第21話 嘲笑

 あそこはトネコ様の連れ去り———一族では贄の選定と言っているらしい———が終わった後、限られた数人のみがそこへ行き、トネコ様への挨拶と厄災から守って貰えるようお願いをする儀式のときのみ入ることが許されているらしい。


「大学のレポートのためだけに結界の中まで入るわけねえだろ。俺様がいたから入れたし、直哉が喰われないようにお前らが大切に大切にしてきたモノぶっ壊してきたんだよ」


 ジョニーさんの一言で、一族の顔が凍り付き、信じられない、何を言っているんだ、罰当たりどころの話ではない、とそれぞれが動揺と怒りのままに言葉をぶつけてきた。

 そんな中、宮司と初老の男性のみが最初こそ驚いた顔をしていたが、冷静な表情でこちらを見渡し、ジョニーさんの傍らに置いてある包まれたモノに目線を移した。


「先ほどから禍々しい気配を放っているその包みの中身は……」

「お前らへの土産だ」

「貴様らが崇めていた私の本体だ!勝利がわざわざお前達に土産として持ってきたのだぞ。有難く受け取れ」


 美紅が会話に割って入り、その言葉と共にジョニーさんが結び目を少し緩めて宮司の方へ投げた。その衝撃で結び目が解け、中の骨が露わになる。

 美紅の言葉には誰も応えず、露わになったトネコ様の本体——人骨を凝視する者、目線を逸らす者、多種多様な反応だった。


「なんて…なんてことを……」

「神聖な場所に立ち入るだけでなくトネコ様の御神体を破壊するとは……!!村の者でないからと言って許される行いではない!!!」

「今に貴様らにトネコ様より天罰が下るだろう!!!!」


 先程よりも怒りが増し、罵詈雑言が飛び交ってくる。壊したのは俺だ。

「俺が、壊しました。一昨日…五年ぶりにここへ帰ってきて……トネコ様に魅入られて——みんなの協力のおかげで、俺は今、生きています。祖母の、願いと努力を無駄にしないために」

 正直に言った。俺の発言を聞いて、怒りのままに放たれていた罵詈雑言が止んだ。


「君は……千枝さんのところの直哉くん——でしたね。君は村の外へ引っ越したから贄の条件を満たしていないはず。気のせいではないの?」


 宮司の姉と紹介されたおばさんに言われ、ここ三日の出来事を話した。スマホを介してトネコ様との繋がりが出来、黒い煙のような…影のような状態からどんどん進化していったこと、家の中の盛り塩が皿ごと弾け飛び、リュウのフリをして後ろから声をかけられて家の中で襲われかけたこと、ケイの下宿先までついてきて窓を叩かれ…顔まで見えたこと——そして祖母の力で守られていたこと。

 そして、ジョニーさんの協力の元、トネコ様の本体のある祠へ行き、その箱を壊したこと。

 ケイやジョニーさんにところどころフォローしてもらいながら。

 この人には、美紅はもちろん、リュウの姿も見えていないようだ。恐らく他の人にも。

 一連の出来事を話し終わった後、聞き入っていた宮司が口を開いた。


「先ほどから——そちら側に座っていらっしゃるということは、トネコ様はこの者たちの行いを許容しているという認識で間違いないのでしょうか」


 宮司は、俺の話を踏まえてジョニーさんの横に足を延ばして座っている美紅を見据えて問いてきた。

 おお、こやつには流石に私の姿が見えるのだな、と感心しながら、美紅は問われたことに応える。

「許容するも何も。私は数百年前、貴様ら一族に創られて以降、善も悪も知らず人を喰って来た。それが善い行いだと信じてな。箱が壊されたことで開放され、今は清々しい気分でしかない」

