4. 警邏隊の二人

 カランと心地良い鐘の音が響いた。入り口に設置したドアベルの音だ。


「いらっしゃいませ」


 コトラはテーブルを拭く手を止めて、ドアへと向かう。わざわざ入口まで出迎えるのは、とても大切な客だからだ。相手の身分がどうこうという話ではなく、とても数少ないという意味で。お昼近くだというのに、最初の客だった。


 客は二人組だ。


 一人は身なりの良い青年。微笑をたたえ、物腰は柔らかい。とはいえ、決して軟弱な印象はなかった。鍛えているのか、がっしりとした体つきをしている。薄手のコートでは体格の良さが隠し切れていない。


 もう一人の客は女性。従者なのか、青年の一歩後ろに付き従っている。ただ、世話役というには、目付きが鋭い。髪は肩までの黒髪。動きやすそうな服装をしている。


 年齢は、どちらも二十代の前半だろうとコトラは見た。彼女からすると、少し年上だ。


「これはこれは可愛らしいお嬢さんだ。人形の代わりに天使が迎えてくれたのかと思ったよ」


 歌劇の台詞回しのような挨拶に、コトラは目をぱちくりとさせる。


 コトラは今年で二十歳。少し年下に見られるような容姿ではあるが、それでもお嬢さんと言われるような年頃ではない。少なくともコトラの認識ではそうだ。


 ご令嬢という意味合いであったとしても、今の格好がそう呼ばれるに相応しいかと言われれば首をひねらざるを得ない。元々、コトラは着飾ることに興味がない性格だ。最低限の身だしなみには気をつけるが、どちらかといえばラフな格好を好む。今も飾り気のないシンプルなシャツにパンツスタイル。その上にエプロンをしている。はっきりと言えば、“お嬢さん”と呼ばれるような服装ではなかった。


 コトラの戸惑いが伝わったのか、従者の女性が呆れた様子で助け船を出した。


「レパン様、彼女が困っています。出会ってすぐに女性を口説くような発言は慎んでください」

「く、口説く!? 変な言いがかりはよしてくれないか、エクレーヌ君。ただの挨拶じゃないか」

「はいはい。無自覚なのも困りものですね。彼女は平気なようですが、あなたのその挨拶で勘違いしてしまう女性は多いのです。くれぐれも慎んでくださいね」


 レパンと呼ばれた青年は慌てて言い訳のような言葉を口にするが、エクレーヌはとりつく島もない。敬称や態度から判断すれば、明らかにレパンの方が上の立場のはず。にもかかわらず、エクレーヌは容赦がない。さらに小言をいくつか追加したあと、コトラに向かって笑いかけた。


「申し訳ありません。本人の言葉通り、先程の言動は少し変わった挨拶だと思って頂ければ」

「はぁ」


 個性的な二人に圧倒されて、気の抜けた返事しか出てこない。入って早々に賑やかな掛け合いをはじめた訪問者をどう扱ったものか。コトラは困り果ててしまった。


「結局、お二人はお客様……なんですか?」

「ああ、いや……」


 率直に尋ねると、レパンが言い淀んだ。どうやら客ではないようだと察したコトラは、ますます困ってしまう。と、そこにグーベルが声をかけた。


「どうしました、コトラさん?」

「ああ、店長。どうしたと言われましても」


 それを説明できるほど、コトラも状況を把握できていない。客ではないというのなら、二人は何のためにここを訪れたのか。


 コトラがちらりと視線をむけると、二人の訪問者はグーベルをじっと見つめていた。その目には、何かを探るような気配がある。


(お店じゃなくて、店長に用があるってことかしらね?)


 ただ、その用については見当がつかない。グーベルにもわからないようだ。彼は少し首を傾げたあと、おずおずと二人に声をかけた。


「あの……?」

「ああ、すみません。私は警邏隊所属、レパン・カーマキー捜査官です」

「同じく警邏隊所属のエクレーヌ・マドレアです。レパン様の補佐を務めています」


 名乗りを上げるとともに、レパンは懐からエンブレムを取り出す。鷹を象った意匠は、彼らの言葉通り、警邏隊の所属であることを示していた。


(警邏騎士? 何でまたこんな場所に)


 警邏隊はマグニルにおける治安維持組織だ。元は国軍から派生した組織であるため、その名残で捜査権限を有した上級隊員を騎士と呼ぶ。とはいえ、あくまで通称であって、正式には本人の申告通り、捜査官という立場だ。


 コトラには捜査官がこの喫茶店にやってくる理由がわからなかった。だが、グーベルは得心がいったようだ。


「ああ、警邏隊の方でしたか。祖父のことで何かわかったということでしょうか?」

「はっきりしたことは何も。しかし、事件性がありそうだと、我々は見ています」

「そうですか……」


 グーベルの祖父、そして、事件性。その言葉で、コトラは事情を察した。


「バル爺は誰かに殺されたと言うことですか?」


 思わず疑問が口をついて出る。問われたレパンは困惑の表情でグーベルを見た。


「ええと、彼女は?」

「コトラさんはうちの従業員ですよ。ですが、もともと祖父と交流があったそうです」

「なるほど」


 コトラを関係者だと認めたのか、レパンは軽く頷いた後、少しだけ詳しい話を始めた。


「バルター氏の遺体には目立った外傷はありませんでした。ですが、あまりにも突然の死は不可解です。それに……ああ、いや、これはいいか。ともかく、不審な点があるのは確かです」


 一部を濁されたが、それは仕方がないことだろう。ともかく、警邏隊は何らかの手がかりを得て、バルターの死に不審感を抱いているようだ。


「突然死、ですか?」


 コトラの問いに、レパンは無言だった。代わりに答えたのはグーベルだ。


「祖父は僕の目の前で亡くなりました。人形作りの最中だったんですが、突然ふらっと倒れて、それっきりです。苦しむ様子もなくて、気がついたときには亡くなっていました」

「そうだったんですか……」


 苦しまずにけたのなら、最期の迎え方としては悪くは無い。だが、それは自然死だった場合の話だ。誰かが殺害したというのなら……その報いは必ず受けさせねばならない。絶対に。


 コトラが強い視線でレパンを見ると、彼はしっかりと頷いた。


「もし、バルター氏の死が何者かによって引き起こされたものだとしたら、私たちはその犯人を決して逃さないでしょう。確実に捕らえます」

「よろしくお願いします」


 コトラに合わせて、グーベルが静かに頭を下げる。その態度とは裏腹に、彼の目にはギラギラとした強い光りがあった。グーベルも犯人に対して強い感情を抱いているのは間違いないようだ。

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