第18話 犠牲者
「そうか——私が、間違っていたのだな……昔、自我が芽生えた頃に一度だけ村に降りたことがあってな。仲良く遊んでいる子らがいた」
トネコ様は、身体の半分以上がもう消えていたが、昔話を語り始めた。
その子たちは「ずーっと一緒だよ!」と笑いあいながら約束をしていて、トネコ様は微笑みながらそれを見ていたそうだ。
もちろん、トネコ様の姿は村人とは言え、見えるわけではない。誰の目に入るわけでもなく、輪に入って遊ぶわけでもなく、ただ村人達を眺めていたそうだ。
自分が守っているという、作られた意味を知るために村を見たかったと。
しかし、その子たちは、突然の事故で一人が死んでしまった。一人を助けるために、もう一人が犠牲になったという。それを目の前で見た、助けられた子は、大層取り乱し、一人にしないで。どうせなら一緒に死にたかった。と泣き叫んでいた。
それが友情というものだと、ずっと思い込んでいた。だから、初めて友達だと言ってくれたナオとリュウは、絶対に友達になりたかった。ずっと一緒にいたかったと。
俺達は、聞き入ってしまった。
リュウと俺が、初めての友達だったんだ。
だから、あれだけの会話で俺にここまで執着していた——
「でも、もう間違いに気付いたんだよね。じゃあ、改めて友達になろうよ。美紅」
リュウが、トネコ様に向かって言っていた。トネコ様はもう、頭部しか残っていない。俺とのつながりも、もう消えかかっているのか、感情が流れ込んでくるということもほとんど感じなくなっていた。
「そうだな……うん。ちゃんと、友達になろう 美紅。次に会うときは、約束通り一緒にいろんな遊びをしよう」
「そんな、こと……許されるはずがない——私は、村を守るためとはいえ何人も、何十人も喰って来た。人数も、もう覚えていない。そんな私が、今更友達を作っていいはずがない」
「だから、それはお前も犠牲者のうちだったんだよ。お前はそういう役割をもって作られた。そのおかげで、この村には調べた限りでも本当に厄災というものが現在まで無い。お前はトネコ様の役割を終えて、美紅として来世を楽しめばいい」
連れ去られた者の遺族達の気持ちは、トネコ様の力によるものかあの箱による儀式によるものか麻痺させられているし、お前が延々と罪悪感を感じ続ける理由がないとジョニーさんが言った。
その言葉で救われたのか、トネコ様は「そうか——」という言葉だけを残し、全身が霧散し消えていった。
全員が、上空を見上げたまま 各々が何を思っているかはわからないが、俺は最後の言葉から感じた満足感のような、幸福感のような、充たされた感情が伝わってきたことを噛みしめていた。
「よし、じゃあ本体のほう取り掛かるか。お前らは——念のため触んねえほうがいいぞ」
ジョニーさんが沈黙を破り、こちらへ近寄ってきた。俺が叩きつけて壊した箱の前でしゃがみ、うえ~という顔をしている。
「やっぱり予想通りかよ~えげつねえことすんなあ……恵、大丈夫か?」
「いや、かなりキツイです——」
だよなあ、と言ったジョニーさんが、布の隙間からはみ出ている箱の破片だけを引っ張り出し……ケイに配慮してか、俺達全員に配慮してか、箱の中身は見えないように器用に取り出して——見せてきた。
木でできている箱の破片に、びっしりと文字のようなものが書かれている。達筆すぎて読めない——というか、日本語なのかもわからない。
「まあ恐らく箱の内側に、こういう文字とか儀式に必要な模様とかがびっしり書いてあんだな。それが土台みたいなもん。そんで、その箱の中に、トネコ様を作り上げるためのブツがいれてある。それがこれ」
ケイはその瞬間に目をそらした。俺とリュウはそのまま見ていた。
骨だった。骨にならず、ミイラになっているようなものもある。人骨……大きさも、太さも、それぞれ違うが左右の両腕両足、そして頭部が入っていた。
「これさ~、全部違う人間の部位なんだよ。しかも年代もバラバラだ。一番新しいのは頭部みてえだなやっぱり」
全部違う人間……だからトネコ様の身体は歪だったのか——しかし、何故年代がバラバラなのだろう。
「順番に足していったのだ。効果が薄いからといってな」
聞き慣れた——というかさっきまで聞いていた声が、背後から突然聞こえてきて心臓が止まるかと思った。
もう、いないはず、消えたはずなのに。
「お~やっぱりそういうこと?んで、一応みんなに説明しておいてやれよ。驚いてんだろ」
「お前が説明すれば良いだろう……私はそう簡単には消えられんということだ。本体が壊されたから以前のような力はもう無いがな」
美紅がそこに立っていた。十年前と変わらない姿で。
何故? 本体は壊したのに、完全体と思われる姿で現れた——簡単には消えられないとはどういうことだ……?
「ほら、都市伝説とかと一緒だよ。この村にはもう完全にトネコ様伝承が根付いている。その話が村人の中にある限り、こいつは消えられないってワケ」
ケイが話してくれた都市伝説の話を思い出していた。
人の想いや感情——そういった類のものはすごいエネルギーを持っているという話を。
「話を戻すぞ。この箱——私の話だ。数百年前、私を作るために儀式を始めた一族がいた」
その一族は、村を厄災から守るため、何処から仕入れてきた情報か定かではないが——強い力を持った子供が産まれると、その子の身体の一部を切り取り、箱へ詰めて儀式を始めたそうだ。
しかし、効力は弱かった。そして、同じようにまた強い力を持った子供から身体の一部を切り取り、箱へ詰める……それを繰り返していた。
それでも完全にはならない。何故?そう考えた一族は、頭部を入れればいいという結論に至った。
そして、トネコ様は完成し、周囲に結界を張った祠で祀られて現在に至るとのことだ。
「今の私の顔も姿も、その最後に詰められた頭部の子のものだよ」
「で、それをやった一族ってのは当然、この村の神社の一族ってことなんだろ?」
あぁ、そうだ。とジョニーさんの言葉を美紅が肯定した。
驚きはしたが、内心、祠がある場所や来る途中に聞いたジョニーさんの発言等を合わせて考えて、自分でも心の何処かでは気付いていたのかストンと受け入れられた。
「んじゃあ、土産にこれ持って挨拶しに行くか」
そう言って、ジョニーさんは依り代となっていた人骨に手を伸ばした。
「待て勝利。お前でもそれは直接触らない方がいい。数百年の蓄積があるのだぞ」
「やっぱそう思う?じゃあ布に包んでくか」
ハァ……とため息混じりにやれやれといった顔で、美紅はジョニーさんの横に立ち、様子を見ていたが、ゆっくりと俺の方を見て話しかけてきた。
「ナオ、こうして……きちんと再会できて嬉しいよ。十年前、本当にお前達に出会えてよかった。しかし——その……」
微笑みながら、喋っていたと思ったら徐々に顔を曇らせ、美紅は言葉を紡ぐのを止めた。
「ジョニーさん——あの、」
「そこの祠の……裏の茂みの奥だ。そうだろ?」
「あぁ——」
リュウとケイが、真剣な面持ちでジョニーさんに話しかけたかと思うと、すぐに言われた方へ走って行った。なんだろう。
気になって、俺も二人についてそちらへ向かおうとする。
「ナオ。すまない。謝っても……もう取り返しはつかないのだけれど――」
美紅が、俺の方を見ながらも決して目を合わせないようにして謝罪してきた。なんだ?なんなんだ?
俺の知らない何かがまだあるというのか?
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