第2話 君となら どこでも
8月11日
今日も今日とておかゆ。
本当に情けなくて謝ることしかできない。
初日に近所の酒場に行って病人に食べさせるものを、と注文したはいいものの、あまり煮込んでいないおかゆに文句をいって繰り返し作り直して貰っていたら、たたき出されてしまった。
それ以来自分で作るようにしているのだが、色々と試してみてもどうにもうまくいかない。
結局失敗しておかゆの連続。
初日などは吐き出されてしまったし…。
不味いから吐いたとは思わないが、少なくとも美味ければ吐きはしないはずだ。
何とかしなければ。
8月12日
今朝恥を忍んでカノンの所にベスを貸してくれるように頭を下げに行った。
門前払いを喰らったが、結局今日の午後にベスが訪ねて来てくれたのはカノンの優しさだろうか。
それにしても、事情を話したら随分と驚かれてしまったが、仕方のない事だと思う。
私のような立場の人間が、彼女のような美しい女性の奴隷を買うなど何を憶測されてしまっても文句は言えないのだ。
しかしそれでもベスは私に軽蔑の視線を向けることなく、カノンに事情を話し、了承を貰えるように頼んでくれるらしい。
彼女が来れるとしても少し先のことになるそうだが………。
それにしてもなんて良い子なのだ。
一回りも歳の離れた娘だが、私よりよほどしっかりしている。
カノンの許しが出るかどうかは別として、ベスには必ずお礼をしなくては。
何を贈ればいいのだろうか。
17の女性に送るプレゼントなど、誰に相談すればいいのだろう。
………悩んでいたら、壁の穴からデュークが顔を覗かせてチュウと鳴いていた。
デューク、君は異性にプレゼントをしたことがあるのかい?
8月13日
まいった。
どう頼んでも彼女がトイレのタイミングを教えてくれない。
恐らく私に声を聞かせるのもおぞましいのだろう。
羞恥に耐えて女性用の下着を買ったのに、もうそれも在庫を尽きかけてしまっている。
ずっと監視している訳にもいかないし、本当にどうすればいいのだろう。
…………オムツは怒るだろうか。
しかし今のままでは不衛生すぎる。
しかし、あの剣姫ヴィオラにオムツなど………。
しかし、オムツなら大量に買う事が………。
あぁ神よ…………。
8月14日
結論を出した。
オムツを履かせる。
私は恐れていたのだ。
自分が嫌われるかもしれないという事を。
それに気づいた時、私はいつ以来になるか分からない程声を上げて笑ってしまった。
浅はかにも程がある。
これ以上嫌われようがあるというのだろうか。
私は彼女の祖国に対してそれ以上の仕打ちを既にしてしまっているじゃないか。
私の作りだした兵器で何人殺した?
どれほどの恥辱を彼女に与えた?
今更、彼女がオムツでどうこう思うような精神状態にあるはずがない。
なんて浅はかで醜いのだろうか私は。
彼女は、あんなにも美しいのに。
9月1日
随分と日記の間が空いてしまった。
今日はちょっとした記念日だから、久々に日記を書こうと思う。
彼女が言葉を発したのだ。
「いらない」と一言。
その後は何をしても話してはくれなかったが、私は馬鹿みたいに有頂天になってしまった。
きっと彼女の目には随分と間抜けな顔に映ったに違いない。
ただ、
勘違いはしないようにしよう。
彼女は私に心を開いてくれている訳ではない。
彼女は高潔な人間だ。
きっと燃え上がるような憎しみを抑え、私の行動に礼を尽くしてくれたのだ。
感謝しよう、彼女に。
たった一言声を掛けてくれただけで、私は馬車馬のように働ける気がする。
そう言えば、おかゆ以外にも私は卵料理をいくつか作れるようになった。
