第6回目のお題キャラクター『ひとこと余計なお嫁さん』
お題編 下山冬美
週末の夕方。
月島にある年季の入ったもんじゃ屋『五郎』では貸し切りで、まごころエージェンシー(株)回収部の歓送迎会が行われていた。
歓迎される人は新卒の女性、
黒いビジネススーツに白いブラウス。
黒縁のメガネ、黒くて艷やかな長い髪を後ろで一本にまとめている。
自己紹介でもキビキビハキハキしていて、いかにも仕事の出来そうな雰囲気は頼もしい。
おまけに富田流小太刀の使い手。
ついでに我が社の大株主の娘。
これで心置きなく退職できる。
そう、送別されるのはこのわたし。
ヨレヨレのスーツにシワの取れないワイシャツ。
薄くなりかけた頭にメタボな腹。
この仕事に嫌気が差したのでひと月前に大山部長に退職届を出した。
大山部長は、
「そうか、長い間ご苦労だった」
と一言。
特に退職理由を聞かれなかったのが有り難かった。
鉄板の上ではもんじゃやお好み焼きはもちろん、ホタテやマグロ、自家製ソーセージがジュージューと音を立てていて香ばしい匂いが食欲をそそっている。
もう胃薬の世話になる必要はないので今夜は大いに飲み大いに食べようか。
「おじさんよ、いつかリベンジしに来なよ。このままじゃ小学生に負けた男っていう汚点をずっと背負っていかなきゃなんないんだぜ。じゃ、オレはそろそろ帰んなきゃ。子どもだし。またな」
そう言って店から出ていったのは濁沼蓮くん。
彼も少しずつお金を返しているらしくて何よりだ。
無論、リベンジする気は全く無い。
三味線を弾くのを止め、丸山ペラ助ペラ子が隣に座った。
「フン、少しはいい顔をするようになったじゃないか。職があろうとなかろうと人生は楽しめるよ。お前さんはアタイ達の弟子なんだからね、ペラ尋の名を汚さないように」
ペラ子が言った。
「もしかしたらドラマチックな人生が待っているかもしれないから頑張れ」
ペラ助が言った。
「君さえ良ければなんだが、僕の個人的な助手にならないか? ショゴスⅡの世話の他に魔術儀式のサポート役をやってくれたら助かる。アメリカに骨を埋める気があるなら連絡をしてほしい」
日本で開かれた学会参加のためたまたま帰国していた升田教授が言った。
「私のクシャミ拳、お前に負けてないよ。あのショゴスⅡに負けただけ。だけど昨日の敵は今日の友、雨降って地固まる。さ、この老酒を飲み干すよろし。酒は飲め飲め飲むならば、これぞまことの無職モノ」
チャン老師が老酒を勧めてきたからせっかくなので盃を空にしたら拍手が鳴り響いた。
「ウチ、いつもギャルカフェでぇもてなす側だけどぉ、シャバ僧なニキが辞めるっつーからぁ、知らんけど。フリー酒とフリー飯は
とわかるようなわからないような挨拶をしたのは若葉ちゃん。
相変わらずで安心した。
後ちょっとで借金も完済するはず。
「ウヒャヒャ、最近は事業も道場も絶好調でな。二尋よ、次の就職先が決まってないのに辞めたそうじゃないか。暇ならオイラを手伝ってくれ」
萬治おじさんからスカウトされた。
仕事を通じてわたしに関わった人が声をかけてくれる。
なんて幸せなんだろう。
だけどわたしは彼らに一言も喋れなかった。
なぜって……。
「ほらキミィ、いつまでもメソメソグズグズしてはダメじゃないかね、キミィ。快く退職を許したのだからケジメはキチッとつけなさい。キミはこれから有給消化に入るわけだが原泰子くんへの引き継ぎは済ませたのかね、キミィ」
「グッグスッ、ハッ、ハイ。顧客の下山冬美さんについては既に資料にまとめて渡しました」
大山部長に答えた。
「ええ、確かに資料はいただき精読しました。ただ初めて一人で回収するにはまだ不明なところも多く。年齢や家族構成は記載されてはいますが関川先輩が今までどういうやり取りをしてきたのかもっと具体的に知りたいです。口頭でも良いのでこれから教えていただけないでしょうか?」
原くんが微笑をたたえて言った。
飲み慣れていない酒のせいか、彼女にドキッとした。
「わかった。元々は歓送迎会の時に説明しようと思っていたんだ。顧客の名は知っての通り下山冬美。特に問題はないから回収が初めての君にうってつけの相手だよ」
そう言うとわたしは青りんごサワーを一口飲んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます