回答編 ストレス由来の食欲不振には胃薬が手放せない

 1

 そもそもなぜわたしはこんな会社に? 

 どこでつまずいたんだろう?

 何が悪かったんだろう?

 不景気?

 Fランク大の学歴?

 いずれにせよ就職活動に失敗したわたしはゼミの教授に泣きついたっけ。


「今から推薦できる会社は、と。お、あったあった。川角金融か。関川くんにその気があるなら推薦してやるがどうだ?」

「イヤです! 絶対にお断りします! 評判が悪すぎます。給料はいいけどあんなとこに勤めているのが知られたら皆んなから石を投げられますって」

「まあそう言うな。自殺者が出たり、過払い金の他に汚職事件やら被害者達の集団訴訟で悪名高いのは確かだ。でもな……」


 教授曰く、とある大企業グループが川角に汚れ仕事をやってもらうために傘下に入れるとか。

 川角金融は生まれ変わる最中。

 経営陣はほぼ入れ替え。

 貸したい会社、借りたい人の仲立ちをメインにするので金融業は徐々に狭めていく予定。

 会社名も(株)まごころエージェンシーと改名するそうな。


「これはもう別の会社だといってもいいんじゃないかね。ま、君の人生だから強制はしない。だが返事は早めにしてほしいんだが。で、どうする?」

「う~ん。それではお願いします」

「そうか。君は確か関川流柔術の伝承者だっけ。ガタイも大きいから債務者もビビるんじゃないか。回収するのにうってつけだよ、ワッハッハ」

「はあ」

「やはりお父さんの跡継ぎでも柔術を教えて稼ぐのは難しいのかな?」

「はい、わたしはそれほどの腕前でもないし才能もないので武道で身を立てるのはあきらめています。まずは就職しないと」

 こうしてわたしの不幸が始まった。


 2

 天気はいいけど心は晴れない。

 公園のベンチでハンバーガーを食べながら今回の顧客、つまり債務者である濁沼蓮の資料を読むことにする。

 ・数年前の爆破テロに巻き込まれ視力を失う。

「うんうん、あの時は毎日のようにテロがおきてたもんなぁ」


 ・父親は今も入院中。母親は病気がちで臥せっていることが多い。

「かわいそうに、としか言い様がない」


 ・ご存知のように政府の方針により福祉手当は切り詰められている。

「そう、弱者切り捨ては政治の基本だ」


 だが蓮くんはタイミングが良かった。

 もう一度我が社の業務内容を説明したい。

 我が社から借りたいという顧客もいれば、我が社に貸したいという企業も多数ある。

 その仲立ちが業務のほとんどを占めるようになっている。

 時には(というか殆どは)違法スレスレの企業と取引をすることもある。 

 例えば、エッジリバー社なる中国の医療機器メーカー。

 某大学の医学部の研究室と協力開発した義眼を我が社を通してリースしたいと申し出る。

 なんでも義眼から出る人口視神経が自動的に脳の視床下部につながり視力を回復するとかいう次世代で高性能なシロモノらしい。

 でも試作品。

 治験もエビデンスも、条件に合う人もいない。

 そもそも臨床試験の許可が下りかどうかも疑わしい。

 そこで我が社の出番。

「条件に合った方に喜んでお貸しします」

 と先方は言う。

 ある程度の期限を設けてリース、後に義眼とデータを回収する算段。

 もし上手く行けば世論を背景に一気に認可をもらおうという腹積もり


 同じ時期に濁沼蓮くんの事件が報道されると我が社の営業部の精鋭は彼のもとに赴き半ば強引に契約を結んだと聞いた。

 幸い、連くんと義眼の相性はよく無事に視えている。

 本当に良かった。


 なお、資料の最後らへんにはこう書いてあった。

 ・現在幼い弟妹を抱え、炊事、洗濯をしつつ病床の母の面倒を見ている。父親の入院費や生活費は貯金を切り崩しているがそろそろ限界。リース代も滞っているので早めに容赦なく回収すべし。

「こんないい子から回収しなきゃならないなんて、恨むぜ神様!」


 ・回収すべきもの。滞ったリース代を回収。その後は身柄を確保し大学病院に連れていけば良い。眼球を取るのは病院側の仕事。

「まだ9歳だっけ。さあ心を鬼にして片付けるか。しかしこのハンバーガーはいつから死ぬほどまずくなったんだろ。やっぱ多少値が張ってもワッパーにしとけばよかったな。いや、どのみちストレスによる食欲不振で食えないのかな」

