第17話 攻防、そして
じゃあ俺様は準備始めるから、と言って今回は本当に何か準備を始めた。ケイも、その準備とやらを手伝ってジョニーさんに言われた通りに動いていた。
顔色が見るからに悪いケイに近くにあった木の棒を持たせ、「もうちょい右、いやお前から見て右じゃなくて俺から見て右だっつの」といった風に指示を出し、地面に何か模様を描いている。ここからだと何を描いているのかよくわからないが、魔法陣みたいなものだろうか?
俺とリュウは、それをただボーッと眺めていることに徹した。俺達も何か手伝いましょうかと言いかけたが、お前らはそこで大人しくしてろ。邪魔。と先に言われてしまったからだ。
「おっ……やっとお出ましみたいだぜ」
突然手を止め、そう言ったジョニーさんの目線の先を見ると、黒いアイツ——トネコ様が木々の間に現れていた。真正面からこちらを見つめ、周囲の色と比べて真っ赤な目と口が嫌というほど際立って見える。
「おいおい——話に聞いてたよりデカいじゃねえか」
「なんか……大きくなってる気がする……というより確実に昨日よりも大きくなってるんですけど――」
昨日見たときよりも、遥かに大きくなっていた。4mは越えている。周囲の木と左程変わらない高さから、こちらを見下ろしている。
自身の本拠地ということもあり、力が増しているのもあると思うがあれは思念が強くなりすぎて膨張、肥大化しているとジョニーさんが言った。大きくなっていても、膨張しているだけで中身はスカスカだと言っているが――ただでさえ気味の悪い見た目に加えてあのデカさだ。怖くないはずがない。
「ウワ…ア……ァ——」
危惧していたジョニーさんは普通に見えているようだが、はっきりと見えないと言っていたケイも、トネコ様を見上げて先ほどよりも明らかに顔色が悪くなっている。トネコ様の領域にいることで恐らく見えるようになったんだろうと勝手に推測した。
「こ、これからどうするんですか?」
目の前に佇み、こちらを見下ろす巨大すぎるトネコ様を目の前にしてジョニーさんは何をするというのだろうか。先ほどケイと二人で何か色々と準備をしていたから、何か策があるのはわかっているが俺達はそれを眺めているだけでいいのか?
俺とリュウはいまにも倒れそうなほど顔色が悪くなっているケイを心配しながらもトネコ様から目が離せなかった。
「とりあえず俺様はあいつの相手をする。その間にお前らはその祠の中の箱を壊せ」
「さっきも壊すって言ってましたけど、トネコ様の本体?が入っている箱に触ったり壊したりして何か悪影響みたいなことになったりしないんですか?!」
「多分大丈夫だ。まあ何かあったとしても俺様がいるからなんとかなる。多分。はやくしろ」
多分という言葉がついていて少し不安だが、自信に満ちた顔でトネコ様に立ち向かおうとしている姿を見て覚悟が決まった。
祠の前に立ち、ごくりと生唾を飲み込んで格子状の扉に手をかける。鍵はかかっていないようだ。
「ナオ 約束 思い出してくれた?」
背後の、巨大な黒いモノ——トネコ様から話しかけられた。もう完全に繋がってしまっている状態だ。会話したとしても問題は無いだろう……そう勝手に思い、言葉を返した。
「……思い出したよ。全部。あの日、ここで会った君がトネコ様だったんだな」
「ふふ……そうだ。もう——美紅とは呼んでくれないんだな」
扉に手をかけつつ、トネコ様の方を振り返り初めて会話をした。
姿――見た目こそ違うものの、あの日話した女の子と話をしている気分に一瞬なった。
「ナオ、はやく壊そう。ジョニーさんがアレを抑えてくれるはずだけど、本体をどうにかしないと」
「そうだね。箱がどれくらいの強度を持ってるかわからないし……もしかしたら壊すのに時間がかかるかもしれない」
ケイがこちらにいつの間にか来ていた。リュウの言葉もあり、俺は扉を持つ手に力を込め扉を開ける。
「開——っかない…!?」
「え?鍵も何もついてないよね?接着剤みたいなもので固められてるってこと?」
わからない、わからないが、いくら全身の力を込めて扉を開こうとしても微動だにしない。
ケイも、顔色は悪いままだが挑戦してみたものの同じ結果だった。俺より非力であろうリュウがやったところで結果は変わらないだろう。
ケイと二人でせーのっと息を合わせて開けようとしても、微動だにしない。やはり強力な接着剤か何かで固められているのだろうか?