まだまだ彼女に重たいものを食べさせるわけにはいかないが、少しずつでも美味しいものを食べさせてあげられるように頑張らなければ。
一応記録しておく。
9月13日
ベスが来てくれた。
いくつか記録しておきたいが、まずはやはりベスの偉大さと素晴らしさについて謝辞を述べるべきだろう。
本当にありがとう、ベス。
必ずお礼をする。
さて、彼女が来て分かった事だが、どうやら私はかなりの味音痴らしいということだ。
今まで作ったものをベスに試食してもらったのだが、全てダメ出しをされた。
食べられない程ではない、と言われたが、額面以上の重さを感じなければいけない言葉だろう。
今日の所は米の炊き方から指導された。
なんて行き届いた指導だろうか。
感謝してもしきれない。
簡単なスープも教えてくれたが、合格することはできなかった。
明日もう一度来てくれるらしい。
なんて優しい娘なのだろうか。
神よ。ベスに抱えきれないほどの幸福をお与えください。
料理以外でもベスの指導は素晴らしいものだった。
まず第一に、湯あみをさせていないことに物凄い叱責を受けた。
なぜ私は彼女が当たり前に感じるようなことも思いつけない程愚鈍なのだろうか。
慌てて質屋に湯あみに使えそうな桶を買い戻しに行ったが、少し修理が必要だ。
明日ヴィオラの身体を清めたら、仕事はほっといて修理に時間を費やすことにする。
そうと決まれば早く寝なければ。
おやすみ。
9月20日
最近彼女が私の腕を噛まなくなった。
彼女の胸中を図るなどと言う恐れ多い事をするのは避けるが、素直に嬉しく思ってしまう私はやはり愚か者だ。
自戒せねばならない。
あれ以来一言も口を聞いてはくれないが、彼女にも彼女なりの心理があるのだ。
あの時は口を聞いてくれた。
今は口を聞いてくれない。
それでいい。
明日もベスが来てくれる。
調理場の掃除をしておかなければ。
9月30日
神よ。
感謝します。
あぁ、神よ。
なんという美しさだろうか。
ヴィオラの心がだ。
私の作った料理などに気を使ってくれたのだ。
いや、これは勘違いでいいのだ。
そう思う事で私はまた頑張れるから。
断言しよう。
この世に彼女ほど美しいものは存在しない。
なんという幸せ者なのだろうか、私は。
◇ ◇ ◇
「っ…………」
どうしよう。
なんかまたもよおしてきた。
「ぅ……………」
我慢をしようか。
しかしいつまで?
このまま2時間ほど?
無理だ。
「くっ…………!」
恥ずかしくて顔が燃える。
絶対に「え?また?」と思われるに違いない。
調子に乗って朝からスープを3杯も飲むからこんな事になるのだ。
リュートだって止めてくれればいいものを………いやそれは逆恨みか。
私は震えながら枕の脇に置かれた鈴を口に咥え、、
―――――リンッ
とためらいがちに小さな音を鳴らした。
途端に響くドスドスという足音。
よくもまぁこんな小さい音を聞き逃さないものだと毎度のことだが感心する。
「どうしたっ!?」
バァンッ!!と音を立てて開かれた扉から飛び込んできたのは背の高い黒髪の男。
目つきが悪く、黙って立っていたら暗殺者か何かかと思うような外見だが、実際の所この男は暗殺者なんかとは比べ物にならない程性質の悪い人物ではある。
「…………っ」
またトイレとは言えずに、私は顔を赤らめたまま黙って俯いていると、
「トイレか!」
「~~~~~~~っ!!!!!!!!」
このクソ男はパッ!と笑顔を浮かべてそう言い放った。
「よし、すぐに行こう。少しだけ我慢してくれ」
