあるか?」


「え………?」


買ってくれるの?


それって、プレゼントだけど。


「え、えっと………」


ど…どうしよう。


嬉しい。


「でも………」


「遠慮しないで言ってくれ」


プレゼント………リュートからのプレゼント………!


身に付けられる物が良いだろうか?


それとも部屋に置いておける物?


「ヴィオラ様っ♡ これは?♡」


「っ!!?」


「なっ………なんっ………!!」


ニコニコと微笑むベスが手に掲げるのは、向こう側が透けてしまうような黒のネグリジュ。

どこにあったのよそんなの。


「ヴィオラ様は肌が白いし御髪も銀髪ですから、きっと濃い色の方が似あいますよ?♡」


似合うとか似合わないとかそう言う問題じゃないでしょ。

そもそも濃い色っていうか透けてるし。

ほら、リュートが顔を真っ赤にして向こうを………。


顔を真っ赤にして………。


顔を………。


「………リュート………どう思う?」


「え゛っ!?」


「リュート様ぁ?♡」


ひょっとしてこういうの好きだったりする?

私は………その………リュートが好きだって言うんなら、まぁ………恥ずかしいけど………着ても………良いけど。


「ねぇねぇリュート様ぁ♡ 聞かれてますよ?♡ 」


「そ、そんな事聞かれてもっ!!ベスっ!服を引っ張らないでくれっ………!」


どうなのだろうか。


もしも私がこれを身に着けたら、リュートはどんな反応をするの?


正直な話、物凄く興味がある。


「あーでも、こっちも良いかな♡」


「う゛っ!?」


「っ………!?」


だからそんなのどこにあったのよ。

布の面積が殆ど無いような下着、隠さなきゃいけない所が開いてるし。


「べ、ベスッ!!やめてよっ!そんなの着れないっ!!」


「えー♡可愛いのにぃ♡」


これ以上ベスに任せていると危険な気がする。


は、早く自分で考えなきゃ………。


何を買って貰っても嬉しいけど、あんまり下心がありすぎるのはどうかと思う。


リュートもいたたまれなくなってぬいぐるみばっかり眺めてるし。


「………」


セットの猫のぬいぐるみ。


「リュート」


黒い猫は目つきが悪くて、ちょっとあなたに似ている。


「これが良い」


横の白い猫も、目つきが悪くて。


「これか?」


ちょっと私に似ている。


「あはっ♡ 良いじゃないですかっ♡ 可愛いっ♡」


「本当にこれで良いのか?他には?」


「これがいい」


二匹で寄り添って立つように作られている猫のぬいぐるみ。

一匹にしたら転んでしまう。


「そうか」

「うん」


ベッドのすぐ横に飾ってもらおう。

この子たちを入れる可愛いカゴ、リュートの家にあるだろうか?


「カゴも買いませんかリュート様?♡ ほら、これなんか可愛いっ♡」


「そ、そうだな………」


小さなハートのクッションがあしらわれた蔓のカゴ。

そのカゴはまるでこの子達のために作られたかのように、二匹の身体をすっぽりとその中に収めてくれた。


「あー、なんだか………♡ リュート様とヴィオラ様みたいですねぇ?♡」


「なっ………!?」


「~~~~~~~っ!!」


黒猫と白猫は頬をすり合わせて立っているのに、


「ほら、目の色とか、髪の色とか♡ お二人とも目つきがちょっと猫っぽいし♡」


私とリュートは、お互いに盛大に顔を背けていた。






◇ ◇ ◇






「満足っ♡ 楽しかったぁ………♡」


夕方、あの後も散々ベスに引っ掻き回され、私は膝の上にぬいぐるみのカゴを置いたまま、リュートは結局最初のお店でベスに買わされたネグリジュの入った袋を所在なさげに手に持ったまま、二人して顔を赤くして俯いていた。


