彼は誰(1)

夜更け、3人は山の中に作られた街道を歩き続けた。

先導するのは巨漢の忍びで殿は浜万が歩き、その間に挟まれるように少年は歩いていた。歩く道は今後自分の身に起きることを思うと足取りは決して軽くなかったが、自分の前と背後に立つ者に逆らう訳にもいかない。

少年は歩きながら今は亡き先輩の言いつけ通りに伝令鴉の世話を怠らず、餌の木の実を食わせたり頭を指で軽く撫でてやっていた。浜万に説明されて初めて知ったのだが、この鴉は一定の間放置されると自力で里に飛んで帰っていくように訓練されているのだそうだ。即ちそれは世話をする者がいなくなった状態を想定しており、今回の場合は全滅だった。暗殺の任務に普通この鴉は随伴させないので、つまり先程の追手隊は最初から死ぬ前提でぶつけられたものであると。


「どうしてそんな事をするんでしょう」

「さあ?なんか情報は持って帰りたいんじゃない?俺らがいる大体の場所とか」

「鴉もですけど、あの方があんなに強いのなら最初からもっと強い大勢で追えばよかったのに……。僕、経験を積めって言われましたけど、そんなの出来る相手じゃなかったし、だったら最初からもっと強い人を連れていけばよかったのに」


そもそもあいつより強い忍者はうちの里にいないんだよ、と言いかけた浜万は硬く唇を結んだ。初めて全力を出してぶつかったにも関わらず手も足も出なかった記憶は一度の死を挟んだにも関わらず鮮明に覚えている。この屈辱は同時に報復の為の活力を浜万に与えるものだったが、それは自分自身の中だけであればよく、他人に気安く明かしたくもない事実だった。

聞こえているのかいないのか、先を行く男はいっこうにこちらを気にする様子もない。

黙々と縦列で歩き続けているうち次第に空が白み始めてきた。鳥たちの目覚めの声が遠くで聞こえだす。昇る太陽を拝むのはこれで最後になるかもしれない、と少年は感傷的な気分になりかかったが、ふと気付いた。なぜ自分はこの人たちに連れられて歩いているのだろう。生かしておけないなどと言いはしていたが、その通り生かす必要が向こうにはないのだからすぐに殺せばいいのだ。そうなっていないということは、この人たちにとって何かの必要があるのではないか、自分などのような存在にも。

死への恐怖は幾許か薄れたが、これから何をされるか分からない不安は依然として残る。懐からお守りを取り出し、手のひらの中に握った。すんと鼻を近づけると嗅ぎ慣れた香りがして、少しだけ落ち着くことができた。


歩き続けるうちにやがて下り道となり、気がつけば空を覆う木々の数もずいぶん減っていた。目の前に開けてくる景色がどんどん増えてくる。田に水を引くための池が視界に現れ、一行は休息のために腰を下ろした。

少年の肩で羽を休めていた鴉は自ら羽ばたいてほとりに立ち、黒々とした嘴を濡らして水を飲んでいる。


「あれ、本当は普通に夜に寝る生き物なんだよ」


手で掬った水で洗った顔を拭きながら浜万がおもむろに呟いた。


「そうなんですか?でも、あの子は夜中ずっと起きてました」

「任務に使う鳥はみんな雛から育てて訓練してるからね。君は鳥小屋の仕事をしたことはある?」

「はい、あの、掃除とかぐらいですけど」

「よく死んだ鳥が何羽か床に落ちてただろ?あれは大抵が外から帰ってきた後の鳥だよ。伝令とか監視とかの任務中に眠らないように事前に特別な餌を食わせるんだけど、それが効きすぎて帰ってからも休むことができずに、そのまま死ぬんだ」


鴉が水面を突いて作る円の波紋を眺めた。ささやかなそれは池の真中の方にも届かず元の静けさに消えていく。さわさわと葉が風にそよいで擦れる音が聞こえる。いつの間にか太陽が顔を出していた。

ぱたぱたと羽音を立てて鴉が少年の肩へと戻った。艶のある目玉は正面を見据えているようにも、今の主の横顔を睨め付けているようにも見える。 

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