私が赤面しながら歯ぎしりをする姿を何故か肯定と受け止めたらしいリュートは、ドスドスとベッドの横まで駆けよってくると、私の膝裏と背中に手を回してヒョイと身体を持ち上げた。
「っ………!」
ぐわんっと重力が掛かった瞬間に思わず漏らしそうになってしまったが、リュートに文句をいう訳にもいかない。
私の様子を見て急いでくれているのだから。
というか本当に急いで欲しい。
いやしかし………。
「すまない、ゆっくり運ぶからな」
「っ!?」
私は変な顔をしていたのだろうか。
気付けば何やら真剣な顔をしたリュートがこちらを間近で見つめており、私は度肝を抜かれて顔をまた赤くした。
燃えるように熱くなる顔を見られてしまってはとは思ったが、
「よし」
既にリュートの視線は前方。
私の顔など視界の隅にも入っていない様子に何故だか私はムカッとした。
私がリュートの腕の中に抱えられながらその顔を睨みつける事数十秒。
躓くこともなく、ましてや私の身体を激しく上下させることもなく、リュートは宣言した通りに私をゆっくり慎重にトイレにまで連れて来てくれた。
トイレのドアは開きっぱなし。
初日に足でトイレのドアを開けようとしてリュートが転び掛けて以来、リュートはずっとトイレのドアを開け放しているらしい。
「降ろすぞ」
「………」
私が小さく頷くのを見て、リュートは私の身体をそっとトイレの上へと降ろすして背もたれに寄りかからせる。
「すまない、ズボン下ろすからな」
「………」
そう言いながらリュートは私のズボンに手をかけ、顔を背けながらスルリとそれを足元まで下ろした。
「足、開くぞ」
「………」
「どうだ?」
「…………大丈夫」
こちらを見ていないのだから、言葉で返すしかないじゃないか。
「………よし、じゃぁ俺は出てるからな。扉閉めるぞ。バランス崩したらすぐに呼ぶんだぞ。遠慮するなよ」
「…………」
心配をしすぎだ。
扉が閉まる瞬間まで明後日の方向を向きながらゴチャゴチャと言い続けるリュートを睨みつけ、パタン、と扉が閉まると同時に私はお腹に入れていた力を一気に緩めた。
「…………」
だめだ。
やっぱりだめ。
「…………っ」
どうしても恥ずかしい。
もう身体で見られていない箇所などない。
汚物の世話までされた。
私が今更恥ずかしいなど思う要素はこの世のどこにも存在していないはずなのに、今扉の目の前で排泄の音を聞かれていると思うと死ぬほど恥ずかしい。
しかもこの後………。
「終わったか?」
「っ…………!!」
「ヴィオラ…………?」
「ぐぬっ…………」
「……………?」
「……………お、終わった」
「そうか、すまないが、開けるぞ?」
「ぐっ…………」
「……………開けて良いか?」
「……………う、うん」
カチャ、と静かに開かれた向こうには、やはり明後日の方向を向いたリュートの姿。
リュートは無言のまま私の前まで進んでくると、いつも通りスッと私の前にしゃがみ込んだ。
「~~~~っ」
どうして今更こんな事が恥ずかしいのか。
これ以上に恥ずかしい姿を見せてきているというのに。
「すまない、拭くぞ」
一瞬だけチラリと私の足の位置を確認したリュートが、すぐにまたグルンと顔を斜め後方に向け、手に持った柔らかい紙を私の股へと近づけて来て、
「~~~~~~~~~~~~~~っ」
私の股に、ものすごくためらいがちにその紙をそっと押し当てた。
「ひぅっ!」
「っ!!? す、すまないっ!!!!」
変な声が出た事への羞恥心と、顔を赤らめるどころか青ざめさせて一瞬私の顔を仰ぎ見たリュートへのよく分からない怒りが、一瞬で胸の中でごちゃ混ぜになって頭がおかしくなりそう。
何なのその顔?
失礼じゃ…………………………失礼?……なんで?