事あるごとにからかわれ、リュートに私を触らせようとし、ウェディングドレスまで着させられそうになった。


「もーさすがにお腹いっぱいです♡ 胸やけしそうっ♡」


食事なんてしていないのに、ベスはお腹をさする振りをしながらそんな事をいう。


「明日もお買い物行きます? 今日だけじゃ行きたいところ回り切れませんでしたし」


勘弁してよ。こんなの身がもたないわよ。


「………ヴィオラが行きたいなら俺は構わんが」


そしてリュートはリュートでそんなこと言わないでよ。恥ずかしくて頭がおかしくなるから。


「あ、明日は………リュートと家にいる」


ほら、変な事口走っちゃうから。


「っ!!?」


「ふぅん?♡ リュート様と二人っきりで家に………?♡」


「~~~~~~っ!! ちょ、ちょっとベスッ!!」


「ふぅん?♡ はぁん?♡」


「ベスッ!!!」


あはは、と笑うベスは大げさな仕草でその場でクルクル回る。

腹が立つけど、そんな彼女は凄く可愛い。 本当に天使みたいだ。


「まぁじゃぁ明日はお家でゆっくりしてくださいよ。その代わりって言うのも変なんですが、明後日、お約束を頂けませんか?」


フワリとスカートを翻して動きを止めたベスは、


「カノン様がお呼びです。お二人の事を。 ビッグニュースがあるんです」


ピンと人差し指を立てて、そう言ってから微笑んだ。




「マナの回路がかろうじて生きている腕なら、動くようになる可能性が高いそうですよ?♡」





◇ ◇ ◇





「マナの回路を変質させて腱の代替品を作るということか?」


私はカノンの話を聞いても頭に疑問符しか浮かばずポカンと口を開いていたけど、リュートの方は理解できたらしい。

ようするにカノンの説明は的確で、私の頭が悪いってだけの話ね?


「情緒の無い言い方ね。女を口説くときもそういう色気のない言い方をするの?」


「な、何を言ってる!関係ないだろっ!それに俺は女性を口説いたことなんかないっ!」


………え?

口説いたこと無いの?


つまりそれは………今まで女性と付き合った経験も無いってこと?


あぁでもリュートが口説かれるっていうシチュエーションもあるのか………今の私のようにリュートに夢中になっている女に。


「ヴィオラ様、どうして嬉しそうな顔してるんですかぁ?♡」


「な、何言ってるのよベスっ!!嬉しそうになんかしてないっ!!」


別にリュートが過去にどんな女性と関係を持ったかなんか興味ないし!

今他に付き合ってる女性がいないかってことだけが重要で………。

でも……そっか……うん。


「ちなみにご安心ください。リュート様とお付き合いしている女性が今いないことは調査済みです」

「ふ、ふぅん………?そ、そうなんだ………。ちなみになんだけど………リュートって……その………」

「ちなみにヴィオラ様は興味が無いと思うのですが、リュート様は過去に複数の女性から迫られていますがお気づきになられていないようです。」

「へ、へぇ………?」

「ベスっ!!根も葉もない事を言わないでくれっ!大体なんの調査をしてるんだっ!」

「さらにこれはおまけですが、カノン様も実は―――――――

「ベス?」


ブワリとカノンから舞い上がった殺気にベスが「ヒッ!!?」と顔を青くしてそそくさと部屋から逃げ出していったところで、カノンは「はぁ……」とため息をついた。


豪奢な椅子に座り、机に肘をつくカノンの容姿は色気に満ち溢れ、正直な話同じ女である私でもドキドキする。


燃え上がるような赤い髪はウェーブして肩の先までかかり、半月を思わせる瞳は神秘的な魅力を湛えていて引き込まれてしまいそう。 額に刻まれる紋様は、彼女が皇国最高位であるアポイタカラ級の魔導士であることを示している。


