6. コトラの事情
「ここの喫茶店は面白いですね。あの人形はグーベル氏の?」
「ええ、そうです。祖父の技術を多くの人に見て頂ければと思いまして」
「なるほど」
カップを傾けながら、レパンがグーベルに話し掛ける。先程のような視線の鋭さはないので、単純な世間話のつもりかもしれない。
エクレーヌも静かに話を聞いている……と思いきや、その視線は二人の顔をいったりきたりと忙しない。存分に目を楽しませているようだ。上官をぞんざいに扱うわりには、面白い態度だった。
コトラがその様子を興味深く見ていると、視線に気付いた彼女が顔を赤くした。
「な、なんですか……?」
「いえいえ、お気になさらず」
「お気になさらずって……。べ、別に深い意味はないんですよ。なんとなく眺めていただけで。特に不純な気持ちはありませんし。勘違いしないでくださいね」
心なしか早口で捲し立てるエクレーヌ。真っ赤な顔で否定するものだから、余計に怪しく思える。コトラとしてはもう少し突っ込んで聞いてみたいところだったが、お客様相手に失礼はいけないと、どうにかその気持ちを抑え込んだ。若干、手遅れ感は否めないが。
「そういえば、コトラ嬢もバルター氏と知り合いという話でしたね」
グーベルとの話が一段落ついたのか、レパンがコトラに話を振ってきた。その言葉を聞いた途端にエクレーヌの顔つきもキリリと引き締まる。切り替えが見事というべきか、わかりやすいと言うべきか。
(今度は私のことを探ろうってことね)
バルターに関係ある人物について、手当たり次第に情報を集めている段階なのだろう。つまり、警邏隊でも犯人の目星がついていないのだ。
そんな考えはおくびにも出さず、コトラは頷く。
「はい、そうですね。といっても、最後に会ったのは一ヶ月以上前ですけど。導音機でバル爺の死を知ったときは驚きました」
「なるほど。そうでしょうね」
レパンは共感を示すように大きく頷いて見せた。そして、重ねて聞いてくる。
「ところで、コトラ嬢は、バルター匠聖とどういった知り合いですか? 年齢も離れていますから、共通点が思い浮かびません。人付き合いに積極的な御仁ではなかったと聞いていますが」
もっともな質問だ。バルターは職人気質で、人形作り以外のことに煩わされることを嫌った。彼の性分を知っていれば、コトラのような若い女性と交流があることを不思議に思うのも当然だ。その事実がバルターの死に関わると考えているわけではないだろうが、少しでも不審な点ははっきりさせておきたいのだろう。
無論のこと、コトラに疚しいところはないので、はっきりと答えられる。
「知り合ったのは仕事の関係ですね。共同研究をしていまして」
「……共同研究?」
「そうですよ」
コトラの返答に、レパンは首を傾げる。
「共同研究……コトラ……? コトラというのは珍しい名前ですよね?」
「そうかもしれませんね」
コトラという名が珍しいかと言えば、最近ではそうとも言えない。ただ、コトラと同世代では珍しい名前であるのは確かだ。
「もしかして、貴方は――……」
「って、コトラさん!?」
レパンがさらなる質問を投げかけようとしたところで、それを遮る大声がグーベルから発せられた。
「コトラさん、お仕事されてるんですか!? ここで働いてたらダメじゃないですか!」
仕事の関係という言葉に反応したのだろう。グーベルが心配そうに、コトラの肩を掴んだ。その手をゆっくりと外しながら、殊更のんびりとした口調でコトラは諭す。
「ああ、大丈夫ですよ。きちんと辞めると書き置きしておきましたから」
「そうですか。それなら、大丈夫……え、辞めた!?」
「はい、そうです。きっちりと辞めているのだから、誰にも文句は言わせません。だから、店長が気にする必要はありませんよ」
噛んで含めるような説明に、グーベルも少しは落ち着きを取り戻したようだが、代わりに困ったように眉根を寄せた。
「どうして、そこまでしてうちで働こうと思ったんですか?」
「それは、もちろん、興味があるからですよ」
「それほど喫茶店に?」
グーベルが不思議そうな顔で聞き返す。今までのコトラの仕事ぶりから、特段喫茶店への強い思い入れのようなものを感じなかったのだろう。
それも当然だった。コトラが興味を持っているのは喫茶店ではないからだ。
「いえ、興味があるのは店長です」
「え、僕!?」
コトラが告げた言葉にグーベルは顔を赤くした。実に観察しがいのある反応だ。
(少し伝え方を間違ったかしら。でも、概ね嘘じゃないし)
問題なしと判断したコトラは、グーベルのせいで中断した話を再開すべく、レパンへと向き直った。
「ええと、何の話でしたっけ?」
「ああ、いえ。それはもういいです」
しかし、コトラとグーベルのやりとりに気が削がれたのか、レパンはそれ以上質問を投げかけようとはしなかった。
「いいお店でした。また、お邪魔させてもらいましょう」
結局、レパンとエクレーヌの二人組はお茶を楽しんだあと、何事もなく帰っていった。去り際の言葉は、今後も探りを入れに来るという宣言にも受け取れたが、考えようによっては定期的にくるお客を確保したとも言える。コトラはそう前向きに考えることにした。
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