回答編その2 昔みたい

 1

 ――翌日。

 わたしは資料に記してあった住所に向かった。

 もともとあのギャルがおとなしく借金の返済をするとは思っていない。

 なのでセオリー通り母親に催促する。

 法的には無理筋だが、感情に訴える作戦。

 この母親はすでに離婚して、看護師として若葉ちゃんを育てている。

 杉乃久美子。

 会いたいような、会いたくないような。

 だってこの母親は昔の……。


 午前10時前にアパートに到着。

 チャイムを押しても反応なし。

 帰ろうかと思ったら、丁度母親が帰ってきた。

「あの、どなたですか? 警察を呼びますよ!」

 年月を経ても、怒っていても、やはりその人は清楚で凛とした大和撫子だった。

「いや、わたしは『明るく朗らか爽やかに信頼関係を築く(株)まごころエージェンシー』でお馴染みの関川二尋と申します」

「えっ!? 関川って……。もしかして二尋先輩ですか? ウソ!?」

「娘さんのことでちょっと話があってここに来ました」

「……とにかく上がって」

 そう言われたので大人しく従った。


「夜勤明け?」

「ええ、しかも明日は公休。コーヒーで良かったかしら」

「うん、濃いめのブラックを」

「好みは相変わらずね。でもなんか安心した。あの頃とは色々と変わったけど変わらないものも」

「そう、君は結婚して娘を授かり今はシンママとして頑張っている。一方のわたしは借金取りなんて因果な商売だよ」

「そう自分を卑下しないで。はい、コーヒーをどうぞ」

 わたしの前には淹れたてのコーヒー。

 なんと香しい!

