第22話 過去と責任
トネコ様伝承の始まり、村外の何処かから伝わってきた、強力な力を持つ神に等しい者——トネコ様を創り村を厄災から守るために行った…数百年前の儀式の話。
だいたいの話は、美紅自身から聞いた話と同じだった。箱に詰められていたのは全て、一族の血縁者だそうだ。
子供の方がエネルギーがあるとされていたため、全員13歳未満だったという。
当時はもちろん麻酔などなかったから、そのまま部位を切り落とした。
最期に詰められた——頭部の子は、命を絶ってから切り落としたら力が落ちる可能性がある、と生きたまま切り落としたらしい。
その子の力は、それまでに腕や足を切り落としてきた子たちとは比べ物にならない程強力なエネルギーを持っていたらしく、他の部位の四人は補助みたいなもので、そのこともあり、トネコ様の完全体とされる美紅の姿はその頭部の子の姿のままだそうだ。
そして、村の者達がトネコ様による連れ去りが身内——自身の子供であっても騒ぎ立てないのは、箱を創りあげた初期の頃、批判が相次いだから……先祖が追加で箱に村の者達へ思考が麻痺するよう呪いをかけた、と。村に人がいなくなったら、トネコ様を造り上げた意味がない。もし、村の者がいなくなったとき何が起こるかわからなかったからだ。
トネコ様の連れ去りが起こっても、村の者達が騒いだり、自身の子供が魅入られるのを恐れて引っ越したりしないのは諦めていたり受け入れているわけではなく、全てそのせいだった。ジョニーさんが言っていた、この村の人は狂っているというのはその通りだったんだ。
「で、お前らは今後どうすんの?トネコ様の本体を壊されたから以前のような力はない。箱に込められた呪いってのも壊したことで消えた。正気に戻った村の人たちがどうなるか想像もできないわけじゃないよな?」
「わ、私たちはこの村を代々納める一族です。何が起こったとしても、冷静に対処致します」
何が起こっても、なあ~ と美紅が呆れた顔で足をパタパタしている。
俺は横に座っている美紅に小さな声で、「村の人だし、元は同じ一族?の血だからなんとかして一時的にでも直接あの人たちに美紅の姿とか……声だけでも認識できるようにできないの?」と聞いた。美紅がしゃべったとしても、俺達と――宮司と初老の男性にしか聞こえないからだ。直接対話できれば、通訳みたいなことを誰かしらがする必要もないし……と思い、軽く聞いてみたら、美紅はニヤニヤし始めた。
なんだ?何か企んでるのか?
すると美紅は、リクエストにお応えして…と立ち上がったと思うと、少女の姿からあの黒い煙をじわじわと出し始め、あの黒くてデカい姿に変貌していった。
「ヒィィィィィィィッ……!!」
「な、この、黒い化け物はどこから——!!?」
慌てふためく人たち。俺達はもう見慣れたが———見慣れたくなどなかったが、中身は美紅だとわかっているから平常心でいられた———やはり初見だと恐怖で満たされるようだ。俺もそうだったからよくわかる。
「お前達が生み出し——祀ってきたトネコ様だ。それすらわからんのか?貴様らのしたこと……私が行って来たことは絶対に許されぬ行為だ。力は落ちたが——貴様ら一族を末代まで祟り、悲惨な死に追いやることくらいは容易い。楽しみにしておけ」
泣き叫びながら半狂乱状態になる人たち。
お許しください、お許しください!!! 私たちは何も悪いことなどしておりません!
泣き叫びながら、自らの保身しか考えていないようだった。宮司と初老の男性だけは、静かにトネコ様からの言葉を受け止め、座っていた。
この状態じゃあもう話し合うことなんて出来そうもないし、もういいだろ、とジョニーさんが言い、帰ることにした。
お見送り致します、と宮司と初老の男性の二人が立ち上がり、いつの間にか黒くてデカい姿になっていた美紅も少女の姿に戻っていた。
目の前から黒くてデカい姿のトネコ様が消えたということにも気づかずに、未だに泣き叫びながら半狂乱状態になっている三人を部屋に置いたまま、立ち去る。もうここに来ることもないだろう。
「美紅はさ、あの黒くてデカい影?みたいな姿と、その姿、どっちにも自由に変われるの?」
ふと気になったことを聞いた。
この少女の姿は完全体という話を聞いていたし、想い?が強くなること・自身の本拠地ということで更に巨大な姿になったともジョニーさんが言っていた。
ならば、本体が壊された今はどういう状態なのだろうか。
「ん?ああ、勝利には説明したが、ナオは聞いていなかったものな。あれは私の中身……というか思念……というか——なんて言ったかなこういうの……つまりそういうものだから、箱が壊されたことで身体も解き放たれた今はどちらの姿にでもなれるよ」
そ、そっか~とわかったフリをしていると、ジョニーさんが補足で説明してくれた。
「つまりこの少女姿が身体で、あの黒い姿は中身、幽体離脱みたいなもんって言えばわかるか?」
おお!それそれ!と美紅がジョニーさんの言葉で納得していた。ジョニーさんは、俺達がナオの身体にしがみついて泣きじゃくっている間、美紅と二人でいろいろな話をしていたらしい。
この少女の姿は完全体とされていたが、あの祠があるトネコ様の本拠地以外では連れ去りの直後でもこの少女の姿にはなれない——人前に姿を現せられないらしい。
