番外・兎の子

かつてウサギと呼ばれた少年は山を降った先にある街に辿り着き、そこでふらふら当て所なく彷徨いたり物陰に座り込んだりを繰り返していた。

物乞いにしては見なりが良い子供が突然あらわれたのには多くの人々の目についたが、益も害もない子供のしていることなど誰も深くは気に留めなかった。

何日かして、道端に落ちている野菜クズくらいしか口にしておらず空腹の絶頂に至った少年はついにある行商の老婆に声をかけられた。老婆は日頃仕事に来ている街で見かけない顔の子供がうろうろとしているのを大いに怪しんでいたが、みるみるうちに痩せていっそう貧相になりゆく様を見過ごすことができなかった。

口を開けばおどおどと喋れはするものの自分自身の事が何一つわからないない様子からして薄鈍の捨て子だと思い、哀れんだ。その哀れみから売り物の残りで作った日干野菜と握り飯を食わせてやると素直に美味そうにかじりつく。少年のその無心なる姿は老婆がまだ娘の頃に愛でた野兎のように見えた。

老婆が連れ添った夫との間には子が生まれず、その夫も1年ほど前に死んだ。1人で畑を耕しては野菜を売り誰もいない家に帰ることにようやく慣れてきた頃だったが、目の前に突如現れた存在に対する情を抑える事は出来なかった。

民草の暮らしに慣れた少年は徐々に畑仕事を覚え家の雑事をこなし野菜売りも懸命にこなす働きをしてみせるのだが、この子供が痴愚であるゆえに捨てられたのだと考えた老婆は先のことをまだ知らない。

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