あと、赤く塗られた口紅や純白のローブの上からでも分かる豊かな肢体に思わず目が行ってしまうのは、私だけではないはず。


きっとリュートも………と思ってリュートを見るけど、リュートは特に表情も変化させずにため息をつくカノンを真っ直ぐ見つめていた。



………私の事を見る時はいつも赤くなるのに。

いや、別に、他意はないの。

ホッとしたりなんかもしてないし。


「ベスはすぐに調子に乗るから………」


「あれがベスの良いところだろ。お陰でいつも彼女の周りには笑顔が溢れてる」


「貴方がいつもそうやってベスの事を甘やかすから駄目なのよ」


でも、なんかこの二人………。


「甘やかしてなんかいない。彼女は素晴らしい人物だ。俺がとやかく言わなくても彼女はちゃんと物事ってものを分かってるさ」


「まだ今年で18よ?確かにあの子は賢い子だけど、間違う事だってある。ちゃんと見守ってあげないと駄目」


なんて言えば良いんだろう、なんか………夫婦みたいな。


私はリュートとカノンの関係について殆ど何も知らないけど、この二人の間には長い時間を積み重ねてきたような雰囲気が漂っている。


「間違いも経験だ。ベスならちゃんと失敗から学ぶことができる」


「貴方って昔からそうよね………そういう期待って本人には結構プレッシャーよ?それに、しなくていい失敗だって沢山ある。」


「はぁ………」と呆れたようにリュートを見つめるカノンの目は………すごく優しい。


「あ、あのっ………私の腕の話ですけど………」


なんだか見つめ合っている二人を見るのが堪え切れず、私は声を上げた。

別にリュートとカノンが仲睦まじくしているからって、私がとやかくいう筋合いじゃないけど。

でもこの数カ月の間、リュートの目はずっと私を見てくれていた。


だから私は嫉妬しているんだ。


ベスがリュートを見ていても嫉妬なんかしないのに。



「ん?あぁ………そうだったわね。ほら、リュート、貴女のお姫様が待ちくたびれてるわよ?」


「お、おいカノン………失礼な事言うな………」


私を見た途端に赤くなるリュートを見るとなんだかホッとする。


嬉しくて思わずリュートの事を見つめていたら、カノンが何とも言えない表情で私のその顔を見ていた。

何だってのよ。


「あなたも大変ね。ヴィオラ」

「………べ、別に………私は」

「? ………説明しても良いか?」


………羨ましいと思ったのは事実だ。


カノンは私の知らないリュートを知っている。


彼がどんな風に生きて来たのか。


何が好きなのか。


何を見て感動するのか。


きっとリュートの事は何でも知っているのだろう。


そんなの………私だって知りたい。


「体の中にマナの流れる脈があるのは知っているな?」

「………うん」

「マナは自然界に満ち、我々人間や魔物、竜族などの使用者によって様々にその姿を変えるわ。例えば………」


ポンッ


という音と共に、カノンの指先からは火の玉が飛び出してきたように目に映り、私は唖然としてその光景を見つめた。


今、全くマナの錬成の漏洩反応が起きてなかったのに、火の玉は突然目の前に出現した。 何気なくやられたけど、こんなにスムーズな術式の発動を見たのは生まれて初めてだった。


「こんな風に」

「………通常は錬成陣や呪文によって現象を引き起こすんだが、まぁカノンみたいに例外もいる」

「別に特殊じゃないわよ?仕組みさえ理解すれば誰にでもできること」


涼しい顔で言ってくれるけど、マナの仕組みの理解って何よ。


殆ど究明もされていない様な物質なのに。


………。


この間の大戦でカノンが前線に出て来たという話は聞いていなかったけど、もしも出て来ていたらと思うとぞっとする。


まぁ、結局出てくるまでもなく私達の国は滅亡したのだけど。


「それでね、あなたの身体についてだけど、この間あなたが眠っているときに少し調べさせて貰ったの。ごめんなさいね、勝手な事をして」


「い、いえ………」


「すまない、俺が勝手にカノンに頼んだんだ」


「別に貴方に頼まれたからって訳じゃないわリュート。………私もあなたと同じお節介焼きってだけよ」


「………そうか、ありがとう」


「………」


…………。


そのすぐに見つめ合うのなんなの?