「すまないっ………だ、大丈夫か?」
「…………っ!!」
何をそっぽを向いたままオロオロとしているのかこの男は。
「だ、大丈夫よっ!」
「そ、そうか…………えっと………」
羞恥心で思わず怒鳴ってしまって、すぐに後悔する。
何故かはわからないけど、怒ってるって思われたくなかった。
「ま、まだついてるかもしれないから………もう一回拭いて………」
「そ、そうか………分かった………」
何がしたいんだろう私。
本当にわけが分からない。
「~~~~~~~っ!!!!」
「…………」
歯を食いしばって声を出さないようにして。
真っ赤な顔をしたまま、身体をビクンと震わせる。
今度はリュートは何も言わずにいてくれた。
「………服、上げるぞ?」
「…………うん」
本当はまだついていないか少し不安だったけど、私も限界だったし仕方ない。
俯いたまま上目遣いにリュートの事を盗み見た瞬間、何故か今更リュートが耳まで赤くなっているのを見て、私も耳まで顔を赤くした。
ズボンを上げて貰ったあと、リュートはすぐに私の横のレバーを引く。
シュゴッ!!という音と共にトイレの中の水が吸い込まれていくこのトイレは、リュートの発明品の内の一つらしい。
さっき拭いてもらった柔らかい紙もリュートの発案だっていうし、本当に何でも作るんだなこの人。
噂に聞いていた通りだ。
「じゃぁ、戻ろう」
「………うん」
気を紛らわせるためにそんな事を考えながら、ふと私を抱き上げたリュートの顔を見ると、もうそっぽなんか向かなくてもいい筈なのに、リュートはまだ明後日の方向を向いていた。
その耳は、林檎みたいに赤いまま。
「~~~~~~~~~っ!」
駄目だ。
勘違いしないでよ私。
私にもう女としての価値なんてない。
剣を失い、四肢を失ったも同然の今になって、とうに捨てたはずの性にしがみつこうとするなんて愚かにも程がある。
汚物まで処理されているのだ。
絶対にありえない。
「…………」
でも、
「…………」
なんでこの人は、帰り道でもやっぱり、壊れやすい宝物でも運ぶみたいに私を運んでくれるのだろう。
「…………」
部屋までの短い距離。
私はじっとリュートの横顔を見つめ続けていて、リュートは一度も私の方を見ようとはしなかった。
リュートも私も、林檎みたいに赤い顔をしたまま。
◇ ◇ ◇
コンコン、という音が響いて、私は思わずビクリと身体を震わせた。
「起きてるか?」
「…………う、うん」
「入っても良いか?」
「…………も、勿論」
ご飯でも湯あみでも掃除でもない時間に、珍しくリュートが自分から部屋にやってきた。
その事に対して何故か私は無性に嬉しい気分になって、また顔を赤くしながらゆっくりと開くドアを見つめ、
「…………?」
リュートの身体の前にある変な椅子を見て眉をひそめながら首を傾げた。
「車いすを作ったんだ」
「…………車いす?」
その椅子の足元には何やら錬成陣の描き込まれた車輪がつき、やたらとしっかりした造りの柔らかそうな椅子がその上に載っている。
背もたれの後ろには取っ手がついており、リュートはその取っ手を押しながらゴロゴロという音を立ててその椅子を私の目の前まで持ってきた。
どこぞの貴族が移動すら面倒くさがって作らせた物なのだろうか。
そう思うほどに上質なクッションが敷き詰められたその椅子は、近づいて来るとひじ掛けにも何やら複雑な術式の紋様が書き込まれている。
「…………なにこれ」
「ヴィオラに使って見て欲しいと思って………どうだ?」
どうだと言われても、どうすれば良いのだろうか。
「使うって………私が?」
「え?………あぁ、そうだが。嫌か?」
嫌かと言われても、手も足も動かない私にどう使えというのか。
そもそも椅子を使うって………座るじゃなくて?
いや、使うって言うか。
ん?