「おいリュウ!お前も見てないで手伝えって!三人でやれば開くかもしれないだろ!」
「うーん……これ、接着剤とかそういうもので開かないって感じじゃない気がするんだよね、僕——」
その様子を黙って見ていたリュウが、スッと俺の手に手を重ねてきた。いや、俺の手の上に重ねても意味ないだろ、と思い、リュウの方を見るとリュウは微笑んでいた。
「大丈夫。オレ達には、ばあちゃんがついてる。開くよ」
リュウがそう言ったとき、あれだけ微動だにしなかった扉が突然開いた。
「?!開いた!!さっきまでびくともしなかったのに……」
「早く——早く中の箱を壊そう……!僕はちょっと…触れそうにないけど——」
祠の扉が開いたことにより、箱からの気配?というものが強くなったのか、ケイは先ほどまでよりも明らかに顔色が悪くなっていた。
「祠の——扉を開けたというのか……!?どうやって——そうか、千枝か……あやつ、死んでからも私の邪魔ばかりして……!」
背後から、巨大なトネコ様が怒っている気配を感じる。ジョニーさんが足止めをしてくれているようだが、いつまで保つかわからない。
——俺が今回の原因だ。だから、俺が箱を取り出して——とりあえず地面に思い切り叩きつけよう。
それでも壊れなかったら……それはその時に考えることにする。でも、もし重すぎて俺の筋力では持ち上げることすら出来なかったらどうしよう——
ドシン ドシン
背後の巨大なトネコ様が、完全に形が形成されている足を踏み鳴らしていた。
「何故、何故これ以上近づけない。此処は私の領域だ。何故、どうして!」
「そりゃ俺様がそういう風に準備してたからな。俺様の足元にある模様、そっからだとよ~く見えるだろ?これがお前を弾いてるんだよ」
余裕そうな顔でトネコ様と一人で対峙しているジョニーさんが、後ろ姿で顔は見えないが簡単に想像できる。そして、ジョニーさんは光っていた。比喩表現などではない。ジョニーさんが、というより、地面に描いた模様のようなものが光っている。
ケイが、今にも死にそうな顔で説明してくれた。
先程ジョニーさんに指示されたとおりに描いていたのは、盛り塩に使った皿に描かれていた絵柄と模様は違うが同じような物だと。
あの皿自体、ジョニーさんから貰ったものだそうだ。除霊グッズとして売れるかと思い、試しに作ってみたものの、たいして売れなかったうえ、あまり強い力も持たなかったから在庫処分のように渡されたらしい。
「ナオ……ナオ……」
「おいおい、直哉ばっかじゃなくてこっちの方も見ろよ。俺様の名前は勝利。勝利と書いてカツトシって読むんだ。よろしくな」
ジョニーさんがトネコ様に自己紹介を突然始めていた。呼び方なんてどうでもいいと言っていたが、何故このタイミングで自己紹介をしたんだ?