分かってやってるの?


さっきベスがカノンとリュートとの関係について口を滑らせかけていたし………。


本当に二人って、どういう関係なんだろう。


「それで………そのマナの流れる脈を変質させるって言うのは………」


「え? あぁ………あなたの身体を調べて分かったのは怪我の状態。というかマナの回路の破損具合についてといった方が良いかしら。腕に関しては僅かだけど脈が残っているということ。一方で脚に関しては寸断されていて完全にマナが流れていない状態だということ」


カノンに指を差されながら説明を受け、私は自分の手足に視線を落とした。


そういえばリュートの家に来てからというもの、自分の手足にマナが流れるかなんて確認をしたことすらなかった。


というか、術式を使いたいという欲求が微塵も湧いてこない。


使ってみようか、と思った瞬間に気分が悪くなってきて、すぐにそんな考えを頭から振り払った。


「何もしてなかったら壊死していてもおかしくなかったでしょうね」


「………何もしなかったら?」


「リュートが強制的に代謝させていたんでしょう?あなたの手足、全然細くなっていないじゃない」


「………」


カノンの言葉に目を見開いてリュートを見上げれば、リュートは気まずそうな顔をして俯いている。


………。


リュートが湯あみの時に私の手足だけは素手でやっていたのってそう言う事?

そういえば……不思議なくらい気持ちよかった。

あんなに気持ちが良かったのって、マナに干渉していたから?


「なんでそんな事も話してないのよ」

「い、いや……それは……その……」


呆れたようにため息をつくカノンに、リュートは顔を赤くしていた。


………。


でも私はなんとなくリュートが考えそうな事が分かる。

私の体内にあるマナを勝手にいじることに抵抗感があったんでしょ?


………。


マナの譲渡や交換って、魂の性交だとか裏で言われるくらいだし。


「だから腕の方はこの脈を復活させることができれば………あとはその脈を変質させて人体の代わりをさせるだけ」


「させるだけって………そんなに簡単な事なんですか?」


「いいえ? でも、少なくとも私ならできるわ」


臆面もなくそう言い切るカノンの表情に一切の迷いは見えなかった。


「ヴィオラ。カノンは天才だ。信じてくれて良い」


「あら。褒めても何もでないわよリュート?」


「………」


とりあえず、そのすぐに見つめ合うのやめて欲しい。


「その………脈を復活させるっていうのはどうすれば?」


私の言葉にリュートから視線を外したカノンは、途端に妖しい微笑を浮かべた。


「結構大変よ?それでもやる?」


「やります」


迷う必要なんてない。


どんなに辛い事であろうとも、再びこの手が動くというのなら何でもして見せる。


「今まではリュートがこっそりやっていたであろうマナの注入を、貴女が耐えきれる最大量で行うの。そうね………一日2時間もやれば結構な速度で回復していくんじゃないかしら?」


「………」


だって、手が動けばリュートの髪を撫でる事ができる。

手をつなぐ事もできる。

抱きしめることもできる。

一緒に料理をすることだって。


「その………結構辛いと思うが………」


赤い顔をしてリュートがそんな事をいうけど、私は結構自分の欲望には忠実な方だから迷いなんてしない。


………。


それより、リュートってマナを注入された経験があるわけ? どうして結構辛いなんて、そんな事分かるの?


もしかしてカノンから?


もしそうだとしたら、魂の性交をカノンとリュートは済ませているってこと?