 誇らしい顔、すっきりした顔で宮司の問いに堂々と答えていた。

 しかし、その美紅の声も、姿も見えない者もいるので、その人達はトネコ様がいるということだけに反応していた。

「トネコ様がここにいらっしゃるの!?」

「こやつらに天罰を!!!」

 と誰もいない方へ声を張り上げている。

「薄々と感じてはいたが……貴様ら一族も堕ちたものだなあ」

 恐らく力のことを言っているのだと思う。美紅は、自身を認識できない元凶である一族を憐れみのような、蔑んだような目で見ていた。

「もう数十年……いえ、もっと前ですね。我ら一族の力は落ちていく一方です。貴方様の姿と声を認識できる者も、気配を感じることができるものも、もうほとんどおりません」

 宮司は、美紅と普通に会話をして、姿も見えている。この人は本物だ と素人ながら察した。

 チラとリュウの方を見て、宮司は質問をしてきた。

「此度の最初の贄は——そちらにいらっしゃる龍巳くんだと思っておりましたが、身体も魂も残っている。連れ去ったにも関わらず……どういった理由なのか教えていただいても?」

「リュウとナオは十年前に約束をしたからな。二人同時に喰うつもりだった。まあ気が変わったうえ、勝利達のおかげで全て意味も無くなったがな」

 宮司は色々と察したのか、左様でございますか——と一言だけ発したあとは沈黙した。


 他の者は美紅の言葉が聞こえていないから、何を言ったのかわからず困惑しながらもまだ誰もいない空間へ向けて言葉を放っている。

「し、しかし!今まで我ら一族から贄は出ておりません!それはトネコ様への信仰心が高かったからこそ!」

「そうです。私たちはこの村を納める勤めを果たしております。それをトネコ様もわかっていらっしゃる」

「過去何百年遡っても、一名も贄に選ばれていないというのは意味があってのものとしか考えられません!」

 確かに、ケイとリュウが調べた過去百年の犠牲者に神社の一族の苗字の者はいなかった。

 この村には、数種類の苗字が多数でその他の苗字の家はだいたいが村の外から来た人間だ。神社を納めている一族と同じ苗字の者はいないはず。

 トネコ様伝承が数百年に及ぶもので、その間本当に一度も一族の中から犠牲者が出ていないというのならこの人たちが言う通り、何か意味があるのかもしれない。

 信仰心はともかく、トネコ様を創り出した一族ということで、魅入られる条件から外れる法則があるのだろうか。

 それを聞いていた美紅が鼻でフッと笑ったかと思うと、声が聞こえないことを知りながらも話し始めた。


「私が過去に喰った者達は、みんな友達になりたかった者達だ。喰えばずっと一緒にいられると思っていたからな。千枝に何度も邪魔をされはしたが……それでも貴様ら一族を誰も喰わなかったのは、お前らと友達になどなりたくないということだ。わかるか?」


 予想外の回答に唖然として俺達は美紅の方を見た。

 ジョニーさんはそれを聞いて爆笑している。リュウも、堪えてはいるが笑いが漏れているのがわかる。

 俺は笑いこそ出なかったが、本当にそれだけの理由で数百年もの間一族から犠牲者が出なかったというのは、美紅——トネコ様なりの信念があったのだろう。

「な、なにを笑っている!トネコ様は何をおっしゃったのだ!」

 美紅の言葉が聞こえない人が、こちらに問いただしてきた。なんて言えばいいのだろう。オブラートに包んで言うとしても、どう考えても包み切れない。


「我々の一族には、贄に選ぶほどの価値が無かった とトネコ様はおっしゃっております」

 ずっと沈黙を保っていた初老の男性が唐突に口を開いた。

 宮司だけではなく、この人にも美紅の言葉が聞こえていたらしい。ここまで、ずっと、静観し続けていたのだ。


 何故 価値がないとはどういうことだ という動揺と憔悴が入り混じった雑音の中へ、ひとしきり笑い終わったジョニーさんが口をはさんだ。

「お前ら一族はさ、自分たちがどれだけ残酷なことをしてきたかわかってんのか?」

 村の者——犠牲者含め遺族の人たち、そしてそれを無意識ではあるが強いられてきた美紅。

 ジョニーさんの言葉を聞き、それは村を厄災から守るために!と三者三様で反論してきたが、宮司がその言葉を止め、落ち着いた雰囲気でぽつり、ぽつりと話し始めた。

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