第3回目のお題キャラクター『のんびりした切れ者おっさん』
お題編 升田教授
世間一般のイメージとは裏腹に我が(株)まごころエージェンシーは福利厚生が充実している。
有給も普通に取れるし、生理休暇や産休に育休、その他各種手当もバッチリ。
安くて美味しい社食に無料で利用できるジム。
実に至れり尽くせりだ。
当然、社員教育や社員研修にもお金をかけている。
その恩恵のお陰で、わたしは土曜日の朝に会社所有の道場で社員研修を受ける羽目に。
道場には我が社自慢の精鋭たちがズラリと勢揃い。
荒事には滅法強い赤鬼青鬼たち。
さらには濁沼蓮くんまでも。
元気そう、というよりは眠そうにしている。
以前、あの子には義眼の能力でボコられたっけ。
だけどリベンジしようなんて気はサラサラない。
なんてったって大人げないじゃないか。
そんな事を考えていると大山部長がのっそりと道場に入ってきた。
黒いカンフー着姿のパッとしない中年男性を連れて。
全員すぐに正座して大山部長の言葉を待つ。
「おはよう、諸君。今日は凄まじい方をお招きしたよ。エッジリバー社の武術教官であるチャン老師だ。老師が編み出した拳法はとてもユニークですぐに使えるから絶対に身に付けるように。それでは老師、早速お願いします」
大山部長が言うと冴えない中年が皆の前に立った。
「初めまして、チャン・フェイホンです。私、日本語片言。でも問題ない。武術は言葉じゃない、あくまでも体。今から教えるけど私、皆からよく言われる。とても強そうに見えないて」
ここで皆から笑いが漏れた。
確かに老師の体格は中肉中背で顔も穏やかで怖くない。
だけど見た目に騙されて痛い思いを何度もしてきた自分にはわかる。
彼はヤバい。
皆はわからないのか?
あの身ごなし。
あのオーラ。
「こうして笑われるのもいつもです。だから私、一番最初に強いの証明します。では、そちらの大きい方、立てください」
チャン老師は私の方を向いて言った。
本当は嫌だけどご指名ならばしょうがない。
渋々立ち上がってチャン老師の前に向き合った。
「さあ、好きなようにかかて来ていいです」
余裕しゃくしゃくのチャン老師。
ちなみに我が社では武術を教える先生に対して本気でかかって大丈夫。
忖度や遠慮は一切無用。
半年ほど前にも武術を教えに来た先生がやたらこちらを見下していたので、当て身一発を鳩尾に喰らわしたらそのまま気絶、失禁してしまいちょっとした問題にはなった。
しかし大山部長はゴキゲンで、
「それでいいよ。実力のない先生は教える資格もないし払うべき指導料もないよ。これからも本気でぶちのめしなさい!」
とわたしに言ったのを覚えている。
だからイキナリ躊躇なく右手指で目潰しに行くが自分の手首は相手の左手で掴まれてしまった。
ならばとばかりに左拳を喉仏にお見舞いしようとするが、これまた手首を掴まれてしまう。
もちろんチャン老師は掴んだ手首を放してはくれない。
しかしここからが関川流柔術の真骨頂。
慌てず騒がずに掴まれたままの右手首を下に、左手首を上に円を描く動き。
すなわち天地投げに入ろうとした時!
「へ~っくしっ!」
チャン老師の大きなクシャミが炸裂。
大量のツバがわたしの顔面に降り注いだ。
間髪をいれず、クシャミの勢いを利用した頭突きがわたしの鼻に直撃!
膝から崩れ落ち倒れて行く際にチャン老師の声が聞こえてきた。
「クシャミの威力ナメちゃダメ。クシャミしただけで腰の骨折ることもある。飛沫は新幹線より速い。その力を相手に叩き込む。これ私が編み出したクシャミ拳。今から皆に教えるから……」
そこから先は気を失っていたので覚えていない。
「おい、キミ、そろそろ起きたまえ」
大山部長の声が鼓膜に響き目を覚ました。
わたしは道場の隅に寝かされていて、鼻には鼻用スプリントの処置がされているのがわかった。
すでに道場はわたしと大山部長の他誰もいない。
「うん、大丈夫だね。あれで良かったんだよ、キミ。鼻は元々潰れてるし問題ない。一応は鼻用スプリントを当てているが今日の回収が終わったら整形外科でレントゲンを撮ってもらうといいよ」
「はい、醜態をさらし申し訳ございません」
「いやいや、キミは貴重な体験をしたんだよ。社員研修で負けても本番では結果を出せばいい。次からは見た目に惑わされず油断しなければいい。これから取り立てに行く顧客の升田教授もチャン老師と同じタイプのようだね。今日こそは結果を出してきなさい、わかったかねぇ、キミィッ!」
「ハイッ」
わたしは飛び上がるように立ち上がって道場から出て行った。
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