そういうの………、匂わせるのはちょっと勘弁して欲しいんだけど。


「なに他人事みたいに言ってるのよ。リュート、あなたがやるのよ?」


「え゛っ!? ちょ、ちょっと待ってくれ!カノンがやってくれるんじゃないのか!?」


「馬鹿言わないでよ。毎日二時間なんてそんな時間、私がとれるわけないでしょ?これでも結構忙しいのよ?」


「やります」


「ヴィ、ヴィオラ!?」


「リュート、力を貸して?」


「う゛………わ…分かった」


リュートに迷惑を掛けるとか、もう気にしていられない。


キッと表情を鋭くした私を見て、カノンは笑みを強くしてリュートの困り果てる姿を見つめていた。


その表情はどことなくベスに似ていて、こういうの見ると二人が似た者どうしの主従なんだなってよく分かる気がする。


「ちなみにだけど、一方的に注がれるよりも循環させた方が脈の訓練になるわ。マナの消費も抑えられるし、その方が長い時間できるはずよ。腕がある程度回復してからの話だけどね」


「「っ!!?」」


循環って………それは………わ、私からも………。


それは流石にはしたないというか………でも………。


リュートも顔真っ赤。


「リュートのマナ、凄く大きいからきついと思うけどどうする?」


「カノンっ!!」


「…………なんでそんな事知ってるんですか?」


「私とリュートがしたことがあるからよ」


「お、おい!」


「あはっ♡ カノン様意地悪な言い方しないでくださいよぉ。ヴィオラ様違いますからね。正確には私の病気の治療のために、三人で循環させたんですよ♡」


微笑んで首を傾げたカノンは、明らかに私の事を挑発しているように見えた。

まぁ私の単細胞みたいな頭じゃ、そんな安っぽい挑発でも効果はてきめんなわけで。


「じゃぁそれでやる」


「ヴィオラッ!?」


熱くなる顔でカノンの事を睨みつけながらそう言うと、カノンは私と慌てるリュートを見て可笑しそうにクスクスと笑っていた。





◇ ◇ ◇





その日の晩から、私は躊躇うリュートに何度もお願いをしてマナの循環を実践することになった。


『いきなり弱っている回路に大量のマナを注ぐのは危ないわ。逆に残ってる回路を圧迫しちゃう危険があるの。健常に働いている身体の方からマナを流して、自然に流入する程度の所から慣らしていった方が良いでしょうね。そもそもヴィオラの腕からマナを送るのはまだ難しいでしょうし、身体の広い面積を接触させてマナの譲渡を行うと良いわ』


昼間にカノンから聞いたマナの循環を行う時のおすすめの方法。


『あと………布とか、そういった物質は挟まない方が良いのは分かってるわよね?もちろん空気も。マナが干渉を受けて変質しやすくなるからロストが出るし、今ヴィオラの回路は弱っているはずだから不純物を与えないで』


