回答編その1 ファーストコンタクト

 若葉ちゃんが通う高校は男女共学の都立高。

 偏差値でいうと中の下。

 彼女の顔写真を改めて確認。

 うん、いかにもギャルっていう典型的なギャル面。

 まだ家には帰ってないので下校時を狙う。

 今日は午前授業との情報を得ていたからもうすぐ校門から現れるはず。

“キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン”

 チャイムが鳴ったのでサングラスを掛けてコーヒーショップを出た。


 男女数人のグループの中に彼女を発見。

「杉乃若葉さんですね。わたしは『明るく朗らか爽やかに信頼関係を築く(株)まごころエージェンシー』の者です。少しお話してもよろしいですか?」

 わたしはグループの前に立ちふさがって話しかけた。

 白いスーツとサングラスの大柄な男がブラック会社で知られる名前を名乗った効果は想像以上だった。

 二人きりで公園のベンチに座って話す流れに。

 ここまでは良かった。

 問題に気づいた時は遅すぎた。


「マジ卍ィでぇ鬼ダル空間~ん。今ァ~、ゲルピンでキャパいからぁウチがメンケアしてもらいたいくらいなんだけどぉ。もう、OKSでキモッ」

 借金を返すように優しく説得した時の返事がこれ。

 賢明なる皆様は彼女が何を言ったのかおわかりだろうか。

(後にOKSはOとといKやがれSットコドッコイの略であり彼女の造語であることが判明)

 これがジェネレーションギャップというやつか。

 かつて小学校の担任の教師は、

「いいですか、どんな人でも話し合えば必ずわかりあえるはずです。それでもダメならさらに話し合いをする努力をしてみなさい。きっと平和な世界が訪れます」

 なんて立派な事を言ってたけど、後に自分の女生徒に性犯罪を犯して逮捕されてたっけ。

 こんなことならいつものセオリーを崩さずに、まずは雑談から入るべきだった。

 もっとも言葉が通じないのでしょうがない。

 飲食しながら話す流儀は崩したくなかったので缶コーヒーを渡したのだが、ちゃんとしたカフェの方が良かったのかもしれない。


 悩んでいたら、

「相手がワルツを踊れば私もワルツを踊り、ジルバを踊れば私もジルバを踊る」

 というニック・ボックウィンクルの名言が頭をよぎった。

 ならば、わたしも覚悟を決めて相手の土俵に乗ってやろう。


「年上の人に敬語を使えないのはKYだしぃ~。借りたお金を返さないのはチョベリバァ~。その身の丈に合ってない高そうなカバンやアクセサリーも裁判で強制執行しちゃうぞ💖 オッケティング~?」

 わたしとしては相手の知的レベルに合わせてなるべくバカっぽくコミュニケーションを取ろうと努力したつもり。


 だがわたしの努力も空しく、彼女は無視してスマホを取り出し、

「あ、ウチ。秒で公園に来て。さっきの親父に絡まれてウザッキー。じゃ、よろたん」

 と、ギャル語で伝え終わるとベンチから立ち上がり、プイと顔を背けて去ろうとした。


「あ、待て。まだ話が、」

 呼び止めたら、前から恰幅のいい男子学生が走ってきた。

「ハアハア、待たせたな。俺が来たからにはもう大丈夫だ」

「まあまあ早かったから褒めて遣わす。さあツネピコ、得意の柔道でやっておしまい!」

「あいつだな、おい、オッサン。俺と勝負しろい」

 若葉ちゃんに期待されてツネピコはやる気まんまんだ。

「ツネピコ君だっけ? 柔道が得意なようだがケンカに柔道を使うのかい?」

 まずは言葉で軽く牽制。

 彼の勢いに飲まれないように。

「いや、俺の女にちょっかいかけるバカを追い払うだけだ。それにオッサンよ、あんた素人じゃねえだろ。佇まいと身ごなしでわかるぜ。っていうか、男と男が戦うのに理由なんかいらねえだろ」

「いつウチがツネピコの女になった?」

 すかさず若葉ちゃんが抗議した。

「じゃあよ、俺が勝ったら、いいよな」

 ツネピコの鼻息は荒い。

「とにかくギャン詰めできたらウチとホカンスもアリアリアリアリアリアリーヴェデルチ!」

 テンション高くなった若葉ちゃん。

 二人の会話は、特に若葉ちゃんが何を言っているのかわからない。

 わかっているのはこれから戦わねばならぬこと。


「関川流柔術第二十代宗家、関川二尋ッ! 参る!」

「講道館柔道弐段、鈴木常彦ッ! ぶん投げるッ!」

 お互い名乗りを上げ、戦闘態勢に入る。


 猫背になり右手を大きく前に出す構えのツネピコ。

 襟を取って投げる気マンマンのようだ。

 ヤツの耳がカリフラワー状に潰れていないのはおそらく寝技が苦手なのだろう。


 対するわたしは自然体。

 足は肩幅の広さに開き、肩の力を抜き両腕をブラリとやや前方に垂らしている。


 これはただの戦いじゃない。

 柔術と柔道のどちらが強いかを証明する戦い。

 思えば古流柔術は軒並み講道館に敗れ去り、ほとんどの古流柔術の流派は存続できずに途絶えてしまった。

 その理由は『』という言葉に集約されている。

 大外刈、内股、出足払いなどの足を効果的に使う技を研究し、得意とした講道館は多くの古流柔術の流派を怖れさせた。

 やがて講道館柔道は時代の流れと共にJUDOとなり、スポーツ化して世界に広まる。

 だが失ったものも多い。

 当て身や立ち関節がそうだ。

 そして関川流柔術は投げ技寝技はもちろん、当て身や立ち関節も得意としている。


 ゆえにツネピコにあえて奥襟を取らしてやる。

 すかさず左拳で彼の右肘関節を下から突き上げる。

「ンギャッ」

 悲鳴を上げるのも無理はない。

 一時的に尺骨神経マヒになったので彼の右腕はしばらく使えない。

 ツネピコの喉笛に我が右前腕の表側を叩きつけ、そのまま手を返すと同時に真横に立ち、わたしの右手と左手をロック。

 相手は立ったまま腰を反らせて苦しんでいる。

 このまま首を絞めてたら落ちたので、ツネピコをベンチに寝かした。


「ふう、柔道も大したことないな。当て身と立ち関節をもっと勉強したまえ」

 最近は負けてばかりだったので、調子に乗って勝ち誇ってみた。

 しかし調子に乗った天罰はてきめん。

 気がつくと若葉ちゃんの姿はどこにもいなかった。


 ~回答編その2 昔みたい~につづく

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