 最近クセになっている独り言をつぶやくとガリリと胃薬の錠剤をかみ砕いて飲み込み、目的地に向かった。


 3

 蓮くんの自宅は意外にも大きな一軒家だった。確か我が社の担保になっていたはず。

 インターホンを押すと、

「どちらさまですか?」

 と幼い声。

「わたし、まごころエージェンシーの関川二尋と申します。本日は濁沼蓮くんから両眼および滞ったリース代を回収しに参りました」

「今鍵を開けるのでお待ち下さい」

 と声がして、しばらくするとドアが開き小さな男の子が出てきた。

 学校指定のジャージ姿の彼は上から下までなめるように値踏みするかのようにわたしを見ている。

 ただ、蓮くんの義眼はまったく違和感がなく、指摘されてもわからない。

 わたしが何より嬉しかったのは、落ち込んでいる様子は殆どなく、元気というか、不遜というかふてぶてしい、生意気という印象を蓮くんから感じたこと。

 それでこそ回収しやすい。


 お互いに家では聞かれたくない内容もあるので近くのファミレスに移動し、交渉開始。

「え~と、あまり大きな声じゃ言えないんだけど両眼を返してくれないかな」

「今、ここでかい?」

「いや、大学病院で取り出す手筈だよ」

「もちろん返すよ。で、その後のオレはどうなるんだい? また目の見えない状態に戻るのかい? それは困るな。幼い妹と弟、さらには体の弱いお母さんの面倒を見ないといけないんだ」

「いや、こちらとしては回収してこい、としか」

「おじさん、あんまり仕事はできないタイプだろ、なあ」

 蓮くんは意外にも毒舌で、食いしん坊だった。

 ステーキ定食をあっという間に平らげると、海老ドリアにマルゲリータピザをもりもりと口に運んでいる。

 見ているだけで胸焼けがしそうだ。

 わたしはガリリと胃薬の錠剤をかみ砕いて飲み込んだ。


「もちろん約束は約束だから守るよ」

 蓮くんはおもむろに言った。

「ふう、助かるよ」

 とりあえずは安心。

「ただしオレと戦ってくれ。オレが勝ったらこっちの願いを聞いて欲しい」

「はあ!? 急に一体なにを言い出す?」

 回収がスムーズにいかないのはいつものことだけど……。

「オレの願いは二つ。一つ、目玉を取り出した後はすぐに代わりの義眼を入れるよう目玉のメーカーに交渉し納得させること。二つ、払ってないリース代に関してはオレがおじさんの会社で働いてチャラにすること。どうだ、悪くないだろ?」

 自信満々で少年は言ってのけた。

 わたしは予想外の言葉に反応できなかった。


「そりゃ義眼のメーカーに交渉するくらいはするけどね。蓮くん、君は世の中がわかってないし自分の立場もわかってない。わたしがその気になれば力ずくで病院に連れて行くこともできるし、あの一軒家だって売らせることもできるんだよ」

「ハハッ、だからオレに勝てばいいじゃないか。そしたら従ってやるよ。オレが勝てばオレの条件を呑め。さあどうする? それともオレが怖いかな、関川く~ん」

 わたしは怒るよりも子供とは思えない度胸と煽りに舌を巻いた。

 だが、このガキには少し教育とお仕置きが必要だ。


「よろしい。子供の勘違いを正すのも大人の仕事だ。それで何の勝負をするんだっけ?」

「男同士の勝負は昔っから素手喧嘩すてごろに決まっている。だけどその前にデザートを注文していいかな。あっ、お姉さん。あんみつとチョコパフェをお願いします」

 しかしよく食べる。

 ここのお代、必要経費として認めてくれるだろうか?


 時は夕方6時、場所は誰もいない公園のグランド。

「ゲェ~~ップゥ。ふう、少したべすぎちゃったかな。でもちょうどいいハンディキャップだぜ。さあ、どっからでも」

 小学3年生とは思えないほどの立ち居振る舞いに頭がクラクラする。

 が、どんなに粋がっても所詮は小学生。

 万に一つもわたしが負けることはないにせよ、相手に怪我をさせずに勝つのはできるだろうか?