 胃薬を取り出してコーヒーで流し込んだ。


「うん、美味しい。君の淹れてくれたコーヒーの味も変わってないよ」

「そう、ありがとう」

「じゃあ悪いけど早速今後の話をしたいんです、杉乃久美子さん」

「ふう、昔みたいに久美子って呼ばないのね」

「……ここにはあくまで仕事で来ている……」

「ねえ、どうせ話すならあそこに行きましょう。洋食屋ミナト亭。二人の思い出の店……」

「えっ!? まだやってたのか? とっくに潰れたものかと」

「ところがどっこい、前よりも流行っているのよ。今から出ればランチに丁度いいから、さあ早く」

「わかったから腕を引っ張るなって」

 こうしてわたしたちはアパートを出た。


「オムライスにしようかな。いやハンバーグも捨てがたい」

「いつもその二つで迷ってたもんね、先輩は。私はナポリタンにしようっと」

 洋食屋ミナト亭に着くまでは歩きながら話した。

 昔のように、二人並んで。


 他愛のない話をしながら店の前まで来ると様子が変だ。

 ロケ車が停まっていて、ADらしき人が前に立ちはだかった。

「すみません、只今はロケ番組の撮影中でしてお店を貸し切りにしています。ご迷惑をかけてすみません」

 ADが言った。

「へえ、なんて番組だい? 放映されたら観てみるよ」

 わたしは聞いた。

「はい、『丸山ペラ助ペラ子の名店ペラするぞ』です。よろしくお願いします」

「ああ、丸山ペラ助ペラ子によろしく」

 そう言うと笑顔で店を後にした。

 あの二人が順調そうで何より。

 こちらまで嬉しくなってきた。


「ねえ、ずいぶんとゴキゲンじゃない。ミナト亭はおあずけになったのに」

「っふふ、ちょっとね。それよりこれからどうしようか?」

「あっ、私にいい考えがあるの。もうちょっとだけ歩きましょうか」


 2

 わたしたちは日比谷公園の噴水前のベンチで二人仲良く今川焼を食べていた。

「今日は天気もいいし風も穏やか。絶好のデート日和ね」

 周りを見渡すとカップルたちがあちこちに。

「まるで昔みたいだ」

「本当にこうして二人で座るのは何十年ぶりかしら」

 少しだけ彼女が身を寄せてきた気がした。


「実は昨日、若葉ちゃんに会ったんだ」

「へえ、で、どうだった?」

「いや、言葉が通じなかった」

「先輩、ギャルが嫌いだったもんね」

「ああ、大っきらいだ」

「ふふ、そういう気持ちって必ず相手に伝わるの。嫌いって気持ち。好きだっていう気持ちはなかなか伝わらないのにね」

「それで道義的に君に払ってもらおうとしたんだけど……」

「先輩はあまりじゃないのね」

?」

「仕事ができる人って意味だそうよ。最近、娘から教わったの。変な言葉ばっかり覚えちゃって」

 彼女はそう言って今川焼を頬張った。

 それにしてもポカポカとした素晴らしい陽気だ。


「私は払わないわ。あの娘の為にならないし。もしお望みなら煮るなり焼くなりお好きなように」

 しばらくして強い口調で彼女は言った。

「今までの話を聞く限りだと親子の仲は良好のようだけど?」

「ええ、今はちょっと反抗期なだけ。あの娘はああ見えて親孝行なのよ」

「じゃあ、今度は先入観なしでもう一度若葉ちゃんに会ってみるよ。強制執行の最後通告をしにね」

「だったら今夜食事をいっしょにどうかしら。いつも夜勤明けの日の夜は娘と夕飯を一緒に食べる事になってるの。さあ、買い物に付き合って」

 彼女はわたしの腕を取り、歩き出した。

 その時、作戦のアイデアが閃いた。

 彼女にも話したら乗り気だったので作戦を決行することに。

 ただし賭けだ。

 若葉ちゃんが本当に親孝行かどうかが試される賭け。


 3

「ただいまぁ~。ねえ、なんか男の靴が玄関にあんだけどぉ。ママ、誰か来てんの?」

「お邪魔しています。昨日ぶりですね。親子水入らずのところをスミマセン。今夜は夕食にお呼ばれしています」

 わたしは帰宅した若葉ちゃんにキチンとご挨拶。

「ゲッ、ありえんてぃーでエンドってるぅ。何の用だ、おっさん。ていうかぁ、ママに近づくな。キモイキモイ」

「実は若葉ちゃんがお金を返してくれないんでね、お母さんに相談したんです。そうしたら体を張って返してくれるそうで。おまけに今日の夕食の鉄板焼きもご馳走になる流れで。さあ、一緒に食べようか」

「ふっざけんな! ねえママ、ウソでしょう?」

「いいえ、すべて本当。若葉は金貸しの怖さをわかっていない。貯金はあるけどあれは若葉が大学に行くための大事なお金。ママは今から手っ取り早く体を使ってお金を返すの、オヨヨ」

「おい、どうすりゃいいんだよッ!」

 叫ぶ若葉ちゃん。

「ふう、これでようやく同じ土俵に立てました。ではわたしからの提案ですが……」


 4

 若葉ちゃんは今では元気にイキイキと働いている。

 わたしが紹介した新宿のギャルカフェで。

 少しずつだが返済しているので、もう大丈夫だろう。


 そして。

 とうとう久美子とは呼べなかった。

 学生時代になんとなく付き合い始め、なんとなく別れた。

 甘酸っぱい青春の思い出。


「久々に会えて楽しかった。昔みたい。でもあえて連絡先を交換するのはやめときましょう。私は時々ミナト亭に顔を出すつもりだからご縁があればまたいつか」

 特にドラマも起きないあっさりとした別れだった。

 昔みたいに。


 心境の変化とでも言うのだろうか。

 ギャル語辞典を買って、電車の中で読むようになった。

 もしかしたら必要になるかもしれない。


 洋食屋ミナト亭には時々訪れている。

 スイングジャズが流れ、アンティークな店構え。

 あの人に逢えるかも、と少しだけ期待して。


 とある日、ミナト亭に近づいたらそこからカップルが出てきた。

 一人は久美子。

 よそ行きの洒落た格好。

 もう一人はパリッとした背広を着こなした髭面の紳士。

 わたしには気付いてないようで、二人仲良く腕を組んで店から出ていった。


「お幸せに」

 そうつぶやいてわたしはそのまま店を後にした。

 この時の気持をギャル語では何と表現するのかギャル語辞典を引いてみた。

 しかし的確に表現するワードがない。

 ギャル語辞典をゴミ箱に捨てると、イヤホンを装着しスマホから音楽を流した。

 曲はデューク・エリントンのムード・インディゴ。

『君がブルーな気分でも大したことないよ。こっちはその上をいくインディゴ気分さ。なにせ恋人が去っていったもんだから心は藍色に染まっちまった。横になって死にたくなるぜ』

 そんな歌が今のわたしにピッタリで、ちょっと鼻をすすってから午後の回収に向かった。

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