11. 魔女の失踪
警邏隊の二人組は、初来店以後もちょくちょくとドールハウスに足を運んでくれている。その日もお昼すぎごろに、ふらっとやってきた。
「コトラ嬢の淹れてくれる珈琲は元気が出ますね」
「ありがとうございます。それを淹れたのは店長ですけど」
「やれやれ、つれないなぁ」
いつものカウンター席に座ったレパンが
(それにしてもよく来てくれるわね。ありがたいことだけど……ちゃんと仕事しているのかしら?)
レパンたちは二日に一度は来店している。しかし、バルダーの死に関する続報はひとつも聞かされていない。軽々しく明かせないというわけで、調査自体は進んでいるのだろうが、それでも喫茶店で寛ぐ様子をみると、少しばかり不安になってしまう。
とはいえ、自分が口を出すべきことではないのはコトラとしても百も承知だ。レパンの相手を切り上げて、食器洗いにでも取りかかろうと踵を返した。そのときだ。
「おや、これは……?」
背後から不思議そうな声が聞こえた。気になったコトラは、再びレパンの方へと向き直る。
レパンが気にしていたのは、導音機だった。普及率がいまいちとはいえ、それほど珍しいものではない。おそらく、何度となく見たことがあるはずだ。にもかかわらず、レパンはまじまじと導音機を眺めている。コトラには、その視線がどことなく鋭いように思えた。
「導音機ですよね。これはどこから?」
レパンはカウンターにいるグーベルではなく、何故か振り向いてコトラに尋ねた。訝しく思いつつも答える。
「元からお店にあったものですよ。せっかくだからといって店長が」
「そうですか」
レパンの視線がまた一段と鋭くなった。
「つけてみてもいいですか?」
尋ねられて、コトラは店内を見回す。
レパン以外の客は四人組のご婦人たちが一組いるだけだ。彼女たちは、入り口近くのテーブルでお喋りに興じている。ずいぶんと盛り上がっているので、導音機の放送音を気にすることはないだろう。そう判断して、コトラは頷いた。
「構いませんよ」
「では」
レパンが導音機の起動スイッチを押すと、少し遅れて、ラッパのように広がった口からノイズ混じりの音声が聞こえてきた。どこかの楽団の演奏のようだ。
「……普通の導音機ですね」
「え? ええ、そうですね」
レパンは難しい顔で、導音機を睨むように見ている。気になることがあるようだが、コトラにはそれが何かさっぱりとわからなかった。エクレーヌの様子を窺うと、彼女もまたレパンの行動の意図を測りかねているようだ。
楽団の演奏が終わり、放送内容が切り替わる。次は民間枠らしい。珍しいことに、大商会による宣伝ではなかった。
その内容に、コトラはため息を吐く。
呼びかけているのは王立魔道研究所だ。簡潔にまとめるならば、“叡智の魔女の異名を持つ研究員が失踪した。行方を知るものは研究所まで連絡を”という内容である。
「失踪って……大袈裟ね」
思わず口をついた言葉に、大きな反応を見せたのはエクレーヌだ。大きく目を見開いて、コトラに食ってかかる。
「何を言ってるんですか。叡智の魔女様が失踪したんですよ? 彼女の功績をご存じないのですか?」
その言葉を皮切りに彼女は次々と語り出す。曰く、十二歳でわが国最高峰の魔道研究所に所属した天才。叡智の魔女の開発した魔工機は数知れず、この数年間でわが国の技術水準を大きく押し上げた。遠からずわが国は魔道大国の名を欲しいままにするだろうが、魔女の功績は大きい……などなど。
止まることない賛辞。どうやら、彼女は叡智の魔女の熱烈なファンらしい。どう反応してよいのかわからず、コトラは曖昧な笑みを浮かべた。
「この導音機だってそうですよ! 魔女様の功績です」
導音機は、放送局に流れる音声を魔術で再現する魔工機だ。放送局で音を再現する魔術式を組み、導音機を起点に発動させているのである。
一般的に、魔術は行使者から遠く離れた場所を起点に発動することはできない。せいぜいが目視できる範囲に限られるのだ。しかし、導音機はディベロの都市内であれば使える。ディベロ全域に設置された中継器のおかげだ。
中継器は魔術式を他の中継器に伝送することができる。これにより、魔術の広範囲化や遠隔発動が可能になったのだ。都市内の魔導灯が一括制御できるのも中継器を利用しているからである。
「その中継器を発明したのが叡智の魔女様なんです!」
「お詳しいんですね」
エクレーヌの熱弁に、コトラは思わずぱちぱちと手を叩いた。茶化されていると思ったのか、エクレーヌが睨む。
「ふざけているんですか?」
「とんでもない。よくご存知だと思って」
魔道研究所の所員ならともかく、そうでもないのに、ここまで詳しい人はそれほど多くはないはずだ。コトラは素直に感心していた。
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