私はベッドの上に座り、その後ろにはリュート。


脚を伸ばして座る私を、リュートが両脚の間で挟み込むようしている。


『まぁ要するに………衣服とかは身に付けないで肌を直に合わせた方が良いってことね。出来るだけ広い面積で。という訳で肌を合わせるシチュエーションとしては………』


私の上半身にはリュートが買ってくれたブラ一つ、リュートもズボンは履いているものの上半身は完全に裸。


………初めて見た、リュートの裸。


「………」


「………」


もう私の頭の中は完全に沸騰していて、何もまともな思考ができていなかった。

とにかくリュートの裸が目に焼き付いて離れないし、まだくっついてもいないのに空気を介してリュートの体温が背中に伝わってくるし………。


こんな事でまともにマナの操作なんて行えるのだろうか。


「………じゃぁ、く、くっつくぞ?」


「う、うん………」


「本当に良いのか………?」


「い、良いに決まってるでしょ………」


リュート以外だったら嫌だけど、リュートとなら………。


「し、しかしやっぱりだな………こういうのはせめて女性同士で……」


「………駄目。 リュート以外とはしない。」


「っ………」


というか、リュートとしたい。


恥ずかしくて恥ずかしくて何も考えられないけど。


もっと恥ずかしい姿を散々見せてきているっていうのに。


こういう恥ずかしさって、絶対量じゃなくて個別にあるものなんだなって初めて知った。


そんな感覚がちょっと嬉しい。


「お願い」


「………分かった」


私の「お願い」にリュートが弱いのは知ってる。


卑怯だってわかってるけど、でも………じゃぁ他になんて言えば良いのよ。


「っ………!」


リュートの身体がピトッと私の背中に触れて、その途端に私の背中をゾクゾクとした感触が走り抜けていく。


温かくって、気持ち良い。


「リュート、抱きしめて………?」


「っ!? い、いや………しかし………」


「肌をできるだけくっつけろってカノン様も言ってたでしょ」


「それはそうだが………」


「お願い」


私がそう言うと、まるで魔法が掛かったみたいにリュートは恐る恐ると言った様子で私のお腹に腕を回し、


「っ………♡」


ギュッと私の身体を抱きしめてくれた。


………。


今、どんな顔してる?


見たい。


出来ることなら、脳裏に焼き付けておきたいくらい。


「じゃぁ………始めるぞ?」


「う、うん………」


「最初はちょっとずつにするからな?」


「わ、分かった………」


「辛かったらすぐに………」


「分かったってば!」


まぁ、凄い顔をしてるのは私の方か。


何で恥ずかしいと顔って赤くなるんだろう。


いや、仕組み的な話じゃなくて、もっと目立たない場所が赤くなるのでも良いじゃない。

恥ずかしいのを相手に知られたら、もっと恥ずかしくなって悪循環でしょ?


「んっ………」


「だ、大丈夫か?」


なんて、別の事を考えながら気を紛らわせようとしても無理な事は、


「ぁっ………」


彼から流れ込んでくる温かいドロドロとしたマナの感覚で、何度目かに身体が跳ね上がったあたりで身をもって教えられた。


「ぅっ…………ぅうっ…………」


歯を食いしばって声を我慢しようとしても無理、目をギュッと瞑ってみても無理。

なんだか体の中にトロトロの熱い液体を注がれているみたい。


リュートの存在が入り込んでくる。

身体の芯がじんじんする。

頭がボーっとしてきて、訳が分からなくなる。


「ぁ………んっ………」


「っ………!」


身体中が気持ち良い。


背中に感じるリュートの体温も、首筋にかかる彼の吐息も、身体の中に流れ込んでくるマナも。


無理だ。


これ、絶対に無理。


こんなの二時間もなんて無理だよ


30分でもきつい。


「リュ、リュートッ………も、もう少し弱く………」


「す、すまない………出来るだけ弱くしているつもりなんだが………」


手からのマナの放出じゃないせいかも。

普段からやり慣れてないことだろうし………それに、身体の接触している場所が多いから調節が難しいはず。


「やっぱり最初はもう少し身体を離した方が………」


「そ、それは駄目っ!!」


早く手を動かせるようになりたいって言うのは建前。


くっついていたいって言うのが本音。


「が、我慢するからっ………続けて」


「………分かった」


くっついているのが嫌だとか、お願いだからそんな誤解しないで。


卑猥な声を出してしまう自分が恥ずかしいだけ。


「んぅっ………!」


明日私の下着に変な染みがあるのがばれてしまうかと思うと、恥ずかしくて死にそうなだけ。


「ぁっ…………あっ………リュート………」


「~~~~~っ……」


いやらしい女だって思われちゃうのが、もしそういう私がリュートの好みじゃ無かったらって思うと………それが不安なだけ。


だけど、


「リュート………気持ちいいよ………」


「ヴィ、ヴィオラ………」


「気持ち………いぃ………ぁっ………」


リュートからの熱いマナの奔流に晒されて、私の貧弱な理性は笑っちゃうくらい簡単に吹き飛んでいった。


結局、1時間の後、数えきれないほどに痙攣をし続けた私は遂に意識を失い、


「………」


目が覚めた時、一緒の布団で眠るリュートの寝顔を見て、私はまた顔を赤くしたのだった。



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