 いや、できる。

 だってわたしは……。

「関川流柔術第二十代宗家、関川二尋ッ! 参る!」

「濁沼流閃光術開祖ッ! 濁沼蓮ッ! 受けて立つ!」

 互いに名乗りを上げ、距離を一気に詰めた。


 4

 次の日。

「そうか、先方が納得しているのなら問題は何もないよ、キミィ」

 回収部の大山部長は愛刀の和泉守兼定を打ち粉でポンポンと手入れしながらそう言った。

 ここは東京丸の内にあるビルの一室。

 すなわち(株)まごころエージェンシーのオフィス内。


「はい、これからもエッジリバー社は蓮くんに義眼を提供しデータを回収する。つまり今まで通り視力のある生活が送れます。そして蓮くんは今までにたまった不払いのリース代を利子込みで支払う。これからのリース代も我が社が回収ということに。ただし支払い方法はここで働いて返すつもりだそうです」

 わたしは報告すべきを報告しなければならないので説教覚悟で大山部長に報告した。


「しかしねえ、君の有様をまじまじと見ても信じられない。松葉杖をついて右腕を三角巾で吊っているなんて。かなり派手にやられたな。一応君は我が社でもトップクラスの強さを誇るというのに。規格外ってのはいるもんだねぇ」

「ええ、自分でも信じられません。まさかあの義眼にあんな副作用があったなんて」

 例の高性能次世代義眼には思わぬ副産物があった。

 蓮くんが言うには、

「オレが眉間にシワ寄せると周りの動きがスローに見える」

 だとか。

 

 にわかには信じがたいが、このわたしがズタボロにされたのも事実。

 体で思い知らされたのだ。

 あっという間に背後を取られたわたしは連くんのなすがまま。

 喧嘩とか立ち会いとかいうレベルではなく、それは一方的な蹂躙であった。


 イヤ、待てよ。

 もしかしたらエッジリバー社は副作用を知っている……?

 というか副作用ではなく最初から周りがスローに見える能力を義眼に仕込んでいて……?

 ならば実験結果次第では連くんにこだわらなくても、兵士たちの眼をえぐって代わりに人口義眼を埋め込めば最強の軍隊が誕生するのでは……。

 いやいや、考え過ぎかも。


「まあ、連くんは後でウチの猛者連と立ち会ってもらうがな。それで使えそうなら非公式に仕事を手伝ってもらおう。それでいいね、キミィ」

「はい、異存はございません」

 天使の笑みを浮かべる部長にわたしは返事をした。


「ところで部長、今回のケガなんですが労災として……」

「君はバカかね。小学三年生の男の子とやりあってケガをしたと医師に言う気かね。それに小学生と勝手に勝負したのはあくまでも君の勝手な判断だろう。社や私はそんな命令を出したかね、キミィ」

「いえ、すべてわたしの判断ミスです。舐めて油断して予想外の動きにやられました」

「うむ、あの子を今から鍛えれば荒事含め大いに活躍が見込めるよ。リース代は給料から天引にしてやろう」

「あの、もう一つだけよろしいでしょうか。我が社に危険手当ってありましたっけ?」

「契約書をもう一度よく読んでみたまえ。危険手当込みの給与になってるだろ。一番契約にうるさい回収部がそんなことでは困るよ、キミィ~」

 大山部長は目の奥に悪魔の炎をちらつかせている。

 ヤバそうな雰囲気になったので退散した。


 昨日、面倒な案件を終えてようやく食欲が戻ってきたので帰りに町中華に寄った。

 青椒肉絲定食大盛りプラス餃子とビールと油淋鶏。

 餃子をビールで流し込みながらあの少年のことを思う。

 再び義眼のモニターになれて喜んでいた。

 でもそれはモルモットと変わりない。

 我が社で働くことでお金を返すのはあの子の希望。

 でもそれは使い捨ての飼い殺し。

 しかも働く内容はどぶさらい同然。

 小学生を働かせることに何の疑問も持たないわたしもマヒしている。

 蓮くん本人の願いは叶っているというのにそれで幸せなんだろうか?

 いや、人は人、自分は自分。

 そう言い聞かせるとわたしはビールを一気に飲み干した。

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