それはトネコ様の本体であるあの箱が、身体を縛り付けている、と。
だから村の中で見たのは全て黒い姿、つまりトネコ様の中身である人間でいう魂・霊体のようなもの。
箱が壊された今は、その縛りもなくなったため身体と中身が融合でき、少女の姿で自由に外も出歩けるようになったとのことだ。だから黒い姿のアレは感情でサイズがあんなにも変わったのか、と納得した。
「私も……幼少期、一度だけトネコ様のそのお姿をお見掛けしたことがありまして――」
初老の男性が突然口を開いた。この人は元々寡黙な人なのか、先ほどから唐突に言葉を発するので驚く。
その人が言うには、子供の頃にトネコ様の贄の選定が終わった後の挨拶に、一族の一員として一度だけ挨拶に同行させて貰ったことがあったらしい。
その際、祠の上に座って足をプラプラとさせながら自分たちを暇そうに見下ろしている少女の姿があった、と。
他の親族には見えていないようで、自分だけに見えているのは不思議だったが雰囲気や佇まいからこの女の子がトネコ様なのだ、と自己完結し、特に誰にも言わず今まで生きてきたらしい。挨拶――儀式が終わり、去り際にその少女へ向かって一礼だけして去ったという。
「あの時の小僧がお前だったか——私の姿が見えない者ばかりだった中、一番幼いお前だけに私の姿が見えているようで驚いたものだ——あまりにも老けているから気付かんかったぞ」
美紅もその当時のことを覚えているようだった。
一族の血が弱まっているとは言っていたから、本当に見える人が少なかったのだろう。
そう言えば、祠のあるあの場所へは儀式のときに選ばれた一族の者しか入ることが許されないと言っていたが、十年前もさっき見た時もどう考えても数百年経っている物には見えなかった。
修理のときだけは結界を解いているのだろうか?神社も古くからあるというには外観も内装も綺麗だったし……というちょっとした疑問を投げかけた。
「この神社は歴史ある古きものですが、何度か改修工事をしております。しかし、トネコ様を祀る祠——あの場に一族以外の他者を入れさせるわけにはいきません。なのであの祠は、作られた当時そのままですよ」
「えっ——それってつまり数百年前に作られたものがそのまま残ってるってこと……?」
「でも全然そんな風には見えなかったし――まわりが木で囲われてるとはいえ、雨風凌げるわけじゃないのにあそこまで綺麗な状態で残ってるものなんですか……?」
「あそこは外とは時間の流れが違うから風化も劣化もしない。異空間みたいなものだ」
美紅本人から答えが返ってきた。時間の流れが違うどころかあの空間丸ごと異空間になっている——だから十年前、俺とリュウは謎の時間経過を体感したのか……
「で、お前ら今後どうするの?トネコ様の力は今までと比べるとかなり落ちているとはいえ、しばらくは持続するだろうけど——村人達を洗脳していた呪いはもう解けて来てるはずだ」
「それは——私が責任をもって対処します。気休めではありますが…なんとか一時しのぎにはなるでしょう。この村の未来は、天命が決めることです」
宮司はそう答えた。対処?一時しのぎ?何をするのか気にはなったが、ジョニーさんもその言葉を聞いて納得したのかそれ以上追及することはなかった。
美紅はその言葉を聞き、ニヤつきながら宮司の方へ寄って行った。
「お前のその覚悟、最後までしかと見届けてやろう。それも私の務めだしな」
「ありがとうございます。トネコ様」
そう言って、美紅は俺達と一緒に下山をしずに神社に残ることになった。
「美紅——また会えるよな?」
「もちろんだ。流石に村からは出られないが——ナオが村まで遊びに来てくれたら駅まで迎えに行くよ」
「僕はまだ、大学生だし——下宿先にいるから美紅に会いに行くよ。友達の友達は友達っていうの、知ってる?」
ケイはすっかり体調がよくなったのか、顔色も元に戻り美紅に普通に話しかけていた。
「友達の友達は友達――ふふっ……そういうこともあるのだな。私は今日だけで友達が三人もできた。今まで私がやってきたことを考えると——こんなにも幸せでいいのかというほどに」
「えっ俺様は入ってないの?俺様も入れると四人だろ?」
「ジョニーさんは年齢制限じゃないですか?」
リュウの言葉に一同で笑い、解散となった。私にとっては勝利も小僧にすぎんよと、美紅も笑っていた。
姿が見えなくなるまで、延々と手を振ってくれている美紅。俺達もずっと手を振り返し続けた。
石段をゆっくりと下りながら、ジョニーさんは美紅と二人で話していた内容を簡単に教えてくれた。
先程聞いた少女姿と黒い姿の他にも、数百年前に行われ始めた完成までに至る儀式最中の意識について。
自我が芽生えたのは儀式が完全に完了し、最初の連れ去りが行われた後らしいが、それ以前からも漠然と意識はあり、動けないし頭は働かないもののすべてを見ていたらしい。
そして、俺のばあちゃんが産まれてから——それからは、ばあちゃんの周囲の人は一切手が出せなくて、煩わしかったと。数回、黒い姿でばあちゃんと対話したことがあるらしいが、その時は何を言っているか意味が理解できなかったが今考えると今日言われたことに近しいことを言われていた、と。
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