「お前の名など興味ない。名前通り私に勝つという宣言か?笑いも出ない。そこをどけ」
案の定トネコ様はジョニーさんの自己紹介など興味がないようで、ずっと同じ場所で足踏みのようなものをしている。あそこからこちらへ近づけないんだろう。
それでも尚、こちらへ来ようと——俺を喰おうとしている。何故そこまで俺に執着するんだ。あの日、少しの時間話しただけなのに。
「ははっ——お前には名前が無いから知らねえと思うけどよ、人の名前には意味があるんだよ。名付け親から、両親から——想いが込められてる。自己紹介のためだけに名前言うわけねえだろ」
そう言ったジョニーさん……もとい勝利さんの周りが先ほどよりも強く光りはじめた。眩しくて直視できないレベルだ。
「なんだ……!貴様ァ——何をした!」
アツイ、アツイ、イタイと巨体のトネコ様は苦しんでいるように見える。しかし、それでもこちらへ近づこうと、何度も同じ動きを繰り返していた。
「お前に名前を教えることによって、俺様の名前が持つ力が増したんだよ。つまり、パワーアップしたってワケ。テッテレー」
ゲーム内でのレベルアップのような音を口で言うのはどうかと思うが、ジョニーさんの方は心配なさそうだ。
俺も、リュウも、ケイも、気付いたらみんなトネコ様とジョニーさんの方を眺めていた。
——俺は、俺のすべきことをしよう。
改めて、扉の開いた祠の方へ向き直り、決心をして箱を掴んだ。そのまま、重い可能性を考慮して力一杯一気に持ち上げる。
予想以上に軽かった。俺でも簡単に持ちあげられる重さ……というより、全然重くなかった。
持ち上げて動かしたことにより、中で何か硬い物同士が当たる音がした。音的に、金属の類いではなさそうだ。
両手で頭上まで箱を持ち上げ、勢いよく地面に叩きつけた。
ガシャンッ!
——壊れた。
永い年月、置いてあったから箱が老朽化していたのだろうか? それとも、これもばあちゃんが力を貸してくれたからなのだろうか? わからないが、叩きつけるだけで壊れて良かった。頑丈すぎて壊せなかったら、どうしようかと思っていたからだ。
箱の周りに巻いてある布と、壊れた箱の破片で中身——トネコ様の本体というものはよく見えない。
箱を叩きつけた音に気付き、ジョニーさんとトネコ様の攻防を見ていたリュウとケイがこちらを振り返った。 壊せたの?! と覗き込んでくるリュウと、良かった 無事に壊せたんだね……と依然として顔色が土色のケイ。ケイは箱の方をあまり直視したくないようだった。
「ナオ……どうして……友達だって、約束だって、したじゃないか——どうして……どうして……!」
本体であるという箱を壊したからか、足元から順に消えていく巨体のトネコ様は、悲しそうな声でジョニーさんの向こうから問いかけてきた。
どうしてもなにも——喰われたくないからに決まっている。友達と言ったのはあの女の子がトネコ様だと知らなかったからだ。
「お前はさ、わかってないんだよ。喰えばずっと一緒にいられるとか思ってるんだろ?それは友達じゃない。根本的に間違ってるんだ」
「でも……でも!人は一生が短い!すぐに死んでしまう!それならば私の一部となればずっと一緒だろう!リュウも!ナオも!友達だと言ってくれた!そういうことじゃないのか!」
箱を壊しても、トネコ様とのつながりがまだ残っているのだろうか。トネコ様の感情みたいなものが俺の中に流れ込んできていた。喰えなくて悔しいという気持ちではなく、本当に悲しんでいるという気持ちがどんどんと流れ込んできて、俺まで悲しい気持ちになってきた。
「トネコ様——いや、美紅。俺とリュウがさ、十年前、君に友達だって言ったのは、本心だ。でもそれは、美紅に言った言葉で……トネコ様に対してじゃない。いずれ別れが来るとしても、友達なのには変わりないんだ」
「今まで喰った奴らのこと、友達だと思ってるんなら間違いだ。お前が連れ去って——喰うまで、喰った後、そいつらはお前のことをどんな顔で見てた?どんな感情を感じた?恐怖とか……負の感情しかなかっただろ」
俺に続けて、そうジョニーさんが言ったことによりトネコ様は自身の思い違いに気付いたようで、茫然としていた。悲しみの感情が流れてこなくなっている。今は、ただ、水面のような静かな感情が流れて来ていた。
リュウもケイも、黙って状況を見守っている。俺も、なんて言葉を紡げばいいのかわからない。トネコ様も犠牲者だったんだ。喰う側……連れ去ることで加害者になってはいたが、元を辿れば誰かがあの箱を作り、儀式を用いてトネコ様を作り上げた。感情も思考もあるトネコ様——美紅は、誰も教えてくれないから百年以上も勘違いをしていて……ずっと孤独だったんだ。
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