立候補
「今度の武闘大会の参加者を決めたいと思うよ〜」
武闘大会は毎年この時期に行われ、クラス毎に代表者が一人選出され競い合う、トーナメント形式の大会、という知識くらいしか持ち合わせていなかった。
「マーガレット先生、それって僕らも出なくちゃいけないんですか?」
ブラウが難しい顔で尋ねる。武闘大会は毎年2、3年が出場するため、ブラウにとっても疑問点が多かった。
「いえ〜、別に強制というわけじゃないよ〜。去年の話をしておくと、国賓だから全クラス強制参加だったんだけど、誰も出たがらなかったのでくじ引きで決まったんだよね〜。でも国賓は去年来たので今年は来ないし。ただ一応話し合わないわけにはいかないからね〜」
国賓が来る時は、絶対に出ないといけなかったらしい。去年の出場者はどんな結果になったんだろうか。それを聞きたいと思ったものの、悲惨な末路が脳裏に浮かんで憚られた。
「なるほど。ありがとうございます」
「勿論危険ということを踏まえれば、棄権は妥当だろうね〜」
瞳の奥では「貴様らはその程度の腰抜けだったのか?」という意思が透けて見える。あの恐ろしい狂戦士のような風格を一度目にしてしまうと、そのギャップにはなぜか肝が縮まる思いだ。別人か双子か、そのどちらかと言われれば簡単に信じるだろう。
それでもなお、敗戦必至の戦いに身を投じたい狂人は出てこない。大勢の前で戦い敗れることで、恥をかくのを避けたいというのはこのクラスの総意であった。
「とりあえず概要を説明するね〜。武闘大会は基本的に何を使っても大丈夫。剣でもなんでも、使うことが認められているよ〜。何を使って、何をしようと、たとえどんなに卑劣でも、ルール上は大丈夫ということになるよ〜」
クラスがザワつく。去年試合会場で観戦はしていたのだろうが、そんなルールは初耳だという反応だ。それを目にして、マーガレット先生は狂戦士モードの時のように不敵に歯を見せる。
「そもそもこの学校は人間の国からルメニアを守る人材の育成のために作られた学校だからね〜。戦争はどんな手でも使っていかなきゃならないんだから、一つ一つ制約なんて設けてはいられないってことね〜。ただ、棄権もしくは審判が死の危険があると判断すれば、試合の勝敗は決するよ〜」
なるほど。つまり戦争を想定した模擬戦というわけだ。敵である人間は魔法を使わないのだから、模擬戦というにはやや現実味がないようにも思えるが、何を使ってもいいというのが戦争さながらのルールなのだろう。
だからこそ、デグニス・ドラーゲルもこの舞台を指定したのだろう。どんな卑劣なことをしようと、ルールとして認められている以上責められる謂れはないのだから。悪く言えば人間を公然と、罰則なく、自分の思うままに虐げることのできる場とも表現できる。今年は国賓も来ないので、八百長まがいの善戦を演じて体裁を整える必要もない。
いくら王都で幅を効かせる貴族の跡継ぎだとしても、学校の監視外で乱闘を起こせばタダでは済まない。この武闘大会は恰好の舞台だったのだ。
裏を返せば俺がどんな手段を使って勝とうと構わないわけだ。だが相手には魔法という強力な武器がある。人間がどれほど知恵を働かせたところで、1対1の勝負では勝機は無いに等しい。
それでも、勝つための戦略を放棄する気は毛頭なかったが。
「はい、これが暫定のトーナメント表ね〜。私たちは7組との試合になるよ〜」
この魔法学校には人間のクラスを含め、1学年12クラスがある。
貴族の力が働いたのか、あのデグニスのクラスと1回戦で当たる表になっていた。まあ順当に考えれば俺は誰が相手になっても1回戦で消える。それでは面白くないということだ。
「はい、ここまで聞いて出たいという人、いるかな〜?」
あまり期待していないけど、というつまらなそうな表情で見回す。俺は一度息を吐いて、背筋を伸ばした。
「はい、マーガレット先生。出たいと思います」
俺が挙手したのを見て、マーガレット先生は目を見開いた。そして歯を出してガリッと音を鳴らすと、高笑いを始める。狂戦士モードである。
「ハッハッハ! へえ、貴様が出たいなんて言うとはな! ウチのクラスで一番出遅れてるお前が?」
スパイを育成するのが主目的となっているこのクラスでは、隠密寄りのスキル習得が求められるため、忍者の末裔という可能性が無きにしもあらずである俺であっても、1年の上積みがある他のクラスメイトには到底及ばないのが現状だった。正面からぶつかり合う剣術であれば、まだ戦えると勝手に思っている。
「はい」
その意気だけは認めてやるがな、と揶揄うように言う。俺が挙手したことに、クラスメイトも唖然とした様子だった。あまり表情豊かで無い奴らも、驚いてこちらへと視線を向けている。ブラウやルージュは視線をぶつけ合う俺とマーガレット先生を見て右往左往していた。
「言っておくが、万が一にも勝ちはねえぞ。今撤回すれば聞かなかったことにしてやる。どうするんだ?」
「いえ、男に二言はありません」
俺は間髪入れずに真顔で答える。
「フッ、そうか。貴様にそのような気概があるとは思わなんだわ」
「見直しました?」
「ふん、貴様のそれは蛮勇というものだ。無様に負けてはくれるなよ」
厳しい言葉が飛んでくる。しかし、先生なりに俺のことを案じての言葉なのだろう。
「負ける前提なんですね」
「勝てる可能性が少しでもあるならばもっと激励してやるんだがな」
このクラスで俺が勝つと思う人間は一人もいないだろう。ブラウやルージュですら、俺が勝つ可能性があるとは思っていないはずだ。
「まあみっともなく足掻きますよ」
「こいつは本気で出るらしい。異論があるものはいるか?」
先生の言葉を受けて十数秒。ついに異を唱える者は現れない。
「まあ、いねえよな。筋金入りの馬鹿だとは思うが、当たって砕けてこい」
「ありがとうございます」
「ってことで今日はここまで〜。また明日〜」
マーガレット先生はまた突如として通常モードに切り替わり、柔和な笑みを浮かべて出て行った。この日の授業が終わったにも関わらず、クラスメイトが誰も席を立とうとしない。
「おいおい、お前本気なのか?」
「本気も本気、本気だとも」
教室を包み込む静寂の後、ブラウが血相を変えて駆け寄ってきた。同時に怪奇を見るような数多の視線が突き刺さってくる。
「この前吸血鬼と揉めてたけど、それ関係か? この前の貴族、7組の連中だろ?」
「まあな」
見かけによらず鋭い。俺は惚けるでもなく、小さく息を吐いた。デグニス・ドラーゲルは突出した地位と言い、偏った思想と言い、高圧的で周囲を見下す態度と言い、学内ではかなり有名なのだろう。
「なんかあったら言えよ。何もできないけどさ」
「止めないんだな」
「だってあの時もなんだかんだ乗り切って見せただろ。あれ見ちゃうとさ、ちょっと期待する気持ちもあるんだ」
ブラウは遠い目で教室の外に目を向ける。止めても無駄だという本音がありつつも、俺の得体の知れなさというか、意外性というか、そういったものに期待する色が確かに含まれていた。
「苦し紛れの口で上手く退かせただけだけどな」
「まあ、やるからには頑張れ」
「おう」
俺とブラウは控えめに拳を突き合わせる。これで退くことはできなくなったが、意外にも自分の心は平静が保たれていた。
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