「まぁちょっと座ってみてくれ。一応動作の確認はしてるから」
「えっ………ちょ、ちょっとっ…………あっ………」
いつものようにヒョイと持ち上げられてしまった私は、あっという間にその椅子へと座らされてしまう。
私の返事を待たずに少々強引にそんな事をするリュートは、ここ最近では初めてで珍しかった。
「…………」
座らされたは良いものの、座り心地が素晴らしく良いとしかいえない。
お尻の下ばかりか背もたれも凄く柔らかいし、なんだか意思を持って形を変えているかのよう。
「座るところと背もたれは身体の中のマナを読んで自動的に形を変えるように作ってみたんだ。座り心地は大丈夫そうか?」
「…………」
意思を持っているらしい。
ポカンとした表情を浮かべてリュートを見上げるけど、リュートはいつものように殆ど感情が見えない顔のまま。
「それでな、ひじ掛けの所と下の車輪に術式を刻んでみたんだ」
「…………」
「ベルトって言ってみてくれるか?」
「…………ベルト」
と私が言った瞬間に、パシュッ!と音がして私のお腹とひじ掛けに置いていた手首、そして足置きの板に置いていた足首に黒い皮のベルトが巻き付いた。
「なっ…………!?」
「そうしたら、前へ進みたいと頭の中で念じてみて」
「念じるって……………ひゃっ!!?」
ゴロッ………と突然動き出したその椅子に私は思わず悲鳴を上げた。
思わず下を見てみれば、ひじ掛けと車輪にかかれた錬成陣が淡い光を放っている。
「次は後ろに」
私が怖がっているのを感じたのか、リュートは私の肩に手を掛けて私の顔を見つめてくる。
腹が立つけど少しホッとしてしまった私は、「ぐぬっ………」と歯ぎしりをしながら、頭の中でリュートに言われた通り後ろに進みたいと、そう思い浮かべた。
「っ………!?」
途端にその椅子は、またゴロゴロと後ろにゆっくり進む。
私はその事実に全身の鳥肌が立つほど驚き、目を見開いてリュートの顔を見上げた。
「良かった。ヴィオラでもちゃんと動くな」
「~~~~~っ」
見上げた瞬間私が赤くなったのは、馬鹿丸出しの表情を見せてしまったからか、それともニコニコと微笑むリュートの表情のせいなのか。
「これで外にも行ける」
「~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!」
それとも稀代の大魔導技師と呼ばれるこの国の怪物が、金額にしたらいくらの値がつくかも分からない様な発明品を、私だけのために作ってきたのだと理解したからか。
それとも、随分長い事部屋に寝転がっているだけの私を想って、外へ連れ出そうとしてくれていることに感動したからか。
「嫌じゃなければ…………だが…………その………ど、どうだろうか」
「…………」
「あぁいやっ!す、すまない。勿論家の中で使ってくれるだけでもいい。階段は流石に無理なんだが、多少の段差は自動的に車輪があがって…………」
「…………嫌じゃない」
「家の一階くらいなら不自由なく…………」
「………連れてって」
「…………」
「…………外、今」
「…………」
「…………」
「………もう夜に、明日の昼間にでも…………」
「連れてって」
「…………」
「今」
「…………分かった」
リュートにドアを開けて貰って、
リュートに後ろから取っ手を握ってもらって、
私は、自分の意思で前へ進んだ。
曲がる時は少し難しくて、
ガタガタする段差の時は少し怖くて、
でこぼこの庭の土の上はやっぱり怖くて、
でも、止まらずに進んだ。
「……………曇ってるな」
「…………」
「星、見えれば良かったんだが………ここ最近はずっと見えてたのに…………」
「…………」
外の風が気持ちよくて、
暗いのに、久しぶりに見た周りの景色は鮮やかに色付いて見えて、
「………どこか行くか?」
「………ここで良い」
「………そうか」
私がもっと素直な性格だったら、
こんな可愛げのない女じゃなかったら、
手足が動いて、
汚い姿も見られていなくて、
「…………雲も、綺麗」
「…………そうか」
もっと違う出会い方をしていたら、
戦争なんかが私達を巡り合わせていなかったら、
ううん、
それは言い訳だ。
ちゃんと言わなきゃ。
ありがとうって。
「そう言ってくれて、嬉しいよ」
でも、
「ありがとう、ヴィオラ」
なんであなたが先にそんなこと言うの?
そんなことを言われたら、
「……………」
泣いている事がばれたらって思うと、恥ずかしくって何も言えない。
「…………」
「…………」
「…………あ」
「…………」
私は死ぬ前に思い出すのだろうか。
「…………星」
「…………」
この日に見た、雲の切れ間に一瞬だけ見えたお星さまの美しさを。
「…………」
「…………」
「…………まだ見ていくか?」
「…………うん」
憎むべき相手を、少しでも愛おしく思ってしまったこの日の気持ちを。
翌日、リュートはトイレと、私の部屋のドアを両開きにする以外、一階のドアを全て取り外してしまって、
「すまない、うるさかったか?」
赤い顔をする私に、そう言って申し訳なさそうな顔をしていた。
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